第二十二話 倒壊
日本は地震大国だ。北米プレートとオホーツクプレート、フィリピン海プレートの三つのプレートが(太平洋プレートを含めたら四つが)お互いに押し合いへし合いしている。
そのため、地震の発生回数が他国の比ではない日本の建築物は、基本的に、耐震技術が高い……らしい。いつだったか見たテレビで、そう言っていたことを覚えている。
たまたま付けたチャンネルで適当に流していただけだから、放送していた内容はうろ覚えで、具体的に日本の建物は何が優れていて、ほかの国の建物と比べたら何が高いのかは説明できないが……それでも、この国で一五年以上生きているため、俺は近代の建物が並大抵の揺れでは倒壊しないことは知っている。
小学生でも知っていることだろう。
しかし岸は魔術師だ。『砂塵使い』の異名を持つ、砂と土を操り、ゴーレムを生み出せる魔術師。
俺だって地面を操作できるなら。
拠点を地下に作ってその場所が敵にばれたなら――敵を拠点まで誘い込んで、建物を崩落させる。
そうしたら一石二鳥だ。建物を崩落させたら拠点を潰せて、自分に関する手掛かりを隠滅することができるし、建物の下に誘い込んだ敵を圧殺することができる。
圧殺できなくても生き埋め……いや、例え生き埋めにできなくても、建物を倒壊させたら甚大な被害を与えられるし、逃走するのに十分な時間を稼げるだろう。
だから建物を倒壊させるのは、非常に合理的な手段だと思った――そして岸の狙いに気付かず、俺達はまんまと建物の中に入り、敵の策中に嵌まった。
ゴーレムの腕は建物のコンクリートや鉄も混ざっていたから、岸は建物の支柱となっている柱を、何本か壊したのだろう。
さすがに何トン何十トンもある瓦礫の下敷きになったら、俺は身動きが取れない――『
絶体絶命で。
建物の中に入った時点で――詰んでいる状態。
岸には逃げられて――俺達は手掛かりを逃して振り出しに戻る。
そうなるのは確定だった。
――あのまま建物が崩壊したら。
「……どうにか防げたか」
振動が止まって建物の崩落を防いだあと、『
『
というか――指一本動かしていない。
しかしそれでも――『
俺は訊いた。
「……何をしたんだ?」
「建物全体を補強した」
『
剣呑な視線を持つ吸血鬼は言った。
「建物を倒壊させんには支柱をぶっ壊すのが手っ取り早い。ゴーレムを生み出す術式を持つ岸なら、複数の柱を同時に壊すのは簡単だ――だから俺は能力を建物全体に広げて、支柱を含めた全部を補強したんだ」
白い血管。
もしくは蜘蛛の巣。糸。
俺達がいる部屋全体には『
『
あの一瞬で?
言葉で言うのは簡単だけど……どれだけ修羅場を乗り越えているんだ――こいつ。
それができる能力を持っているからって――誰でもできることじゃないぞ。
「さて」
と。
俺に視線を向けたあと、俺から自分の能力が広がっている地面を凝視して、床の下を確認するように履いている革靴で地面をトントンと叩いた『
大して力を入れていない動作。
……にも関わらず、『
直径二メートルほどの正方形に。
「…………」
「お前らのどっちかは、そいつらを見張ってろ」
そう言うと『
少し遅れて着地音。……音の感覚からして、三から五メートルくらいの深さか?
覗くとそれくらいの深さだった――すぐ移動したのか『
俺も続いて飛び降りようとしたが――そこで『
「おい――やっぱお前ら、どっちも降りてくんな」
と言った。
俺と佐々木は互いを見る。
代表して佐々木が訊いた。
「どっちも降りてくるなって……なんでですか?」
「なんでもだ」
「…………」
「あ――ちょっと!」
俺は無視して穴を降りた。
着地して左右を見渡すと、両側の壁は一メートルほどしか幅がなかった。逆に前後は広い。……前方の少し先には『
とりあえず――俺は『
『
部屋の前に立って中を見ている。
『
「……後悔すんなよ?」
「?」
『
見た。
「………………………………………………………………………………………………………」
「ちょっと神崎かなめ――あんた、もうちょっと前に行きなさいよ? ……前、全然見えないんだけど?」
部屋の様子を見てその部屋が『なんなのか』考えていると、少し遅れて降りて来た佐々木が、俺の背後からそう言って来た。
俺や『
別に場所を交代してもいいが……念のため、俺は訊いた。
「佐々木――お前、血は平気だっけ?」
「は? 何よその質問? そりゃ仕事柄……見るのは慣れてるけど?」
「そうか――だとしても見ない方がいいかもな」
「はあ? 何よそれ?」
「平気なら場所、変わるけど」
「? どういう意味よ?」
俺は身体を横に向けて、佐々木と場所を入れ替わった。
一八〇近く身長がある『
そして絶句した。
「――ッ‼‼‼」
「……だから、降りてくんなっつったんだよ」
部屋の様子を見て絶句している佐々木に、『
佐々木は声にならない声を出す。……震えて上手く言葉にできないようだが、それでも絞り出すように、彼女は目の前の光景を見て――言った。
「な……何――この血の量……」
目の前に広がる部屋の床には、赤くないところがないくらいの――血、血、血、血。
壁も床ほどではないが……血液と思われる赤黒い液体が、視界に写るすべての壁に飛び散っていた。
「……拷問部屋に見えるな」
大人一〇人を殺しても、この血の量はあり得ないけど。
拷問器具は一切ないけど――大量の血液で染まった床と壁。壁際には人の手足を拘束する器具のようなものが付いた、石でできた椅子六つ並んでいることから、俺はそう思った。
部屋の真ん中には、ぽつん――と。
子供の物と思われる靴が、片方だけ転がっていた。
血で染まった小さな靴が。
右足用だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます