第二十二話 かなめVS『第一の眷属』
「さて」
二人がいなくなってすぐ、『第一の眷属』が言った。
柔和な笑みを浮かべて。
「悪いね。わざわざ露払いしてもらって」
「別に」
俺は言った。
「邪魔だったから移動してもらっただけだ……お前のためじゃない」
姉は『第一の眷属』に対して『策』を準備していると言っていたが、佐々木と海鳥の二人はそれを持っていない。
対抗策を持っていないと、二人とも『第一の眷属』の意志一つで存在をなかったことにされる。
そうなったら二人がここに駆け付けた意味がないし――ここにいても邪魔だったから、クリーチャーズの処理を任せたのだ。
……俺の言葉に対して、『第一の眷属』は興味なさそうに「そうかい」と答えた。
冷ややかな風が流れる。
しばらく、無言の時間が続いた。
……ちなみに、『第一の眷属』の周囲にいたクリーチャーズは、近くに一頭もいない。八頭いたクリーチャーズはすべて、殲鬼師二人と一緒に場所を移している。
「……なあ、かなめくん」
唐突に、『第一の眷属』は口を開いた。
「なんだ」
「もう一度だけ誘うよ」
そう言うと『第一の眷属』は右手を前に伸ばした。
俺に手を取れと言うように。
「レイラと縁を切れ」
「断る」
「……即答だね」
「言っただろ。レイラの眷属になったことは――別に後悔していないって」
「……本当に後悔していないのかい?」
これまで散々言ったはずだが――それでも念押しするように、『第一の眷属』は訊いて来た。
「考え直せ。……前も言ったと思うけど、君は必ず後悔する。レイラは僕達とは違う。あの子は化物なんだ」
「それは知っているって言っただろう……それで、答えも言ったはずだ」
例えこの先どんな不幸な出来事が起こっても、それはレイラの所為ではない。
この世が悪夢か地獄に化しても、俺はそのことでレイラを恨まない。
すると『第一の眷属』は、吹っ切れたように笑った。
まるでこれで――完全に諦めが付いたように。
「……そうか」
「ああ」
「じゃあ――今度こそ交渉決裂だ」
「最初から成立する要素なんて――ないだろ」
「ああそうだね」
示し合わせたわけではないが、ほぼ同時に、俺達は構えた。
『第一の眷属』は拳を握らず、手刀の形に。
俺は拳を握らず、五指を開いた状態で――腰を落として。
「……っ‼」
一気に距離を詰めた。
二歩。
たった二歩で、俺は『第一の眷属』の目の前まで移動する。
『第一の眷属』は一切委縮せずに言った。
「先手は君に譲ろう」
「そりゃどうも――よっ‼」
そう言って俺は開いた五指を顔に叩き付けた。
吸血鬼になると、人間だった時より肉体が強化される。
火力面でもそうだが、耐久面でもそうだ。
火力面ではずば抜けて、しかし耐久面では微力――俺の怪力は、佐々木の話によれば平均値よりかなり低いが、それでも、吸血鬼の肉体を破壊する程度の威力は出る。
開いた五指で豆腐を抉るように、『第一の眷属』の顔を破壊する。
――返す刃で、『第一の眷属』の手刀が飛んで来た。
俺と違って一つにまとめた五指を、『第一の眷属』は俺のこめかみに叩き込む。
すると俺の頭が爆ぜた。
豆腐を思いっ切り殴り付けたように、俺の頭の中が周囲に飛び散る。
『第一の眷属』は『
ということは予想通り――俺に『
「……っ⁉」
「火力が同じだと思ったか?」
『
「同じ眷属、同じ能力を持っていると言っても――君と僕じゃあ年月が違う」
吸血鬼は長生きしていればしているほど強い。
……かどうかは知らないが――吸血鬼である期間が長ければ長いほど能力が強くなるのは、ごく自然なことだろう。
戦闘の経験値。乗り越えて来た修羅場の数。
吸血鬼になって数ヶ月しか経っていない俺と、レイラが誕生してずっと吸血鬼として生きている『第一の眷属』。
少なくとも五〇年以上開きがある俺と『第一の眷属』では、単純な能力である『身体能力強化』の出力でも、格差があるということか。
