第三十話 葛藤と羨望

『キヨズミが起こした事件は、被害者、被害者遺族、世間に説明はしねえ……事件の隠蔽、情報操作は『教会』に行ってもらう。これだけの人が行方不明、殺害されたとなりゃあ、この国じゃあ警察どころか自衛隊も動くだろうが……この件は迷宮入りさせることになる――だから余計なことをするな。わかったか?』

「……そんなの、誠実じゃないですよ」

 スマホから聞こえた『創造物質クリエイト』の言葉に、佐々木は反対した。

「言っていることはわかります――でも被害者達……ご遺族の方々には……事実を説明する義務があると思います」

『説明して、それで誰が救われる?』

「え?」

『誰が救われるっつったんだ』

 『創造物質クリエイト』のその声に、佐々木は凍結したように固まった。

『事実を説明したところで、残された人達は救われない――殺されたのは理不尽が理由だからだ。……理不尽が理由で殺された命を、残された人達に説明して、何を生むんだ?』

「…………」

『少なくとも納得と理解は生まねえ……生まれるのは行き場のない怒り、絶望……魔術と吸血鬼に対する不理解と……あとは見当違いな復讐心――それくらいだな』

「……だから闇に葬るんですか? そんなの間違ってます!」

『ああ――間違っているな』

「――だったら‼‼‼」

 佐々木は声を荒げた。

 激昂して噛み付くように叫んだが……しかし何か思うことがあるのか、佐々木は言葉を詰まらせた。

 代わりに『創造物質クリエイト』の声が響いた。

『間違っている――俺もそう思うがな、佐々木……それはだめだ。理由はわかるな?』

「…………」

『ただ、魔術と吸血鬼という存在を世間から隠蔽するためだけじゃねえ――それを理解していねえお前じゃねえだろ?』

「……それは――そうですけど」

『じゃあ俺の指示に従え――お前は誰にも気付かれず、ガキ共を警察に保護させろ。終わったら報告だ――いいな?』

「……わかりました」

 渋々という感じだったが、佐々木はそう言った。

 納得はしていないが、理屈上『創造物質クリエイト』が言っていることが正しくて、それをわかっているという感じの返事だった。

『報告が済んだら、お前は帰って休め……黒金くろがねには俺から報告する』

「……はい」

『俺はキヨズミの死体と、『屍者の軍勢エインヘルヤル』の『残骸』、あと岸が掘ったこの空間の処理をする……偶然誰か迷い込む可能性もあるし、放っとくわけにはいかねえ』

「…………」

『じゃあ――切るぞ』

「ちょっと待て」

 通話が終了しそうだったため、俺は声を出した。

 俺の声に、数秒経過してから『創造物質クリエイト』は『なんだ?』と言う。

 俺は訊きたいことを訊いた。

「『創造物質クリエイト』――キヨズミの『屍者の軍勢エインヘルヤル』を運んだ『運び屋』……そいつはどうするんだよ? まだ、何もわかっていないだろ?」

『……ああ、それか』

 俺の質問に『創造物質クリエイト』は気だるそうな声で答えた。

『それなら心配すんな……『運び屋』が誰かは、凡そ見当は付いてる』

「……そうなのか?」

『ああ』

 『創造物質クリエイト』は言った。

『俺の推測が正しけりゃ……『運び屋』はまだこの街にいる――そいつの処理も俺がする。心配すんな』

「……お前一人でキヨズミの死体と『屍者の軍勢エインヘルヤル』、あの空間と『運び屋』の処理――全部するのか?」

『ああ』

「それ……どれくらい時間が掛かる?」

 俺は更に質問をした。

「お前の推測が正しいかどうかは知らないけど……『屍者の軍勢エインヘルヤル』の処理も岸が掘った空間の処理も、後回しにしていいタスクじゃないだろ? かと言ってそっちを優先でしたら、『運び屋』が逃げる可能性がある」

『心配すんな――半日ありゃあ、全部終わる』

「……は?」

『多数作業を並行でこなすのは――得意なんだよ』

 そう言うと『創造物質クリエイト』は一方的に通話を切った。

 ……いや得意も何も、身体一つじゃ限界があるだろ?

