第三十一話 告白

 話を終えたあと――佐々木が子供達を交番前に届けたのを見届けて、俺は買い物をして帰った。

 佐々木は言われた通り、誰にも見られず、『創造物質クリエイト』の指示を遂行した――わざわざ駅前にある人気の多い交番に移動して、その周囲に人払いの結界を張る。交番の周囲から人の姿がなくなったら、佐々木は五人の児童を交番の前に置いて、掛けられた魔術を解いた……そして五人の少年少女が目覚めるより先に自分の姿を見えないようにして、その場をすぐに立ち去って人払いの結界を解除して――無事五人の子供達を警察に保護させることに成功した。

 最初、交番から出て来た警察官は眠っている五人の少年少女の存在に訝しんだ目をしていたが――そのあとすぐその子達が行方不明になっている児童だと気付いた時は、非常に慌てていた。応援を呼んで何台もパトカーが到着して野次馬が群がって、少しして救急車も到着して……現場は大騒ぎになっていた。

「必要ないと思うけど、一応言っておく――俺を参考にするなよ。佐々木」

「は?」

 現場を離れて買い物に行く前。

 俺は佐々木と少し話をしたのだが――俺が話し掛けると、佐々木は言葉の意味を理解できないと言うように、難しい顔をした。

 佐々木は冷ややかな目をして言う。

「……参考ってどういう意味よ?」

「さっきお前――羨ましいって言っただろ?」

「あれは」

 佐々木は少し口ごもる。

 しかし、すぐに口を開いて言った。

「……別に。本気で羨ましいって思ったわけじゃないわよ」

「そうか」

「……っていうかあたし、軽蔑するって言ったでしょ?」

「それはどうでもいいけど」

 俺は言った。

「一応だ――間違っても俺を参考にするな」

「…………」

「もしもあの部屋を見て気分を悪くしたお前が、平気だった俺を羨んだなら……もしもキヨズミの言動に気持ち悪さを感じたお前が、一歩も引かなかった俺を羨んだなら……もしも死者を出したことで苦しんでいるお前が、他人が死んでも大した感想を抱かない俺を羨んだなら……俺のそれは強さじゃない――だから参考にするな」

「…………」

「欠点だ」

 血まみれの拷問部屋を見たあとに、平気でハンバーガーを食べるのも。

 大量殺人犯キヨズミの言動を分析して、思考を理解しようとすることも。

 自分の周囲で人が死ぬことに――悔しさも自責の念も感じないことも。

 決して――人に誇れるような強さじゃない。

 それは――ただの欠点マイナス

 弱点と何も変わらない。

 人間社会を生きる上では。

「……言われなくても、あんたみたいになりたいなんて――あたしは思わないわよ」

 言うと、佐々木は当然のような顔をしてそう言った。

「羨ましいとは言ったけど、あんたみたいになりたいわけじゃない――憧れと尊敬する人ならほかにいるよ、あたし……だから参考にするなら……その人を参考にするわ」

「そうか――じゃあいいけど」

「…………」

「俺、帰るわ」

 そう言って俺は佐々木と別れた。

 佐々木は別れる時――特に何も言わず。

 無言のままだった。

「…………」

 佐々木と別れて、買い物をして、その帰り道。

 俺は『創造物質クリエイト』の言葉を思い出していた。

『全員――バラバラにされている』

 キヨズミも『屍者の軍勢エインヘルヤル』もすべて、バラバラの死体にされていると『創造物質クリエイト』は言っていた。

『バラバラにされちゃあ、さすがの『屍者の軍勢エインヘルヤル』も、機能停止するみてえだな――死体共の魔力反応がなくなっている……こっちにあるのは、ただの死体の山と血の海だ』

『一体……誰がそんなことを?』

『さあな――それはわからねえ』

 『創造物質クリエイト』は誰の仕業かわからないと言っていた――しかし俺には、キヨズミと『動く死体』達をバラバラにした人物に、心当たりがあった。

『が……確実に並の魔術は使われてねえな――『屍者の軍勢エインヘルヤル』と『流砂の天使ゴーレム・ガブリエル』。どっちも防御力が売りの魔術だが……キヨズミを含めて、どの死体も切断面が滑らか過ぎる』

