第二十話 岸の居場所

 話を終えて、俺達は二手に分かれて岸を探すことにした。

 『創造物質クリエイト』は一人で。

 俺と佐々木は二人で――街中を歩いていた。

「待てって――おい、待てっつってんだろ! 佐々木!」

「……っ‼」

 早歩きで、ずかずかと進む佐々木に追い付いて肘の辺りを掴むと、彼女はようやく脚を止めた。

 佐々木は乱暴に俺の手を振り解く。

 そして俺の方を向いて言った。

「……何?」

「何って――どこに向かってんだよ。冷静になれ」

「…………」

「あてずっぽうに歩き回ったところで、見付かるわけないだろ? 情報がまったくないならともかく、岸達に関する情報、データがあるんだから、それを元に――」

 言い終わる前に胸倉を掴まれた。

 そのまま佐々木は強引に――俺を近くの建物の壁へ押し付ける。

 魔力の反応はなかった。

「……冷静になれ――ですって?」

 ぼそっ――と。

 呟くように――佐々木は言って。

 それから爆発した。

「なれるわけないでしょ⁉ ニュース見たでしょあんた! 二〇人も行方不明になってるのよ⁉」

 佐々木のその声に人が振り返る。

 注目を浴びているが――佐々木はそれに気付いていないようだった。

「あの時助けたひなこちゃんも――行方不明になっている」

「…………」

「やっとお母さんに会えたのに……あの子はまたお母さんと離れ離れになっている――魔術と吸血鬼あたしたちの世界に巻き込まれて! なのに……なんであんたはそんなに冷静でいられるのよ⁉」

 涙が見えた。

 文字通り目と鼻の先の距離で。

 佐々木の両目から――気の強い、芯のある茶色の瞳から、じわりと透明な液体が溢れ出す。

「……ごめん」

 叫んで熱が冷めたのか、佐々木は俺の服から手を放した。

 それから一歩下がって――両目を手の甲でこする。

「八つ当たりしたわ……ごめん」

「……別にいいけど」

 頭が冷えたみたいだったので、俺は言った。

「それよりも考えようぜ――岸はこの街にいるんだろうけど、手当たり次第走ったって、見付からないだろ」

「……それはそうだけど」

 少し上擦った声で、佐々木は言った。

「拠点候補なら、もうあらかた探したわよ……目に見えるところも見えないところも。岸は砂を操るから……地中に拠点を作っていないか、何回も探知術式を使って調べた」

「…………」

「地中を通る『脈』に魔術的な細工がされていないかも、龍脈地脈を吸い上げて結界を発動していないかも、結界の発動に必要な『霊装』の反応がないかも、もうあらかた調べたわよ……現代の魔術師はいつクリーチャーズに襲われてもおかしくない。クリーチャーズを対策するために、魔術は絶対使用するから……初めていく場所の『脈』は全部調べて、地上の拠点も虱潰しに調べたわ」

「…………」

「でも、岸は見付からない――なんでよ? あたしの考え方、調べ方って間違ってる?」

「……お前のやり方は間違っていないと思うけど」

 佐々木のやり方はかなり丁寧だ。

 考え方、調べ方に誤りがあるとは思えない。

「もう――頭の中ぐちゃぐちゃよ」

 その言葉は佐々木と知り合って、初めて聞いた弱音だった。

「できること全部やってるのに……ゴーレムの痕跡以外、岸に関する手掛かりは何も出て来なくて……同じ街にいるのに何も前兆を察知できなくて……二〇人も行方不明者を出てる――どうしたらいいかわからないわよ。わからないけど……でも、じっとなんかできない」

 それを聞いて俺は息を吐いた。

 知っていたけど……不器用なやつだな。

 こういうところはなんとなく――ゆーきに似ている。

 ……仕方ない。

 ゆーきに似ているから――というわけじゃないけど、ちょっと整理整頓するか。

 頭の中がぐちゃぐちゃになったら――まずは整理整頓。

 行動はそれが終わってからだ。

「佐々木……今からいくつか質問するから、それに答えてくれ」

「……急に何?」

「いいから」

 そう言うと佐々木は黙った。

 何をするのか理解したわけじゃなさそうだが――俺はとりあえず、最初の質問をした。

「まずは前提を見直す。岸はこの街にいる――スタートはここだ。いいな?」

「……いいわよ」

「前提その二。岸は『教会』所属の魔術師――殲鬼師せんきしじゃなくて魔術師だ。……これもいいよな?」

「……そうね」

 佐々木は二つの前提を肯定する。

 その返事を聞いて俺は考えた。

 今やるべきことは――岸の居場所を見付けることだ。

 そのために必要な情報は何か?