 と思ったが――思ったところで通話が切れたため、『創造物質クリエイト』の言葉の意味は、俺にはわからなかった。

 佐々木の方を見る。

 佐々木は通話の切れたスマホの画面を見たまま……その場で動かずにいた。

 さっきの『創造物質クリエイト』との会話で、佐々木はかなり感情的になっていた……今どんな心情なのかはわからないが、無言で黒い画面を眺めている茶色い瞳を持つ美少女の横顔は、俺には少し、凹んでいるように見えた。

 だから俺は声を掛けた。

「佐々木」

「……何よ?」

「大丈夫か――お前?」

「…………」

 佐々木はこちらに顔を向ける。

 それからこう言った。

「あんたに心配される筋合いはない」

「…………」

「……って言いたいけど……大丈夫かどうかって言われたら――大丈夫じゃないわよ。最悪」

 佐々木は言った。

「死者が出た。魔術とも吸血鬼とも関りがない、ただの一般人が、たくさんキヨズミに殺された――運よく五人は救い出せて……キヨズミは死んだけど……でも、あたしは真実を、残された人達に話すことができない」

「…………」

「間違っていると思うわ」

「……じゃあ、どうするんだよ? 『創造物質クリエイト』の指示を無視するのか?」

「いや」

 佐々木は首を横に振った。

「それはしない……そうしたいけど……でもそうしたところで、『創造物質クリエイト』が言った通り誰も救われないし……下手したらもっと、傷付く人が増えるわ」

「…………」

「魔術師って、みんな叶えたい願いがあるの」

 唐突に、佐々木はそんなことを言った。

 なんの話だ? と思ったが……俺は黙って聞く。

「世界から戦争をなくしたい。平和にしたい。不老不死になりたい。不治の病を治したい。死んだ家族を甦らせたい。大切な人が住む世界を守りたい。ヒーローになりたい――とか。願いは人それぞれ違うけど、みんなそんな感じの願いを最初に持っていて、それを叶えたくて魔術に手を染めて、自分の願いを叶えようとするの」

「…………」

「でもその願いって……明るくて立派なものとは限らない――復讐とか……そういう暗い願いを叶えるために……魔術に手を染める人も……もちろんいるわ」

 暗い願い。

 まあ、そりゃいるだろう……人の願いは千差万別。明るいものもあれば暗いもの。高尚なものがあれば低俗なものもある。

 キヨズミのように――軽蔑すべき願いを持つ者も。

「死んだ人の家族、大切な人達に……何があったのか説明するのは簡単よ……魔術とは何か説明して、キヨズミという異常者に不運にも犠牲者達は目を付けられて、死んだんですって言えばいいもの――でも、あたしはそれをしてはいけない。……そうしたら魔術の世界に飛び込んでくる人がいるかもしれないし……もし魔術に手を染めたら、その人は一生――クリーチャーズに喰い殺されるリスクを背負うことになる」

「……魔術師になるリスクか」

 クリーチャーズは魔力を持つ者を襲い。

 そして魔力を持たない者は襲わない。

 ……何度も説明されたし、俺もクリーチャーズによく襲われるから、そのリスクは知っていたつもりだったけど……そうか。最初から皆、戦えるチカラを持っているわけじゃない。じゃあ――

「そう考えたら……魔術師になるのって、相当リスクがあるな」

「そうよ――一度でも人は魔術を行使したら……もっと言えば一度でも魔力を生成したらアウトなの。怪物達に対抗できる手段を持っていなかったら、魔術師としての生はすぐに終わる――魔術が世に知れ渡っていないのは、『神秘は秘匿するべきもの』、『誰でも扱える万能足り得る技術を、広めたくない』っていう意思もあるけど……一番の理由はこれなの。『魔術に手を染める。それだけで、クリーチャーズに殺される可能性が生じる』から」

「…………」

「クリーチャーズに殺された魔術師ひとたちは――大勢いるわ」

 だから言わない――と佐々木は述べた。

 無暗矢鱈と――これ以上死人を増やさないように。

「……自分が正しいと思っていることが、間違っていることなんてよくあることだし……自分の手が届く範囲の人達が死なないように、最善を尽くしたつもりだったけど……その結果、最悪な被害が出るなんて……珍しいことじゃないけど――でもキツイわよ。正直」

「…………」

「……あんたはどうなの?」

「……あ?」

「人を救えるだけのチカラを持っているのに……自分の周りで人が死んで……あんたは、何か考えることある?」

 佐々木は俺の目を見てそう言った。

 言われて――考える。

 レイラの眷族になって――俺の周りで人が死んだのは、今回が別に初めてじゃない。

 自分の周囲で人が死んで――俺は佐々木みたいに、葛藤したことがあったか?

 俺は回答した。

「人が死ぬことなんて……珍しいことじゃないだろ?」

「…………」

「俺の考え――感想はそれだけだ」

「……そう」

 俺の回答を聞くと、佐々木はこう言った。

「軽蔑するけど――少しだけあんたが羨ましいわ」

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