第三十五話 無限

 『創造物質クリエイト』。

 『同属殺し』を生業とする吸血鬼。

 コピー用紙のように白い髪と肌。黒い瞳に剣呑な印象を与える目付き。黒一色の服装。

 外見は『魔獣女帝エキドナ』のように金髪金眼ではなく、魔力の反応も『魔獣女帝エキドナ』やシェリーとは違う。模造品のような魔力を持つ――シェリー曰く、異質中の異質な吸血鬼。

 シェリーのように鬼人でもなく、『魔獣女帝エキドナ』のように『第一の人外ゴールド・ブラッド』直属の眷属でもない。

 魔力に形を与えて具現化する、物質創造能力を得意とする――その能力の汎用性はかなり高く、剣山を作って攻撃、牢を作って敵を拘束するだけでなく、崩壊寸前の建物の補強、索敵、自分の肉体の修復など……できることはかなり多い。

 弱点は――現状不明。

 素の再生能力は低いようだが、物質創造能力でそれを補っている模様。

 レイラと過去に何かあったようで、レイラを自分から遠ざけるような、警戒している言動が目立つ。

「爆ぜろ」

「あ」

 その言葉と同時に、俺の身体は内側から爆発した。

 剣山――腹部に突き刺さった三角錐の槍は、先程と同じように質量を増やして、俺の身体を上下に引き裂いた。

「――っ‼」

 『損傷無効ノーダメージ』。

 吹き飛んだ上半身から傷がなかったことになって、俺は空中で体勢を整えて、再度『創造物質クリエイト』に近付く――『創造物質クリエイト』はまた剣山を生み出して俺を迎撃しようとしたが、俺の手の方が先に届いた。

 『創造物質クリエイト』の頭部を貫いた直後、地面から伸びた剣山によって、俺の身体は貫かれる。

 そのまま吹っ飛ばされた。

『イカれてんな』

 どろどろの液体に変化したあと、肉体を修復させながら、『創造物質クリエイト』は俺に言った。

「損傷を受ける前提で突っ込んできてんな……お前。不死身の活かし方をわかってる――と言いたいところだが……そりゃ吸血鬼の戦い方じゃねえ……『第二の人外シルバー・ブラッド』も、そんな戦い方しねえだろ?」

「…………」

 『創造物質クリエイト』はそう言って来たが――俺はその言葉を無視して、別のことを考えていた。

 五回。

 五回近付いてようやく……攻撃が届いたけど――参ったな。

 てっきり脳か心臓――生身の核が、身体のどこかにあるものだと思っていたけど……触った感じ、そんな反応は一切なかった。

 『創造物質クリエイト』の身体は――すべて能力でできている。

 こいつに核はない。

 わかりやすい弱点があればよかったけど……そんなわけないか。

 想定以上の規格外チート

 ……と。

『か、なめ……さん』

「……シェリー?」

 どこからかシェリーの声がした。

 どこからと言うか――頭の中に直接響いたような。

 俺は『創造物質クリエイト』の方を見たまま言った。

「大丈夫なのか?」

『はい……なんとか』

 その間に『創造物質クリエイト』は攻撃してきた。

『傷は治っていませんが……身体は人間よりも丈夫なので……簡単には――死にません』

「そうか」

 剣山を避ける。

 避けて――それで俺は『創造物質クリエイト』に近付いた。心臓を狙う。

 すると『創造物質クリエイト』は剣山を出現させて、俺の右腕を切り飛ばしたので、俺は代わりに左腕を振るった。

 剣山の隙間から心臓を狙う――しかし『創造物質クリエイト』は自分の右腕を変化させて、俺の身体を突き飛ばした。

『能力の行使は無理ですが……口は動きます。何か……知りたいことはありますか?』

「――『創造物質クリエイト』の弱点」

 体勢を立て直して、俺は端的に言った。

「あいつ、弱点はあるのか?」

『弱点は……ほとんどないです』

 シェリーは絞り出すような声で言った。

『彼の身体はすべて、物質創造能力でできています……昔は……そうじゃなかったみたいですが……今は身体のどこかに生身の核があるわけでも――別に本体がいるわけでもありません。『創造物質クリエイト』が生み出した物質……そのすべてが『創造物質クリエイト』であり……彼はかなめさんとは別の意味で不死身――そして、無限の魔力を持ちます』

