第十九話 犯人候補

 待ち合わせ場所は喫茶店。

 しかし今までと同じように店内ではなく、関係者以外入れないはずの屋上だった――吸血鬼の脚力を利用して、俺はベランダみたいになっている屋上へ登る。

「あんた――ニュース見た?」

 屋上へ上がると、大真面目な顔をした佐々木がそう尋ねて来た。

 『創造物質クリエイト』は上から街の様子を眺めている。

「ああ」

 俺は視線を佐々木に戻して言った。

「電話来た時にちょうど――けど、何が起こっているんだ?」

「何が起こってるのかはわからねえ」

 訊くと、佐々木ではなく『創造物質クリエイト』がそう言った。

「――が、一つ言えんのは……ニュースになってる事件は十中八九、魔術師か吸血鬼が関わっているってことだ」

「…………」

「日本で、日本にある一つの街で、たった三日で二〇人も行方不明になってんのは異常だ――大規模な人攫いの組織が関わってんなら同じ結果を起こせるかもしれないが……まあ、状況を見るに魔術師か吸血鬼の犯行と考える方が自然だな」

 『創造物質クリエイト』は街から視線を外す。それからこちらを見た。

 そこでサイレンの音がした。恐らくパトカーの音だろう。

「どうやってやったかは魔術があればいくらでも説明可能だ。だから今重要なのは『どうやって』ではなく、『誰が』『何故』こんな事件を起こしているかってことだ――犯人候補を説明して行くぞ?」

 遠のいて行くパトカーの音を聞きながら、『創造物質クリエイト』は言った。

「まずは『影食の吸血鬼シャドー・イーター』。可能性は『中』だ――再生能力が弱く、深手を負ったやつが人を攫った可能性は十分に考えられる」

 最初にシェリーが候補に上がった。

 しかし俺の血を吸って傷が完全に再生しているシェリーが犯行に及んでいるとは、俺は思えなかった。

「……だが、傷を癒すだけなら二〇人も攫う必要はねえ――俺への対策のため、戦闘を考慮して、魔力量を上昇させるために人を攫った可能性も考えられるが……あの女がそうするのは考えにくいな。『影食の吸血鬼シャドー・イーター』は戦闘よりも諜報活動が得意だ。……俺と戦うことを想定しているなら、『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』か『略奪の吸血鬼モーラ』を呼ぶはずだ」

 『創造物質クリエイト』はシェリーをそう考察した。

 シェリーの可能性を『中』と位置付けたが、実質、犯人じゃないと言っているように、俺には聞こえた。

「次に『神裂家』。岸達と同じくお前の調査に来た魔術師達だが……こいつらの可能性は『低』だな」

「……『影食の吸血鬼シャドー・イーター』より低いのか?」

「ああ低い」

 淡々と――説明をする『創造物質クリエイト』の声を聞きながら、俺はちらっと佐々木の方を見た。

 数日前に助けた少女が行方不明になっていると知って、彼女の内心は穏やかではないだろう――見ると彼女は冷静に『創造物質クリエイト』の言葉を聞いていたが……震えるくらい自分の拳を強く握っていた。

「この街に来た『神裂家』は四人……メンバーを確認したらかなり面倒なメンツが揃っていたが……今のやつらが置かれている状況を考えると、犯行に関わっている可能性は低いな」

「……なんで言い切れる?」

「――『魔導図書館キング英雄作成編メイカー』」

 訊くと、『創造物質クリエイト』はよくわからない単語を呟いた。

「やつらがお前の調査のため、この街に連れて来たの名だ――何があったかはわからないが、どういうわけかは、現在、ほかのメンバーから逃走中なんだとよ……切り札に逃げられた連中は逃げ出した兵器を回収するのに必死――今のやつらに事件を起こす余裕はないし……そもそも全員、物理的にこの街にいない」

「……兵器」

 と言った割に『そいつ』とか『逃げ出した』と言ったのが、俺は引っ掛かった。……まるで『神裂家』のメンバーの一人が、『兵器』だと言うような説明だ――いやたぶん、そういうことなのだろうが……俺はスルーして話を促した。

 気になるが、訊くのは後回しだ。

「ほかに候補は?」

「第三に『神裂家』と『教会』以外の魔術師」

 てっきり次は『教会』の魔術師達を候補に挙げると思ったが、『創造物質クリエイト』はそれ以外の魔術師の存在を示唆した。

「俺達が存在を把握していない魔術師がいて、そいつ――もしくはそいつらが事件を起こしている可能性だが……この可能性も『低』だな。つーかゼロに近い」

「……それもなんで言い切れる?」

創造うまれろ」

 訊くと、『創造物質クリエイト』は右手を自分の目線の位置で掲げて、そう呟いた。

 すると無機質で白い手のひらの上に、小さな球体が現れた。

 卵と言うより丸めた粘土のような玉――それがなんなのかわからなかったが、見ていると、その玉が勝手に形を変え始めた。

 そして小さな生き物の形へと変わる。

「……鳥?」

「見覚えあるだろ?」

 白い雀――の形をした何かを生み出して、『創造物質クリエイト』は言った。

 よく見たら雀のくちばしは開閉しないようになっている。

「この鳥は俺の能力で生み出したものだ――今この街には、複数体のこいつが俺の『目』として、飛び回っている」

「……そういや」

 二日目に隣町のデパートに行った時、この鳥を見たな。

 じゃあ街中で何度か感じた視線の正体は……こいつだったってことか?

 かなり小さいけど――魔力の反応はする。

「街の全部を索敵できるわけじゃねえが、もし『教会』と『神裂家』以外の魔術師が存在するなら、俺が真っ先に気付いている――だから『神裂家』と『教会』以外の魔術師の可能性は『低』だ」

 言うと雀のような鳥は飛んで行った。

 上空ではなく低空で街中に降り立ったが、誰も気に留める様子はなかった。

「で……最後だが……『教会』所属の岸達――こいつらは『高』だ」

「あ?」

 耳を疑った。

「……岸達『教会』が『高』? 岸が誘拐事件を起こしている可能性が高いのか?」

「ああそうだ」

 『創造物質クリエイト』は言った。

「理由はわからないが、岸がこの事件を起こしている可能性が一番高い――これを見ろ」

 そう言うと『創造物質クリエイト』はポケットから何かを出した。

 それはこの街の地図だった……佐々木が持っている地図とは違う物……その地図は何ヶ所か、赤と青の点で印がされていた。

「赤がゴーレムの痕跡が確認された場所。青は行方不明者が最後に確認された場所……もしくは自宅だ」

 点は何個か重なり合うように存在している――全部の点が重なっているわけではないが、青い点の近くには必ず赤い点があった。

 隣町のデパート付近の場所にも――赤と青の点が確認できた。

「…………」

「もう一度言うが『なんで』かはわからねえ。……岸は一般人をこっちの世界に引き込むのを嫌う。だからあいつ自身が人攫いをしているとは思えないが……脅されて強要されているなら話は別だ」

 そこまで言うと、『創造物質クリエイト』は一呼吸する。

 それで短く――俺と佐々木に命令した。

「岸を探し出すぞ」

 それから付け加えるように、

「嫌な予感がする」

 そう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る