第二十一話 自動車販売所

 自動車販売所。

 佐々木がマークしたところにあったのは、俗に言うディーラーだった。

 隣にある駐車場に一〇台ほど車が停まっていて、お店の入り口がある壁一面がガラス張りになっている建物の中には、展示用の車が一台だけ飾ってあって、あとは机と椅子が複数個、受付がある建物だった。

 人の気配はないが、店の綺麗さから廃墟という感じはしない。

 店が休みなのか、もしくはもう閉店しているのだろう。

 その建物の地下が――岸の拠点だった。

「ここで間違いない」

 建物の前方、一〇メートルほど離れた位置で再度魔法陣を描いた佐々木は、発動した魔術の結果を見てそう言った。

「あの建物の下……不自然に大きい空間が、何個か存在しているわ――二〇人以上は確実に収納できる広さよ」

「そうか」

「……あんたは? 何か感じる?」

「建物の下じゃなくて中。反応が二つある」

 てっきり感知されることを嫌って、拠点ではなんの魔術も使用していないと思ったけど、予想外にも目の前の建物からは、魔力の反応があった。

 ……なんだ?

 俺達が拠点を見付けたことに気付いたのか……その割には――二つしか反応がないのが気になるけど。

 岸は部下も含めたら、四人で行動しているはず。

「――『最強を証明するために』」

 呟くと、佐々木の服装が変化した。

 どの学校の物かわからない制服の胸のところから光を放つと、それが全身を包み込んで、次の瞬間、佐々木の服は魔法少女のようなど派手な衣装に変わっていた。

 いつだったか――海鳥が変身した時も、似たような呟き方をしていた。

 ……展開呪文だっけ? たぶん――というかそのあとの現象を見るに、『変身術』を発動するために必要なんだろう。

 ずし――と音がしそうなほど重量感がある十字架を、いつの間にか佐々木は右手で持って、肩で担いでいた。

 衣装が変わった佐々木は、タンッ――と靴を鳴らすように地面を踏んだ。すると周囲から音が消えて、魔力の流れが変わる。

 何度も経験した現象。

 また人払いの結界でも張ったのだろう。

「さて――行くわよ」

 変身すると早々に佐々木はそう言って、真正面から堂々と建物に近付……こうとしたので、俺は止めた。

「ちょっと待て。真正面から行くのかよ?」

「は? 当たり前でしょ?」

 訊くと佐々木は平然とそう言ったので、俺はほかの方法を取らないのか尋ねた。

「それだったらここから地面壊して――奇襲仕掛けた方がよくないか?」

「そんなことしたら空間が埋まるわよ――そうなったら岸に捕まってる人達が怪我しちゃうかもしれないし……魔術で隠していると思うけど、建物の近くのどこかに入口があるはずだから、それを見付けて入った方がいいでしょ?」

 何も考えずに猪突猛進するのかと思ったが――佐々木には佐々木なりの考えがあったらしい。

 だったら別にいいが――実行する前に俺は意見した。

「じゃあその前に……『創造物質クリエイト』に場所くらい伝えていた方がよくないか?」

「……ん――それもそうね」

 『創造物質クリエイト』のことだから、街中に飛ばしている『目』で今この瞬間の俺達を見ていて、状況を把握しているから連絡する必要なんてないんじゃないかと思ったが――念のためそう言うと、素直に賛同した佐々木は『創造物質クリエイト』に連絡した。