「質問に移るぞ――魔術師は拠点を作る時、必ずクリーチャーズ対策を行うって、お前は言ったよな?」

「言った」

「具体的な策はなんだ?」

 佐々木はすぐ答えない。

 頭の中で説明を考えているのか、一拍置いて、それからゆっくりと口を開いた。

「……普通の魔術師なら、まず殲鬼師せんきしを雇うわ――もしくは『同属殺し』を雇う。雇って護衛をさせる」

「それができない――もしくはしない場合は? 拠点にどんな対策を施す?」

「自分で強力な結界を張る」

 佐々木は言った。

「クリーチャーズにいつ襲われてもいいように、強力な物理結界を張るわ――これは定石。絶対に安全な結界を張れないにしても、一撃で壊されない程度の結界なら、普通の魔術師でも張れるから」

「それ以外には?」

「……クリーチャーズを早期発見するために、感知用の結界――もしくは『目』の機能がある術式を組んで、発動させる」

 魔術師は拠点を作る時、必ず魔術を使う。

 その目的はクリーチャーズに襲われて――殺されないようにするためだ。クリーチャーズは魔力を持つ者を襲う。魔力を持たない人を襲えないクリーチャーズは、常に魔力に飢えている。クリーチャーズ同士が出会えば共食いを起こすくらいに。……だから魔術師達は殺されないために――殺されるのが怖いから、拠点に魔術を施す。

 ――だったら。

「逆説的に……クリーチャーズ対策ができているなら、魔術を使う必要はないってことだよな?」

「……何言ってるの?」

 佐々木は言葉の意味が理解できないというような顔をした。

「いや、言ってることはわかるけど……でもそれはないわよ?」

「なんで?」

「魔術以外で対策できないから」

 佐々木は説明した。

「クリーチャーズは吸血鬼よ? 熊とか猪みたいな猛獣じゃない。ただの銃や剣で殺すことはできないし、例え鉄の要塞を準備したところで、あいつらは平然とそれを壊す――それくらいあんたも知ってるでしょ?」

「……ああ、そうだな」

 どんな鉄の武器を持っても。

 どんな鉄の要塞に籠ったとしても。

 クリーチャーズの対策にはならないだろう。

 けど。

「……条件さえ整ったら……魔術も武器も使わなくても、クリーチャーズは対策できるだろ?」

「……どうやってよ?」

「人だ」

「……人?」

「ああ」

 次は俺が説明した。

「クリーチャーズは魔力を持たない人を襲わない……いや、確か襲えないんだったよな? 『魔獣女帝エキドナ』がそう命令しているから」

「……そうね」

 理由は明らかになっていないけど――と佐々木が言ったのを聞いて、俺は続けた。

「……だったら、滅茶苦茶一般人がいるところにいたら、魔術師もクリーチャーズに襲われないんじゃないか? ……俺、学校にいる時もスーパーで買い物している時も、クリーチャーズに襲われたことがないし……昼間に岸達を探している最中も、あいつら、一頭も現れなかっただろ?」

 今まで――岸達を探している期間に限らず、昼間の人気の多いところでクリーチャーズに襲われたことは、俺は一度も経験がない。それはクリーチャーズが『魔獣女帝エキドナ』の命令に、忠実に従っている結果だろう。

 だから人気の多い場所にずっといれば、魔術を使わなくても魔術師はクリーチャーズに襲われないんじゃないかと思ったが――佐々木はその仮説を否定した。

「確かに昼間の学校とか駅前とか、人口密度が高いところにクリーチャーズはあまり現れないけど――でもそれ、『遭遇率が低くなるだけ』で対策にはならないわよ? 殲鬼師という対策が確立した今、クリーチャーズが満腹でいる状態はほとんどない。クリーチャーズ同士が出会えば必ず共食いを起こす。……飢餓状態が常のあいつらは一般人を襲わないけど、人前に姿を現さないわけじゃないもの――近くに魔術師がいたら、人影が少ない時を狙って襲うわ」

 佐々木が言うには、過去、クリーチャーズが一般人を襲えない習性を利用して、魔力を持たない人々を常に自分の周囲に置いた魔術師が、何人かいたそうだ。

 しかしその魔術師達は死亡した。

 全員がクリーチャーズに喰われて。

「クリーチャーズ対策のために二〇人以上の人を配置した魔術師が過去にいたけど――そいつは地面から現れた『毒水蛇ヒュドラ』に丸呑みにされたらしいわ。……いくら人がいても万全の対策にならないし――みんなそれを知ってるから、魔術師は魔術に頼るの」

「……なるほどな」

 言われて更に考える。

 ……人が対策にならないなら、ほかにどの方法がある?

 俺ならどうする?

