第十八話 暗転

 岸達を探して五日目に突入したが、二日目も、三日目も四日目も、俺と佐々木は岸達を見付けるどころか、行方に関する情報を、一つも掴むことができなかった。

 佐々木は俺と一緒に街中を歩いて、時折辿り着いた場所で魔術を使用して、何かを調べていた。

 一七時に喫茶店で定時報告会をする時以外、五日の間、一度も行動を共にしていなかったが、『教会』から情報を聞きつつ、俺達と同じように街中を歩いて岸達の行方を探っていたらしい『創造物質クリエイト』も、岸達の行方に関する情報の収穫は、ずっとなかった。

 五日までは。

「収穫だ」

 八月一三日の午後五時過ぎ。

 定時報告会で使ういつもの喫茶店に行って、先に注文した商品を飲んで『創造物質クリエイト』の到着を待っていた俺と佐々木に、遅れてやって来たコピー用紙のように白い男は、俺達がいる席を見付けて近付いてくるなり、そう言った。

 『創造物質クリエイト』は写真を数枚――すべて見えるようにテーブルの上に広げる。

「? なんだこれ?」

 写真には街のどこか、どこにでもあるような……アスファルトの地面が写っていた。

 小さな隆起がある――アスファルトの地面の写真。

 ほかの写真も似たような感じだった――アスファルト以外にコンクリートや土の地面、どこかの建物の壁みたいな写真もあったが……特別何か、変わった物は写っていなかった。

 一つ特徴があるとすれば……どの写真にも、隆起した部分が写っていることくらいか。

「ゴーレムの跡だ」

「……ゴーレム?」

「そうだ」

 『創造物質クリエイト』は写真にある、隆起を指差して言った。

「偵察型の小型ゴーレム――この隆起はそいつが通った跡だ」

「……それ、間違いないんですか?」

 佐々木が写真を一枚手に取って確認する。『創造物質クリエイト』は佐々木の方を見なかったが、頷いて肯定した。

「間違いねえ――似た跡を昔見たことがある。それにこの跡は今日発見したものだが……きのうとおとといは、写真の場所にこんなものはなかった」

 きのうとおとといはなかった。

 ……ということはつまり。

「……岸は自ら隠れている?」

「もしくは何者かに何かを強制されている……かだな」

 『創造物質クリエイト』が言うには、岸の強さを顧みるに、その可能性は低いようだ――殲鬼師せんきしでもないのに、一人でクリーチャーズを倒せる強さは伊達ではないらしい。

 岸一人だったら同じくらいの戦力を持った魔術師か、吸血鬼じゃないと難しい。

 しかし――例えば部下が人質に取られて脅されているとしたら……その限りではないようだ。

「可能性はある」

 『創造物質クリエイト』は言った。

「佐々木――跡があった場所の周囲を徹底的に調べる。必要な物を揃えて一時間後にここに集合しろ」

「わかりました」

「……俺も手伝った方がいいか?」

「いや」

 状況が好転したとは言えないが、変化の契機と言っていい情報を持って来た『創造物質クリエイト』は――俺の申し出を断った。

「お前はいい――今日も帰って、『第二の人外シルバー・ブラッド』の世話をしろ」

「…………」

「……なんだよ? なんか不満そうな顔だな?」

「別に」

 申し出を断られたことに不満を抱いたわけでも、『創造物質クリエイト』の上からの物言いを気に食わないと思ったわけでもないが、黒い瞳をまっすぐ向けられてそう訊かれたため、俺は思ったことを言った。

「ただ――人手は多い方がいいんじゃいかって思っただけだ」

「必要ねえ。俺と佐々木だけで十分だ」

 きっぱりと拒絶するような言い方。

 ずいぶんはっきり断るんだなとは思ったが、『創造物質クリエイト』ならそう言いそうだと思ったため、特に何も思わなかった――しかし、特に何も言わない俺の顔を見て、自分の物言いに俺が機嫌を損ねたと思ったのか、『創造物質クリエイト』は、

「……勘違いすんなよ。別に仲間外れにしようってわけじゃねえ」

 と――補足説明を始めた。

「この調査は魔術師一人いたら十分なんだ。俺は場所の案内をするだけだし、お前が来ても手持ち無沙汰にしかならねえ……だったらお前はお前にしかできないことをした方がいいだろ。『第二の人外シルバー・ブラッド』の世話……お前としても、そっちの方が、優先度が高いだろうが?」

