第三十七話 電話

「……っ⁉」

 急速に何かが凍る音がした。

 そして凍った何かが――壊れる音。

「……『第二の人外シルバー・ブラッド』?」

 と。

 『創造物質クリエイト』は戸惑った声で言った。

「いや違う――今のはお前か?」

 その言葉を聞いて、俺は自分が地面に倒れていることに気付いた。

 うつ伏せで倒れている。

 寒い――寒い?

 倒れている状態で、俺は周囲の気温が異様に下がっていることに気付いて――それから目を開けて、ゆっくりと立ち上がった。

 目は見える。

 息が白い――と思いながら周囲を見渡すと、俺の足元には俺の身体を串刺しにしていたと思われる、剣山の残骸が転がっていた。

 凍って粉々になった、白い残骸。

 さっき……レイラの声がした気がするけど――姿が見えないな。

 気配もしない。

 ……ということは。

 俺は『創造物質クリエイト』の方を見る。

 『創造物質クリエイト』は信じられないものを見る目をしていた。

 シェリーも信じられないものを見る目をしている。

「どうやって抜け出した? ……いや――そもそもどういうことだ?」

「……何がだ?」

「しらばっくれんな」

 白い吸血鬼は言った。

「今の声。あれは『災禍の狂声きょうせい』だろうが……それにその能力――それも『第二の人外シルバー・ブラッド』のチカラだ」

「…………」

「お前は数ヶ月前に、『第二の人外シルバー・ブラッド』の眷属になったばかりのはずだ。吸血鬼になったばかり――なのに今のはなんだ? お前の『固有能力』……いや――だとしたら最初からそれを使ったはずだ。今の今まで隠す理由はねえ……まさか――今目覚めたのか?」

「…………」

 『創造物質クリエイト』の発言の意味は、なんとなくしかわからないが。

 どうやら俺は――自力で剣山を壊したらしい。

 周囲が凍っているということは。

 『第一の眷属』の血を吸った時に発動した能力を――自力で発動したのか。

 またどうやって発動したかは、わからないけど。

「……よくわからないけど――とりあえず」

 俺は右手に意識を集中させて――何も発動しないのを確認したあと。

 『創造物質クリエイト』の顔を掴んで言った。

「シェリーから離れろ」

「ぐっ⁉」

 突き飛ばす――『創造物質クリエイト』は反対側の壁まで跳んで行った。地面を数回バウンドしながら、自分で作った白い壁に激突する。

 白い吸血鬼はどろどろの液体に変わった。

 その隙に、俺は膝を付いてシェリーの上半身を抱える。

「大丈夫か? シェリー」

「え、ええ」

 見たところ新しい外傷もなく、身体が凍っているところもない。

 シェリーは弱々しくも、驚いたままの表情で言った。

「ですがかなめさん……今のは?」

「ん? あー」

 考える。

 どう説明しよう――と思ったが、訊かれても俺自身、どういう理屈で『今の』事象が起こったのかわからない。

 だから俺はこう答えた。

「……正直、俺自身もわからないけど――少し前に似たようなことが起こったから、その影響かな?」

「……似たようなことだと?」

 肉体を作り直して、『創造物質クリエイト』はこちらを睨んで言った。

「いつだ。そんな情報――『不屈の光』の資料にはなかったぞ?」

「…………」

 どうやら佐々木達『不屈の光』は――俺の暴走の件を、おおやけにしていないらしい。

 ……『魔獣女帝エキドナ』の件は知っていたみたいだから、もしかしたら『第一の眷属』の件だけ、情報掲示していないのかもしれない。

 理由は――よくわからないけど。

「さあな。佐々木に訊いてみろよ?」

「…………」

「で――どうする? まだ戦うか?」

 状況的にはまだ不利。

 というか――シェリーが隠れていないこの状況では、足元から剣山を生み出されたら終わり。実質的な俺の敗北になるが、はったりをかます意味を込めて、俺はそう言った。

 『創造物質クリエイト』は攻撃してこない。

 つまり――悩んでいる。

 戦闘を続行するかどうか。

「お前」

 と。

 たっぷりと間を開けたあと、『創造物質クリエイト』は口を開いた。

「まだその女を守るのか? わかってんのか――その女はお前のことを調べに来ただけじゃねえ。キヨズミの『屍者の軍勢エインヘルヤル』を運んだ――『運び屋』はそいつだぞ?」

「……ああ。それか」

 串刺しにされている間は、思考ができなかったけど。

 耳は生きていたから――その話は聞いていた。

 けど――その言葉に俺はこう返した。

「そう言われたらこう返すよ――ああ守るよ。だってキヨズミの死体達を運んだのは――シェリーじゃないからな」

「……根拠はなんだ?」

「さあ――なんだろうな?」

 根拠はシェリーの言動。

 告白時に『隠し事はしたくない』と言って、自分の能力の詳細を赤裸々に語ったシェリーなら、『屍者の軍勢エインヘルヤル』を運んだことを隠さないだろう。

 キヨズミを殺したと語った時に――そのことも言うはず。

 だから俺はシェリーが『運び屋』じゃないと考えた。

 ……面倒臭いから――『創造物質クリエイト』には説明しないけど。

「……また説明する気はねえってか?」

 まるで諦めたように――俺が最初からそう言うのをわかっていたように、『創造物質クリエイト』は息を吐いた。

「そりゃ別にいいが――悪いな。俺にも事情があんだ」

「……そうか」

 どうやら――戦闘続行らしい。

「ここで本気を出したくねえが……お前が『影食の吸血鬼シャドー・イーター』を守るなら、『第二の人外シルバー・ブラッド』を呼ぶことになったとしても――全力で行かせてもらうぞ?」