 その言葉を聞いた時、俺はシェリーの顔が頭に浮かんだ。

 シェリー・ヘル・フレイム――『影食の吸血鬼シャドー・イーター』。

 俺が初めて死体達に襲われた時……シェリーはやつらの手足、もしくは胴を切断していた。

 だからキヨズミと『屍者の軍勢エインヘルヤル』をバラバラにしたのは、シェリーだと思う……佐々木から渡された資料には、シェリーの『影』は非常に殺傷能力が高いと書いてあったし……『なんのために』そうしたのかはまったくわからないけど、たぶん、彼女の仕業だ。

 理由はわからない――家にいるはずのシェリーがキヨズミの居場所をどうやって把握し……俺や『創造物質クリエイト』達に気付かれず、実行したかも。

「……帰ったら訊くか」

 たぶんだけど――家に帰ったらいるだろう。

 もしくはいつもみたいに、森の途中で出迎えてくれるはず。

 そう思って俺は、自宅のある森に入った。

「かなめさん」

「…………」

 唐突に登場。

 背後から声がしたので振り返ると――いつの間にか黒髪に金色の瞳を持つ女性が、俺の目の前に立っていた。

 俺は彼女の名前を言う。

「シェリー」

「はい――あなたのシェリーです」

 と――シェリーは返した。

 ……若干引っ掛かる返事のされ方だったが――まあいい。

「何しているんだ? ここで」

「かなめさんの帰りを待っていました」

 いつものようににっこりと微笑んで、即答するシェリー。

 ……一応確認したが――血の臭いはしなかった。

「そうか」

「かなめさんは……今日はどうでしたか?」

「大変だった……けどまあ、ひと段落したな」

「そうですか――お疲れ様です」

「シェリー」

「はい」

「……訊きたいことが何個かあるんだけど、いいか?」

 帰ってから訊こうと思ったが、ここで出会ったため、俺は前置きとしてそう言った。

 シェリーは俺の言葉に「はい」と言う……なので俺はキヨズミについて訊こうと思ったのだが――俺が口を開くよりも先に、シェリーはこう言った。

「ですが……先にわたくしから話しても――いいですか?」

「ん?」

「どうしても……いえ。今――かなめさんにお伝えしたくて」

「? よくわかんないけど」

 別にどっちが先でも問題ないため、

「そっちからでいいよ」

 と俺は言った。

 するとシェリーは深呼吸した。

 緊張しているのか、控えめな胸に手をあてて呼吸を整える。

「かなめさん」

 そして呼吸を整えると――勇気を振り絞ったような表情と共に、シェリーはこう言った。

「好きです――わたくしとつがいになってください」

「…………」

 …………。

 ……。

 ……ん?

「シェリー……今なんて言った?」

つがいになってと……あ、番だとわかりにくいでしょうか? だとしたらこう言い直します――かなめさん。わたくしとお付き合いしてください」

「いや……番の意味はわかるんだけど」

 俺は率直に訊いた。

「えっと……俺に伝えたかったことって……その……俺への好意なのか?」

「はい」

 速攻で返された返事に――正直、俺は戸惑った。

 まさか、シェリーに告白されるとは……いや誰が思うんだよ。

 話の流れ的に、キヨズミ関連の話だと思うだろ。

 キヨズミを殺したのはわたくしです――とか、言って来ると思っていた。

「……シェリー」

「はい」

「本当に俺のことが好きなのか?」

「……はい――好きです」

 少し頬を赤らめながらも――はっきりとシェリーはそう言った。

「愛しています。ええ……わたくし、ここ数日かなめさんと一緒にいて、確信しました。――かなめさんは……わたくしを救ってくれる王子様なのです。かなめさんとなら……わたくしはお父様とお母様みたいな――幸せな家庭を築けると」

「……幸せな家庭?」

「はい」

 シェリーは柔和な笑みを浮かべて言った。

「わたくしは幸せにならないといけないのです」

「…………」

「でも……いきなりこんなことを言っても、驚きますよね?」

「……そりゃあな」

 俺は率直に言った。

「驚くっつーか……反応に戸惑うっつーか……正直なんで? って感じだけど」

「……ええ、わかっています。かなめさんがそう思うことは――ですから」

 と――シェリーは言った。

「少しだけ――昔話をします」

「……昔話?」

「はい――わたくしの過去について」

 そう言うと。

 シェリーはゆっくりと。

 自分の過去について語り始めた。

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