「……まあ、そうだけど」

「じゃあお前はそっちを優先しろ。お前の手が必要になったら呼ぶ。だから今は帰れ」

 佐々木が一人いて十分なら『創造物質クリエイト』の言い分は正論で、俺が手伝う必要性はない。俺もそう思う。

 しかし岸達の行方に関する手掛かりがやっと見付かったのに、今ここで俺を遠ざけるような言動をしたことに、俺は引っ掛かった。

 五日間──時系列で見たら『創造物質クリエイト』がこの街に来て、岸達が行方不明になって約一週間が経過している。

 これまで、手掛かりという手掛かりは何も見付かっていなかった。

 その中でいきなり岸に関する手掛かりが見付かった。

 通常なら結論を急いで――手伝いの申し出を拒絶しないと思う。

 なのに何故、今このタイミングで――『創造物質クリエイト』は俺を事件から遠ざけるような言動をしたのか。

 『創造物質クリエイト』は情報共有する時以外、一度も俺と行動を共にしていない。

 この五日間、俺が佐々木と一緒に行動をしていたのは成り行きで、俺はそのことに対して二人に何も言っていないし、『創造物質クリエイト』も何も言っていないが……今思えば『創造物質クリエイト』は、何か意図があって、俺を避けているように感じた。

 こいつは何を考えていて。

 どこに視点を向けているのか。

 俺はそれが気になった。

 まあ――考えてもわからなかったから、すぐ帰ったけど。

「……不気味だな」

「……? 誰がですか? 『創造物質クリエイト』のことでしょうか?」

 帰宅後に夕飯を作って三人で食事をしている時、ぽつりと呟いた俺の発言に、シェリーがそう反応した。

 俺は肉じゃがの芋を、レイラの口へ運びながら言う。

「シェリーは鋭いな――けど、独り言だから気にしないでくれ」

「……かなめさんがそう言うのなら」

「はふっはふっ、もぐもぐ」

「おっと」

 箸で摘まんだじゃがいもを熱そうに頬張るレイラに、俺は冷えたお茶が注がれたグラスを渡す。

 ……考えながら手を動かしていたから、冷ますのを忘れていた。

「悪い、レイラ」

「んー……ごくん」

 今日も俺の上に座って、不機嫌そうにお茶を飲み込むレイラ。

 もうずっとご機嫌斜めだが……さすがにその理由には気付いた。

 レイラは俺がシェリーと話していたら、必ず俺の上に座ってシェリーの方を睨む。

 シェリーが『第一の人外ゴールド・ブラッド』の血統だから家にいるのが気に食わない……というのが理由だと思うが、ほかに理由もある気がする。

 これも考えてわからない。

 訊いても教えてくれないし……まあごはんを食べている時は、少しだけ機嫌が直るからいいけど。

「……それはそうと。かなめさん、今日、ニュースは見ましたか?」

 と。

 頬いっぱいにごはんを詰めて自分を睨んでくるレイラに、微妙な表情を返していたシェリーは、急に真面目な表情をして、そう訊いて来た。

 俺は質問に答える。

「いや? 見ていないけど?」

 佐々木と街中をずっと回っていたから、ニュースの類は確認していない――できていない。

「そうですか――でしたら、ちょっと見て欲しいです。……夕方に大々的にやっていたので、今も報道していると思いますし」

「?」

 シェリーはテーブルの上にあるリモコンに触れて、テレビの電源を付ける。

 それから適当な報道番組に切り替えた。

「……行方不明?」

「今――この街で起こっている事件らしいです」

 画面に映し出されているテロップを見て、首を傾げて読み上げた俺に、シェリーは端的に説明してくれた。

 テレビキャスターが言うには、この街で現在、三日間で二〇人以上もの児童が行方不明になっているらしい。

 理由と原因は――現状不明。

 子供が唐突にいなくなったと警察に駆け込む親の数が異常に多いため、警察は現在、誘拐事件の可能性を視野に入れて、大規模な捜査を開始したという内容だった。

 事件の概要が説明されたあと――現状わかっている行方不明者の名前と写真が映し出された。

 画面に映し出される、小学校低学年から中学生くらいの名前と写真。

 ――一人一人名前が読み上げられて、拡大された行方不明者の写真が映し出されて、

「……あ?」

 映し出された一人の児童の写真と名前を見て、俺は思わず声が出た。

 画面に映し出されている小学校低学年くらいの女の子は――俺が知っている子だった。

 写真の下には、大きなテロップで――『浅井ひなこちゃん』と書かれていた。

「…………」

 タイミングがいいのか悪いのか――スマホに着信。

 画面には『佐々木』の三文字が表示されていた。

 ……通話に出なくても、この電話が緊急事態を知らせる内容であることは。

 俺はすぐにわかった。

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