第三十四話 VS『創造物質』

 白い吸血鬼は、俺から一〇メートルも離れていない位置にいた。

 黒のワイシャツに、黒のズボン。黒い革靴――身体の色とは対照的に黒一色で統一した服装をしている吸血鬼は、自分の能力で生み出した槍で貫かれているシェリーと、彼女を抱えている俺をじろりと見ると、

「神崎かなめ」

 こう言った。

「離れとけ」

「――っ‼」

 咄嗟に槍を抜いた。

 その瞬間、シェリーから痛苦の声が漏れる――槍を引き抜いたことで出血が酷くなるが、俺はまず、その辺に槍を放り投げた。

 その瞬間――槍の形が変わる。

 放り投げた槍は刀身から大小無数の棘を生み出し、質量を滅茶苦茶に増やした――一メートルほどの長さだった槍は、同じくらいの直径の、巨大な白いウニ、もしくは毬栗いがぐりような形状に変わって、地面を転がる。

 ……危なかった。

 槍が突き刺さったまま『ああ』なっていたら……シェリーの身体は破裂していた。

 ぐっ――と。

 俺は両手で――傷口を押さえる。

「……どういうことだ?」

 と。

 俺がシェリーに突き刺さった槍を引き抜いて、投げた瞬間を見た『創造物質クリエイト』は、怪訝そうな声を出した。

「今の……『影食の吸血鬼シャドー・イーター』を助けたように見えたが……お前――その女に襲われてたんじゃねえのか?」

「…………」

「どうなんだ? ――おい」

 怒気を含んだ口調で、『創造物質クリエイト』は剣呑な視線を更に剣呑にした。

 俺は傷口に手をあてて、こちらを睨んでくる『創造物質クリエイト』に目を向けたまま、シェリーの中の気配を探る。……『創造物質クリエイト』の魔力は……よし――残っていないな。

 それを確認して、俺は言った。

「シェリー……俺の影に隠れろ」

「…………」

「ずっと見ていたって言ったよな……それってつまり、俺の影の中に隠れていたってことなんだろ? だったら――今すぐ隠れろ」

「…………」

 返事はなかった。

 腹部を貫通している傷が痛むのだろう……五秒ほど経過してもシェリーは何も言わなかったが、一〇秒ほど経つと少しだけ身体を動かして、小さな声で言った。

「……ですが」

「いいから」

 被せ気味に、俺は言った。

「心配しなくても――守るから」

「…………」

 シェリーは何も言わなかった。

 代わりに魔力の反応がして――シェリーは俺の影に潜る。

「……なるほど――今さっき出会った関係じゃねえってことか」

 その様子を見ていた『創造物質クリエイト』は、そう言った。

 シェリーの姿が完全になくなってから、俺は立ち上がる。

「その可能性は低いと思っていたが……いつだ? つーか……さっき影に呑み込まれ掛けてただろ? お前――なのに何故今、『影食の吸血鬼シャドー・イーター』を助けた?」

「…………」

「まさかと思うが……その女に惚れてんのか?」

 逃げる。

 背を向けて――俺は『創造物質クリエイト』から逃走した。

 今はシェリーの命が優先――帰ってまたレイラに咬んでもらって、シェリーが俺の血を吸えるようにしないといけない。

 と思って走り出したが――その瞬間に、強い魔力反応が下から広がった。

「逃げんな」

「……っ⁉」

 壁。

 地面に『創造物質クリエイト』の魔力が広がる。俺の行く手を遮るように壁が作り出される。

 二〇メートル。

 キヨズミを閉じ込めたものとは規模が違う、巨大と表していい白い壁は目の前だけじゃなく、俺と『創造物質クリエイト』を囲うように出現した。

「――っ!」

 跳ぶ。

 二〇メートルを超える壁だろうが、吸血鬼の身体能力だったら跳び越えられる――さすがに一度の跳躍では無理だったが、壁の半分ほどには達したので、俺は壁に足を掛けて、そのまま壁を走り抜け――

「がっ⁉」

 叩き落された。

 天辺に到達する寸前、壁の一部が大量の――先の潰れた杭のようなものに変形して、俺は地面に叩き落された。

「無駄だ」

 俺を地面に落した『創造物質クリエイト』は、冷ややかな目を向ける――しかしそれだけで、何故か攻撃してくることはなかった。

「もう一度訊く――何故『影食の吸血鬼シャドー・イーター』を助けた?」

「…………」

 立ち上がる。

 俺は『創造物質クリエイト』の言葉を無視して走った。そして先程と同じように跳躍をして、壁を登る――しかし。

「無駄だっつっただろ」

「っ⁉」

 また叩き落された。

 先程と同じように落とされて――俺は再度起き上がる。

「答えろ――何故『影食の吸血鬼シャドー・イーター』を助ける?」

 砂掛け。

 そして三度目の逃走――しかし、またしても失敗した。

「……答えるつもりはねえってか?」

 三回中三回。

 ……不意を付いてもだめか。

 砂煙を上げて視界を奪っても、『創造物質クリエイト』は意に介さず、同じように壁の一部を変化させて俺を叩き落した。

 しかし何故か、それ以上の攻撃はしてこない。

 ……どうする?

 壁をドーム状にして完全に閉じないのは、たぶんシェリーを警戒して――シェリーの能力を警戒してだろうが……『創造物質クリエイト』は俺を逃がす気がない。

「神崎かなめ――『影食の吸血鬼シャドー・イーター』を出せ。なんでその女を守ろうとしてんのかは知らねえが……別にその女が、何よりも大切な存在ってわけじゃねえだろ? ……俺はお前と敵対する気はねえ――引き渡すなら、俺は大人しくここを去る」

「……断る」

 俺は言った。

 ここでシェリーを引き渡したら、シェリーは『創造物質クリエイト』に殺されるだろう。

 だからその選択肢は取らない。

 その選択はない。

 逃走という選択肢は通じない――となると……俺が次に取れる選択肢は戦闘か。

 倒すためではなく――逃げるための戦闘。

 隙を作って逃げる。

 一瞬でも隙ができたら、この壁を突破できたら――『創造物質クリエイト』はもう俺に手を出せないはず。

 そこまで考えて――俺は言った。

「悪いけど――シェリーを引き渡す気はない」

「……名前まで知ってんのか」

 言うと、『創造物質クリエイト』は嘆息した。

「よくわかんねえが……相当親しくなってるみてえだな――メンドクセぇ」

 剣呑な瞳に殺意が宿る。

 ぞわっ――と。『創造物質クリエイト』の魔力が活発になる。

 『創造物質クリエイト』本人だけでなく、周囲の壁、そして地面からも――強い魔力が感知できた。

 仕掛けられる前に俺は『創造物質クリエイト』に近付く。

 五指を開いて心臓を狙った。

 しかし――『創造物質クリエイト』は剣山を創造して、俺の右腕を吹き飛ばした。

「――っ‼‼‼」

「悪いが――時間を掛けたくねえんだ」

 至近距離で。

 俺ではなく俺の影を見て――『創造物質クリエイト』は言った。

「五分で引き摺り出すぞ?」

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