「……無限?」

 シェリーが気になる単語を口にしたので、俺はその言葉を反芻した。

「無限の魔力って……どういうことだ?」

「なんだ――『影食の吸血鬼シャドー・イーター』か?」

 俺の言葉に『創造物質クリエイト』が反応する――どうやらシェリーの声は、俺にしか聞こえないようだった。

 シェリーは説明を続ける。

『『創造物質クリエイト』が物質創造能力に特化した吸血鬼なのは……以前お伝えしたと思います……物質創造能力に特化し過ぎて……損傷を負う度……身体を能力で生み出した物質で、補っていった結果なのかはわかりませんが……『創造物質クリエイト』は自身で生み出した物質から、更に魔力を生み出せるだけでなく――魔力の質が劣化しないんです』

 魔力の質が劣化しない。

 それはつまり……同質の魔力を……永遠に生み出せるってこと――か?

「それで無限の魔力ってことか……チッ。あいつ、前に自分のこと脆弱って言っていたけど、どこが脆弱なんだよ!」

「別に、脆弱ってのは嘘じゃねえ」

 シェリーの発言に反応した俺に、『創造物質クリエイト』はそう返した。

「何を聞いたかは知らねえが……『第一の人外ゴールド・ブラッド』直属の眷属じゃねえ俺は、『魔獣女帝エキドナ』や『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』、『略奪の吸血鬼モーラ』みてえな直系と比べて、素の性能が低いんだ……『再生能力』も『身体能力強化』も、『魔力感知能力』も……俺はすべての能力が並以下だった」

 『創造物質クリエイト』は言った。

「吸血鬼になった時、『固有能力』にも目覚めなかったからな……だが敵は待ってくれなかった。肉体を損傷しても、完治するまで敵は待ってくれない。こっちの事情なんてお構いなしに敵は襲ってくる……だから俺は、吸血鬼なら誰でも持つ当たり前の能力を、がむしゃらに鍛えた――その結果がこれだ」

「…………」

「最初は右腕の前腕だったな……次に左肩、そのあとに右の脇腹……もう細かい順番は忘れたが、少しずつ、少しずつ……俺は自分の身体を物質創造能力で補って行った。……再生を待つより、その方が何倍も早かった」

 剣山を生み出しながら、『創造物質クリエイト』はそう言った。

「おかげで『テセウスの船』みてえになっちまったがな……俺は物作りは得意だが、ほかの能力はてんでだめだ……総合的なスペックで言えば、神崎かなめ――『第二の人外シルバー・ブラッド』の直系である、てめえの方が上だ」

 地面から伸びた剣山から、更に剣山が生み出される――それを避けて壁際に行くと、壁からも剣山が伸びて、襲い掛かって来た。

 右肩を抉り取られたが――無視して、俺は『創造物質クリエイト』に近付く。

 首が飛ぶ。

 『創造物質クリエイト』の首も飛ぶ。

 身体を左右に引き裂かれる。

 『創造物質クリエイト』の心臓を貫く。

 赤と白の肉飛沫が散る。

 殺し合いながら、俺はシェリーの説明を聞いた。

『彼は物質創造能力以外の能力……例えば、わたくしのように『異空間操作』を行使したり、『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』のように炎を生み出して、操ることはできません。『創造物質クリエイト』ができるのは物質創造のみ……ですが見ての通り、彼は自分の身体を作り直してさも傷をなかったことにしたり……やろうと思えば自分の身体を複数個作り出したり……『魔獣女帝エキドナ』の真似事もできたはずです』