 岸銀治郎。

 クリーチャーズを倒した実績を持つ――『教会』所属の魔術師。

 ゴーレムを操る術を持つ。

 岸から見たら……『創造物質クリエイト』に探されていることに気付いているはずだ――いや、偵察用の小型ゴーレムを街中に放っているから、俺と佐々木も自分を探していることには気付いているはず……これだけ探されても、ゴーレムの痕跡は見付かっても、岸本人が見付からないのは何故だ? 

 クリーチャーズは魔力を持たない者を襲わない。

 魔術師は拠点に結界を張るのがセオリー。

 考えろ――考えろ。

「…………。地下だ」

「地下?」

「ああ」

 考えたが――岸の手札を考えると、結論はこれしかなかった。

「岸は地下に隠れている」

「……でも、結界の反応はなかったわよ?」

「そりゃない。張る必要がないから」

 俺は言った。

「ここは駅前だ。地面は大体アスファルトかコンクリート……結界なんか張らなくても、固い地面が壁の役割を果たすだろ」

「いやだから、それだけじゃ対策にならないんだってば。……『毒水蛇ヒュドラ』や『百頭蛇ラドン』、蛇型のクリーチャーズは基本、地面の中を移動するし……『双頭狼オルトロス』や『三頭狼ケルベロス』も、時間は掛かるけど穴は掘れる。……吸血鬼であるやつらにとって、鉄もアスファルトも柔らかい土と変わらないわよ?」

「けど奇襲される前に気付けるだろ? 岸はそのためにも……索敵用のゴーレムを無数に放っているんだろうし」

「…………」

「ゴーレムに何か反応があれば確認――対象が自分を探しているなら迎撃か逃げる準備をしたらいいし……気付いていないなら放っておけばいい。クリーチャーズを倒したことがある岸なら、それなりの戦力を持っているだろ?」

「……『土塊の天使ゴーレム・ウリエル』」

 訊くと、ぽつりと佐々木は呟いた。

「聖書に出てくる大天使――その名を冠する術式を……岸は使うって聞いたわ」

「じゃあ――次はこっちの索敵手段だ」

 俺は次の質問をした。

 今の状況と、岸の手札、考えがわかったら――次は俺達が岸を見付ける手段だ。

「以上の情報を踏まえて――どうやったら岸は見付かる?」

「……ゴーレムは必ず魔力を持つ。岸があたし達に気付かれるのを嫌って……拠点に結界を張らないのが索敵対策の一環なら――っ‼」

 何かに気付いたらしい。

 佐々木はスカートのポケットに手を突っ込んで、ペンケースのようなものを出す。

 その中からチョークを取り出すと――おもむろに地面に何かを描き始めた。

「龍脈地脈の話――覚えてる?」

「……地球が持つ、見えない血管みたいなものだろ?」

「そう」

 また周囲の人々の視線が集まる。

 魔術を知らない人から見たら――佐々木が唐突に地面に、落書きを始めたように見えるだろう。

 本当だったらもっと人気のないところで行うべきなのだろうが――俺は敢えて佐々木を止めなかった。

「地球にも生命力が流れる『脈』が存在する――あの時は必要ないと思ったから説明しなかったけど、この『脈』って、土地を削ったり積み上げることで、簡単に流れを変えることができるの」

「…………」

「風水ってあんた知ってる? 建物や家具の位置で運気が変わるってやつ――あれって物理的に土地に干渉して、『脈』に流れるエネルギーの質と量を変えているから、『いいもの』と『悪いもの』が集まる場所ができるんだけど」

「……つまり?」

「岸が地面を削って、拠点を作っているなら」

 あっという間に魔法陣が描き上がる。

 すると独りでに光り始めた。

「……その空間には本来あるはずの『脈』がなくなって、空白の場所ができる!」

 光が消えると、魔法陣の中に血管みたいな線が無数に現れた。

 線は密集して点みたいになっている場所もあれば、途中で切れて何もない場所もある。

 恐らくだが――この線はこの街に流れている、『脈』の縮小図だろう。

「起動している索敵用ゴーレムには魔力がある……だからそれを探知して、ゴーレムが周囲にまったくいない空白があれば‼‼‼」

 佐々木が魔法陣の周囲に文字と記号を描き加えると、線とは別に、赤く光る点が現れた。

 その赤い点は少しだけ動いている。

 恐らくだが――この赤い点が、ゴーレムの位置を表しているんだろう。

 佐々木は映し出された、線と赤い点の位置を確認すると、

「見付けた!」

 と叫んで次は、この街の地図を出した。

 そして地図と魔法陣を照らし合わせるように交互に見て――それから地図に描いている、一つの建物を丸で囲んだ。

「岸の居場所は――ここ」

 地図を見て、俺も場所を確認する。

 佐々木がマークしたところは、ここから一〇〇メートルも離れていない場所だった。

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