第三十六話 『同属殺し』そして『必要悪』

「出て来い――『影食の吸血鬼シャドー・イーター』」

 意識が飛んだあと、『創造物質クリエイト』の冷ややかな声が聞こえた。

『かなめさん! 聞こえますか? わたくしの声……聞こえていますか、かなめさん!』

 脳内にシェリーの声が響く。

 必死に俺を呼ぶ声が聞こえる……しかし俺は、シェリーの声に応えることができなかった。

 俺の意識は飛んでいる。

 いや――正確には飛んでは戻る……を繰り返していた。

 『創造物質クリエイト』が何をしたのかはわからない……身体に突き刺さった剣山に反応があったと思ったら――俺は既に、この状態になっていた。

 意識が戻っても――すぐ真っ白になる。

 耳は機能しているが――目は機能しておらず、何も見えなかった。

 しゃべることもできないし――指の一本も、動かすことができない。

 だから俺は途切れ途切れになっている意識の中で――シェリーと『創造物質クリエイト』の声は聞こえていたが、一切反応ができずにいた。

『かなめさん!』

「出て来い……それとももっと――苦しめた方がいいか?」

 そう言うと俺の中で、何かが動く感覚がした。

 ぞぞぞ――と。胃から食道辺りを、何かが通る感覚。

 肺を圧迫されたのか――口から声が漏れた。

「あ――あ、あ、あああああ」

「……まだ必要か?」

 その声と同時に魔力の反応がした。

 シェリーの魔力反応。

「や、めて――ください」

「……本当に出て来るのか」

 『創造物質クリエイト』がそう言ったのが聞こえた。

「そのままだんまり決め込むと思ったんだがな……そんなにこいつが大事か?」

「……愛する人の窮地を――あなたは黙って……見過ごせますか?」

「……なるほどな」

 シェリーのその発言に、『創造物質クリエイト』は何かを納得した。

「惚れてんのはお前の方か……珍しいじゃねえか――『略奪の吸血鬼モーラ』じゃあるまいに……出会ってそう経たねえ男に、お前が惚れるなんざ」

「…………」

「まあそれはどうでもいいが……キヨズミの『屍者の軍勢エインヘルヤル』――やつらをこの街に運んだのは……お前だな? 『影食の吸血鬼シャドー・イーター』」

 見えないが。

 地面に倒れているだろうシェリーに、『創造物質クリエイト』は言った。

「『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』と『略奪の吸血鬼モーラ』――二人が今イギリスにいるってことは、お前も元々イギリスにいたんだろ? そんでお前の影は、確か人間大の荷物も……余裕で収納できたよな?」

「……違います」

「違わねえ――状況証拠は揃ってんだ。依頼主のキヨズミを殺したのは何故だ? 神崎かなめのためか? なんでもいいが……お前、自分が何したのかわかってんのか?」

 その発言にシェリーは何も言わなかった。『創造物質クリエイト』は一方的に続ける。

「今回の件で、『革命戦争』以降右肩下がりになっていた『教会』の信頼度は、地に落ちる可能性が出て来た……組織的犯行じゃねえっつっても、一般人の死者を出し過ぎたからな……しかも『第二の人外シルバー・ブラッド』と、その眷属が生活するテリトリーでだ……この件がこのまま魔術世界に広まれば、『教会』は批判されるだけじゃすまねえ――最悪、『三大魔術組織』の均衡が崩れる」

「…………」

「低迷してるっつっても、世界最大の魔術組織の信頼を失墜させるわけにはいかねえ……『教会』ほどの規模の組織が瓦解すりゃあ、どんな被害が出るかわからねえからな」

「……そういう、こと――ですか」

 『創造物質クリエイト』が言いたいことがわかったのか、シェリーは小声でこう言った。

「だから『教会』の信頼が地に落ちないよう……わたくしをスケープゴートにすると?」

「そうだ」

 『創造物質クリエイト』は肯定した。

「『教会』所属の魔術師見習い――キヨズミは『影食の吸血鬼シャドー・イーター』に唆されて、犯行に及んだ。そういうことにすりゃあ、『教会』の信頼は失墜しねえ……どのみち批判は避けられねえだろうが……今回みたいな件はほかの組織――特に『神裂家』は黙ってねえだろうし……『教会』も一枚岩じゃねえんだ。『教会』はクーデターが多い」

「それはローマ教皇に……頼まれたのですか?」

「いや? この件は別に誰にも頼まれてねえ――俺個人の予想と判断だ。そうない可能性だが……万が一、今のローマ教皇が引きずり降ろされでもしたら、俺とあいつが結んでいる同盟も白紙になる――それは面倒だからな。……俺は俺と、あいつの生活を守るために行動しているだけだ」

「……わたくしを殺せば――『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』は黙っていませんよ?」

「だろうな――だからどうした?」

「…………」

「お前らと全面戦争になる方がまだマシだ――『教会』が瓦解して『三大魔術組織』の均衡が崩れたら……今より敵が増える。そうなんねえために俺は『同属殺し』、『必要悪』をやってんだ……その可能性があるなら――俺はその可能性を摘む」

「……そう――ですか」

「ああ」

 会話は聞こえる。

 しかしそれを聞いても――俺は何もできなかった。

 指一本動かすことができないし。

 そもそも――思考もできていない。

 ただ耳が生きているだけで。

 『損傷無効ノーダメージ』で意識が戻った瞬間に――また意識が飛んでいるだけ。

 だから何もすることができない。

「……言い残すことはあるか? 遺言くらいなら……『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』か『略奪の吸血鬼モーラ』――どっちかに会った時に……伝えてやる」

「……では」

 もう死を悟っているのか。

 シェリーは抵抗せず。

 諦めたように言った。

「かなめさんに――お伝えください」

「……『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』じゃなくて、こいつにか?」

「はい……『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』にも、伝えたいことは多いですが……今はかなめさんに……一番伝えたいので」

「…………」

「好きです――一目見た時から。わたくしを助けてくれた時から。わたくしを遠ざけなかったから。わたくしを信頼してくれたから……わたくしを裏切らなかったから。守ってくれたから……ごはん、とっても美味しかったです……話していて、とっても楽しかったです――振られても……やっぱり好きです」

「……それでいいか?」

「…………。はい」

 そう言うと――二人の声は聞こえなくなった。

 シェリーを殺す準備をしているのか――『創造物質クリエイト』の魔力反応が活発になる。

 繰り返すが――俺は何もすることができない。

 指一本動かすこともできないし。

 ただ耳が生きているだけで――思考もできていない。

 意識が戻った瞬間――また意識が飛んでいる。

 だから俺には――何もできない。

「じゃあな」

 しかし――『創造物質クリエイト』のその言葉を聞いた時。

 同時に俺は――化物の声を聞いた。

「■■■■■」

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