「…………」

 確かに自分の肉体を生み出したり、小鳥のような小動物も生み出せるのなら――自分の身体を複数個作ったり、『魔獣女帝エキドナ』の真似事もできるだろう。

 今は――何故かそれをしないけど。

 『創造物質クリエイト』は剣山しか――何故か生み出さない。

「シェリー――『創造物質クリエイト』とレイラについて……何か知っていることはあるか?」

『『創造物質クリエイト』と……『第二の人外シルバー・ブラッド』ですか?』

「ああ」

 俺は言った。

「『創造物質クリエイト』はレイラを避けている。あいつが自分の身体を複数個生み出したり、能力に任せて大質量攻撃をしてこないのは……たぶん――つーか十中八九、レイラに気付かれないためだ……その理由を知りたい」

『……有名な話ですが』

 訊くと、シェリーはそう前置きして答えた。

『『創造物質クリエイト』と『神出鬼没ゴースト』――『同属殺し』と呼ばれている二人の吸血鬼は……『第二の人外シルバー・ブラッド』と同じく、『革命戦争』時に『人外殺し』側に立って……戦った吸血鬼です』

「……『人外殺し』側?」

『はい』

 シェリーは言った。

『わたくしと『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』……あと『略奪の吸血鬼モーラ』は……傍観という立ち位置で――『革命戦争』には参戦していません。……ですが『創造物質クリエイト』と『神出鬼没ゴースト』――もっと言うなら『神出鬼没ゴースト』の能力が……どうやら『革命戦争』の『鍵』だったようで……二人は『第二の人外シルバー・ブラッド』と同じく……『人外殺し』によって強引に……『革命戦争』に参加……と聞きました』

「…………」

『『創造物質クリエイト』は……『神出鬼没ゴースト』の眷属です』

 ここで――シェリーは『創造物質クリエイト』が誰の眷属であるのか言った。

『『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』から聞いた話ですが……『創造物質クリエイト』は彼女を守るために……『革命戦争』に参加、『人外殺し』に手を貸したそうです……ですが……強引に参加させられたので……『人外殺し』を含めたほかのメンバーと、仲がよかったというと……そういうわけはなく……何度も『人外殺し』達と……激突していたそうです。……その時に一度だけ……『創造物質クリエイト』は『第二の人外シルバー・ブラッド』と戦ったことがあって――その結果、彼はあの身体になったそうです』

 その説明を聞いて俺は納得した。

『『第二の人外シルバー・ブラッド』と戦う前から……『創造物質クリエイト』の身体は半分以上……『ああ』だった……そうなのですが』

「……なるほどな」

 レイラと戦って――そして元の肉体を完全に失ったってわけか。

 ……そりゃレイラを避けるわけだ。

 知りたいことを知れたので、俺は別の質問をした。

「シェリー――シェリーの能力って……影から影に、移動することはできるか?」

『……できるかどうかと言われたら……はい。できます』

「じゃあ――俺の家まで行ってくれ」

 近付いて、『創造物質クリエイト』の心臓を貫く。

 どろどろに溶けて、再生している最中は猛攻が止むため……少しのインターバル中に、俺は小声で言った。

「レイラを呼んでくれ……俺が戦っているって知ったら、あいつは飛んでここに来る――そうすれば『創造物質クリエイト』は、俺達に手出しできない」

『それは……無理です』

「……なんでだよ?」

 『創造物質クリエイト』には聞こえないよう、先程の発言は小声で言ったが……白い吸血鬼は肉体の修復を終えると、じろりと俺の方を見た。

 たぶん――聞かれたか。

『ごめんなさい……わたくしの能力は……確かに影から影へ……移動することも可能なのですが……それができるのはわたくしが、『お気に入り』に登録した影のみなのです……だからわたくしはわたくしの影からかなめさんの影に……ゲートを通じて移動することはできますが……この街ではかなめさんの影以外……登録していないので――それはできません』

「……ほかに登録している影は?」

『『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』の影も登録していますが……距離が離れ過ぎています』