 コール音がして数秒……『創造物質クリエイト』は通話に出て、佐々木から経緯と、最後に場所を聞くと、

『そこで待ってろ』

 と言って、一方的に電話を切った。

 俺と佐々木は顔を見合わせる。

「待ってろって言われたけど……どうする?」

「どうするって……まあ、待っている間にできることを――」

 そこで佐々木の口がいきなり止まった。

 彼女は反応があった建物の方を見て――固まっている。

 それから言った。

「……子供?」

 俺も目を向けると確かに――建物の中には一〇歳くらいの子供がいた。

 髪の毛が肩くらいまで伸びた、男の子にも女の子にも見える子。

 その子は受付の奥にあるドアを開けて、今しがた出て来たところだった。

 全身血だらけの状態で。

「…………」

 扉を開けて、ふらふらと部屋の真ん中付近まで歩いて来て……その子は再び元の部屋に戻って行く。

 それを見た佐々木は一直線に駆けた。

「おい! 待てよ佐々木!」

「あの子ニュースで見た! 行方不明になってる子の一人よ!」

「あ⁉ どう考えても罠だろ⁉」

「だとしても助ける!」

 そう言うと佐々木は自動車販売所の中へ入って行った。

 人払いの結界を張っているからか、堂々と十字架でガラスを叩き割って。

「……チッ!」

 一瞬、『創造物質クリエイト』が来るまで待った方がいいかと考えたが――『変身術』を発動した状態とはいえ罠としか考えられない状況の中、一人で突っ込んで行く佐々木を放置する選択肢はなかった。

 嫌な予感しかしない。

 佐々木は子供が戻った部屋に一直線に向かった。

 俺も後を追って、その部屋に入る。

 ……と。

「くるな。くるなよ」

「大丈夫」

 中に入ると、佐々木が先程の子供に話し掛けているところだった。

 声の感じから、子供の性別は男の子だということがわかる。

 事務室だと思う。

 いくつかある机とパソコンが並ぶ、職員室のような部屋の中――その中心に位置する場所。机とセットである椅子の一つに少年は座らされていて、手足を縄で縛られていて――そして少年の身体の周囲には、少年の身動きを封じるように、正方形の赤い結界が張られていた。

「いやだ……くるな。くるなよ……化物」

「大丈夫よ。安心して」

 佐々木は安心させるためか、十字架を持たず少年に近付く。

 俯いているため、俺の位置から少年の顔は見えなかったが――俺はその少年に、少し違和感を抱いた。

「今助けるから」

「いやだ」

 一歩一歩慎重に――堂々と少年に近付く佐々木。

 血だらけの少年。

 が拘束されているこの状況に――違和感を抱いたわけじゃない。

「こっちくるなよ」

 少年が俺達を誘き寄せるために操られている――それ自体は全然想定できた事態だ。だからそれは不自然なことじゃないし、俺はこの状況に違和感を抱いたわけじゃない。

 けど……だとしたらなんだ?

 何がおかしいと思った?

「大丈夫」

 と。

 少年の目の前まで移動した佐々木は――そう言って少年を囲う結界に触れた。

 その瞬間に少年を囲う結界が壊れる。

 ガラスに亀裂が入るような音と共に結界は砕けて。

 そして佐々木は少年を縛る縄を解くために触れて。

「もう大丈夫よ」

「もう、いやだ」

 

 