 そう言うと。

 『創造物質クリエイト』の魔力は一段と大きくなって。

 殺気と害意が膨らんで。

 そして。


『へ~い。愛しの『神出鬼没ゴースト』から電話だよ~?』

 

「…………」

「…………」

「…………」

 唐突に間延びした声が響いた。

 のんびりした女性の声――その声に『創造物質クリエイト』も動きを止める。

 なんだ――と思っていると、

『へ~い。愛しの『神出鬼没ゴースト』から電話だよ~?』

 また声がした。

 同時に――『創造物質クリエイト』はばつが悪そうな顔をする。

 それから徐に、自分のポケットに手を突っ込むと……音源と思われるスマホを取り出して、また息を一つ吐いて。

『へ~い。愛しのゴ――』

 着信を切った。

「……悪いな。邪魔が入っ『へ~い。愛しの『神出鬼没ゴースト』から電話だよ~?』」

「…………」

「…………」

「…………」

 『創造物質クリエイト』はまたばつの悪そうな顔をする。

 鳴り響くその奇妙な着信音に……少し悩むような素振りを見せたが……切ってもすぐ掛かって来たその着信音に、同じ対応をしても意味がないと思ったのだろう。白い吸血鬼は鬱陶しそうな顔をしながら、電話に出た。

「――なんだ?」

『あ~、やっと出た~』

 着信音と同じ声だった。

 非常に間延びした――緊張感のない女性の声。

 吸血鬼の聴力故か、スピーカーにした様子はなかったがはっきりと聞こえた――その声と着信音から聞こえた単語を聞いて、俺は呟いた。

「……『神出鬼没ゴースト』って」

「……『創造物質クリエイト』の主です」

 俺の独り言に、シェリーはそう答える。

 この場の空気を一切考慮しない声で、電話先の主はしゃべり始めた。

『今、一回切ったでしょ~? いつもならすぐ出るのに、どうしたの~?』

「戦闘中だ」

『そうなの~。相手は~?』

「『第二の人外シルバー・ブラッド』の眷属。あと『影食の吸血鬼シャドー・イーター』」

『あ、まだ殺してないんだ~。よかった~、間に合った間に合った~』

「――あ? 間に合ったってどういうことだ?」

 電話先の『神出鬼没ゴースト』の声に、『創造物質クリエイト』は怪訝そうな声を発する。

 『神出鬼没ゴースト』は変わらず――緊張感のない声で言った。

『実はね~、ウィリアム~』

「本名で呼ぶな」

『ごめんごめん。癖で~』

「で――なんだ?」

『あ~い……実は数時間前にもらったメールの内容を見て、気付いたことがあるんだけどさ~――『影食の吸血鬼シャドー・イーター』は、殺しちゃだめ』

「……何故だ?」

『『創造物質クリエイト』が言ってた『粛正者』の息子……キヨズミだっけ? 『屍者の軍勢エインヘルヤル』って魔術操るやつ。えぇ~と……そいつが魔術で使う死体をそっちに運んだの――私なの』

「……あ?」

 それを聞いて、『創造物質クリエイト』の動きが完全に止まる。

 一拍置いて……白い吸血鬼は再び口を動かした。

「どういうことだ?」

『だから~……『屍者の軍勢エインヘルヤル』をそっちに運んだの――私なの』

「それは聞いた……今はお前が、『屍者の軍勢エインヘルヤル』を運んだ理由を訊いてんだ」

『いやそれは仕事として頼まれたから』

「……おい?」

『あ、ごめんごめん。わかってる――わかってるからがちおこりやめて! 一応理由も聞いて欲しいの!』

「……一応訊くが――なんだ?」

『いや~……それがお金がよかったからさ~』

「…………」

『……ごめん、わかってます――依頼人も荷物の中身も碌に確認せず、共有もしなかったこと反省してますから!』

 だから無言の圧やめて! と電話先の『神出鬼没ゴースト』は叫んだ。

 ……俺は何を聞かされているんだ?

 こう言っちゃ悪いが――痴話喧嘩を聞いている気分だ。

 『創造物質クリエイト』は『神出鬼没ゴースト』の言葉に、一瞬表情を消したが――そのあと一際大きい溜息を吐いた。

 先程の殺意と害意は、完全にどこかに行っている。

「それで電話して来たのはわかったが……このタイミングで言った理由は?」

『ん? それは君からのメールを見て、依頼人と荷物の中身がわかったから』

「……そうか」

『えっとぉ~……怒ってます?』

「割と――だがだとすると……キレてる場合じゃねえな」

『……ごめん』

「やっちまったことは仕方ねえ――問題は、だとすると『影食の吸血鬼シャドー・イーター』をスケープゴートにしても、意味ねえってことだ」

『うん――君の計画にそれ書いてたから、いち早くそれを伝えたくて』

「……チッ」

 舌打ちして、右手で持ったスマホを人差し指でとんとんと叩きながら、少しの間黙り込む『創造物質クリエイト』。

 二〇秒ほど黙って――『創造物質クリエイト』はこう言った。

「……今どこにいる?」

『ん? ロンドン――なんか『魔獣女帝エキドナ』と『略奪の吸血鬼モーラ』達がいるみたいだから』

「わかった。合流する――そっちのには?」

『もちろん共有してる――だから電話したの』

「そうか……一旦電話切るぞ?」

『うん』

 そう言って『創造物質クリエイト』は通話を切る。

 白いスマホを仕舞ったタイミングで――俺は訊いた。

「……もういいのか?」

「ああ――今、戦う理由がなくなったがな」

「……そうか」

「……神崎かなめ」

「あん?」

 名前を呼ばれたので返事をすると……『創造物質クリエイト』は非常にばつの悪そうな顔をした。

 気まずそうな顔――とも言える。

 『創造物質クリエイト』はその顔のまま言った。

「……悪いな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る