「……そうか」

「今――『第二の人外シルバー・ブラッド』を呼ぶっつったか?」

 そう言うと同時に――『創造物質クリエイト』の攻撃は更に激しさを増した。

 元々激しかったが――レイラの名を聞いて焦ったのか、『創造物質クリエイト』は全方向から俺を狙った。

 隙。

 『創造物質クリエイト』が攻撃に意識を向けた瞬間に、俺は急いで『創造物質クリエイト』に近付いた。

 また心臓を貫いて、ヒットアンドウェイの要領で、離れ――ようとしたのだが。

「馬鹿が」

「なっ」

 『創造物質クリエイト』の身体は変化しなかった。

 どろどろの液体に変化せず――そのまま俺の腕を固定した。

 そして二本の三角錐が地面から生み出されて――俺の両足の甲を貫いた。

「……っ⁉」

 両足の甲だけで終わらなかった。

 更に、複数の三角錐が生み出されて――太もも。

 脇腹に心臓。

 両肩。

 両腕を貫かれた。

 一瞬で串刺しにされた。

「がっ!」

『かなめさん!』

『なるほど』

 俺を串刺しにして捕えたあと。

 それから自分の身体をどろどろに溶かして――『創造物質クリエイト』は自身の肉体を修復した。

「やけに攻めて来ると思ったが……お前の本命は俺の集中切れだな? ……『影食の吸血鬼シャドー・イーター』の傷を早急に治療するため、俺になるべく能力を使用させて、疲労させるのが目的か」

 肉体を作り直してから、『創造物質クリエイト』はそう言った。

「狙いはいいな。……確かに俺はここ数日まともに休んでねえし、精神まで無限じゃねえ――お前の筋書きはこうだろ? 俺はキヨズミの一件で疲れている……だから無理矢理にでも攻めて、俺に能力を使わせて……攻撃か肉体の修復、どっちでもいいから、俺の対応が遅れる瞬間を待つ。そしてその隙を付いて逃走する」

「…………」

「そして――俺は『第二の人外シルバー・ブラッド』を恐れている。だから全力で能力を行使することができないが……一瞬でも俺が決着を焦って大技を使えば、その瞬間に俺の魔力を探知した『第二の人外シルバー・ブラッド』がここに飛んでくる――『影食の吸血鬼シャドー・イーター』に俺の情報を聞いて、そう考えたんだろ? お前」

 ……筒抜けかよ。

 俺は舌打ちした。

 さすがに――そこまで読まれているとは、思わなかった。

「大したやつだ――気付かなかったらその作戦は成功していたかもしれねえが……気付かれたら意味ねえな。お前を捕らえるのも簡単だ」

「シェリー――何もするなよ」

 俺は目の前の『創造物質クリエイト』ではなく、魔力が活発になったシェリーに対して、言った。

「これくらい大丈夫だ」

「……ほう。自分より女の心配か?」

「これくらいどうってことない」

「嘘付け――痛みを感じないわけじゃねえだろ?」

 『創造物質クリエイト』は言った。

「吸血鬼は別に、痛みに強いわけじゃねえ……いくら再生能力が高い――傷をなかったことにできるっつっても……激痛なことに変わりねえだろうが?」

「……だからどうした?」

 これくらい――抜けようと思えば抜けられる。

 動かそうと思えば――身体は動く。

 確かに痛いけど――激痛だけど……これくらい、どうってことはない。

 今の目的は――シェリーの治療。

 俺の損傷は――どうでもいいだろ?

「……なるほどな」

 と。

 『創造物質クリエイト』は拘束されている俺を見て、何かを納得した。

「……何度か攻撃すりゃあ、痛みで動かなくなると思ったんだがな……お前、痛みに強過ぎるな。生まれ付きなのか『第二の人外シルバー・ブラッド』の眷属になってから、感覚が麻痺してんのかはわからねえが……」

 そう言うと。

 『創造物質クリエイト』は目を細めて。

「……悪いな」

 そう言った直後だった。

 全身に激痛が走ると同時に。

 俺の意識は飛んだ。

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