「佐々木、離れろ――」

 叫んだ。

「――そいつ死人だ!」

「いたい、いたいよぉ」

 そう言いながら少年は佐々木に襲い掛かった。

 いや。

 少年の姿をしたゾンビが――佐々木に襲い掛かった。

「え?」

 想定していない事態だったからか、佐々木はほぼ無抵抗で倒された。

 全身血だらけだが、肉体に損傷らしい損傷はなく、監視カメラみたいに無機質な目をした少年に押し倒されて、馬乗りになられて――しかし佐々木は呆けた表情をしていた。

 呆気に取られて、動けないでいた。

「いたい、いたい、いたいいたいいたいいたい」

「チッ‼」

 近付いて、数日前に襲撃して来たゾンビ達みたいに抑揚のない声を発する少年ゾンビの腹に、俺は蹴りを叩き込む。

 少年ゾンビを佐々木から引き剥がす――と同時に、何者かが死角から飛び掛かって来た。

 俺は振り返ってそいつの顔面に拳を叩き込む。

「……気付いていないと思ったか?」

 この建物には元々二つの魔力の反応があったため、もう一人誰かが潜んでいることには気付いていた。

 俺に襲い掛かって来た人物は吸血鬼の腕力をまともに受けて反対側の壁に激突したが、損傷を受けた様子はなかった。

 むくり――と少年ゾンビと同じく、監視カメラのような瞳をした人物は起き上がる。

 先日俺を襲った――金髪女性のゾンビは起き上がる。

「……お前」

 こいつがここにいるということは……ゾンビを操る魔術師は岸――岸達の仲間ってことか。

 じゃあほかの行方不明者も……いや、今これを考えるのはやめよう。

 今は目の前の問題を片付けるのが先。

「何……こいつら――この子が死人って、どういうことよ?」

「さあな」

 起き上がって戸惑った声を出す佐々木を横目に、俺は少年ゾンビの方も確認する。

 こちらも損傷を負った様子はなかった。

「どういうことかはわからない。けど一つ言えることは、こいつらは命のない死人――ゾンビだってことだ」

「ゾンビ」

 佐々木は俺が呟いた言葉を反芻する――とそこで下から強い魔力反応がした。

 同時に地面が揺れて――俺の足元が崩れた。

「お――っとぉ⁉」

「神崎!」

 床が抜けてそのまま落下することはなかったが、代わりに崩れた地面から出て来た『腕』に、俺の身体は鷲掴みにされた。

 崩れたコンクリートや岩石で形成された、巨人のような『腕』に。

「ゴーレム⁉」

 その腕を見て佐々木は驚いた声を出した――ゴーレムということは、これは岸の魔術ということか。

 ……というかまずいな。思いっ切り力んでいるのに、まったく抜け出せそうにない。

「『灼炎の鎚ニョルニル』‼‼‼」

 佐々木がそう叫ぶと同時に、唐突に三メートルほどある十字架が出現した。

 俺には佐々木の首から下げているアクセサリーが肥大化したように見えたが――それを掴んで構えた佐々木の前に、二人のゾンビが立ち憚った。

 自分の前に現れた少年と女性に、佐々木はたじろぐ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

『どうして……どうして……こんな酷いことをするの?』

「――っ‼」

「おい!」

 動きを止めた佐々木に叫ぶ――と同時に岩石でできた腕が万力のように締め付けられて、俺は吐血した。

 三六〇度から身体を圧迫されて、みしみしと骨が軋む音がして。

 佐々木は迫って来るゾンビを前に、攻撃することを躊躇って――そして。


 次の瞬間『創造物質クリエイト』が壁を突き破って、部屋の中に現れた。


 コピー用紙のように白い吸血鬼は、俺達が入ったガラス張りの壁と違って、コンクリートでできているであろう壁を壊して、部屋の中に着地した。

 そしてじろりと視線を動かして、岩石の腕に捕まっている俺と、二人のゾンビを前に十字架を構えるも躊躇している佐々木を確認すると。

「何やってんだ――岸!」

 一瞬で俺達を助けた。

 『創造物質クリエイト』が実行した行動は、単純なものだった。

 両腕を変化させて――岩石の腕を壊す。二人のゾンビを拘束する。

 右腕は巨大な斧に変化した。

 その斧は、俺を握り締める、ゴーレムの腕以上の大きさを誇った。刃の大きさだけで岩石でできた手より、はるかにでかい。変化すると同時に伸びた斧手は、そのまま俺を掴む岩石の腕に迫り、手首辺りから切断した。

 左腕は無数の刃に変化した。

 やじりと言えばいいだろうか。

 矢の先に付いている刃――無数の鏃に変化した腕はそのまま刃の数を増殖させながら、波のように二人のゾンビを質量で押し流して、反対側の壁に叩き付けた。

 少年と女性のゾンビの身体は鏃で切り刻まれることはなかったが、無数の刃に身体を覆われて、身体の自由を奪われる。

 と――そこで更に地面が揺れた。

 しかも今度は一度じゃない。

 二度、三度と連続で揺れて――いや。

 これは地面だけじゃなくて……建物全体が揺れている?

 俺と佐々木だけじゃなくて……『創造物質クリエイト』が建物に入った、このタイミング。

 岸の通り名はなんだったか。何ができる魔術師だったか思い出して――俺はこの揺れの理由がわかった。

 けど――正気か?

 確かに、それは合理的だけど……けどここ、街のど真ん中だぞ⁉

「おい! 崩れるぞ!」

「……ッ! 結界を張るわ!」

「必要ねえ」

 俺と佐々木は慌てた声を出したが――対して『創造物質クリエイト』は、冷静なままだった。

 冷静に視線だけ動かして――直後。

 『創造物質クリエイト』を中心に。

 床に魔力が広がった。

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