けど。
「……それがどうした?」
そう言って俺は左脚の蹴りを放つ。
またも避けずに、俺の攻撃をまともに喰らった『第一の眷属』の顎が、抉れて消失した。
「――弱い!」
傷をなかったことにしてすぐ『第一の眷属』は反撃してくる。
俺と同じく左脚の蹴り――俺ほど高度を付けず腹部を狙った一撃は、そのまま巨大な刃物のように、俺の身体を上下に切断した。
一瞬だけ上半身と下半身が分かれて、胸から下の感覚がなくなる。
しかし損傷に意味がないのは俺も同じだ。
「ソォラァ‼」
「ぬるい‼」
『
『
本当に、お互いの攻撃は無意味だ。
「まったく――少しも理解できない! なんで君はそんなにレイラにこだわるんだ⁉」
一メートルも離れていない超至近距離で。
血飛沫と肉飛沫をお互いにぶちまけながら、『第一の眷属』はうるさいくらいの声量で叫んだ。
負けないように俺も叫び返した。
「それも前に説明しただろうが! 俺は家でレイラと飯が食える生活ができたら――それでいいんだよ! あいつが化物だろうが人間だろうが、そんなの関係ねえ!」
「だったら、別にレイラじゃなくてもいいだろう⁉」
『第一の眷属』は言った。
「ただ家で一緒にごはんを食べたい――共に日常を歩む相手が欲しいなら、ほかの子でもいいはずだ! レイラだったらリスクが高過ぎる。あの子は、君のそのありきたりな望みを壊すぞ! ……前も言ったと思うが、あの子本人の意志なんて関係ないんだ。レイラは意図してなくても、災厄を引き寄せる――引き起こす! そういう存在なんだぞ⁉」
「だから――それも知ってるっつーの!」
「いいや、君はわかっていない!」
『第一の眷属』は断言した。
……心臓を貫きながら、俺は彼の言葉を聞く。
「わかっていない……これっぽっちも理解していない! 君は僕がなんでレイラの元を離れたか、知らないだろう⁉」
「あァ⁉ レイラが島を破壊したからだろう⁉」
「それだけじゃないさ」
右腕を切り飛ばされる。
代わりに右目を抉った。
「レイラが島を破壊した衝撃で、僕は気を失っていたんだけど……僕が目を覚ました時、あの子は何をしていたと思う?」
「…………」
「あの子はね、人を食っていたよ」
思い出すのも辛いような表情で、『第一の眷属』は言った。
「死体を食っていた――僕が目を覚まさない間、お腹が空いたというだけの理由で。僕は人を殺すなと言っていたのに。人だけは絶対に食べるなって言いつけていたのに! あの子は! お腹が空いたからって理由だけで破ったんだ!」
タブー。
一般的にやってはならない、行ってはならないなどを意味する単語だ。
その二つの行為が、『第一の眷属』にとってのタブーだったんだろう。
共に過ごす上で、レイラに犯して欲しくなかった行為。
共に生きるための最低条件。
「ずっと言って来たのに。言葉を教えて歩き方を教えて――初めからずっとずぅっとだめだと教えて来たのに! あの子は平然と破った!」
空腹。
……たぶんだが、レイラは『第一の眷属』が目覚めるまでの間、ずっと空腹を我慢していたのだと思う。
あいつは俺が用意したごはんしか食べない。
『第一の眷属』と生活している時は、どうしていたか知らないし、今の今まで考えたことはなかったが……もし、今と同様に、眷属が用意したごはんしか食べていなかったとしたら、原形を留めなくなった島で、レイラは相当我慢していたんだと思う。
我慢して我慢して。
でも食べる物がなくて。
探したら人の死体があったから――食べたんだと思う。
……だからと言って、食っていい理由にはならないが。
「あの子はすべてを壊した。家を壊して島の動植物を全滅させて。僕の友達も知り合いも、顔見知りも知人も、恋人も赤の他人も全員殺して――ああならないようにずっと積み上げて来たのに。もう地獄も悪夢も見たくなかったから、できることをやって来たのに! あの子は! 一瞬ですべてを壊したんだ‼‼‼」
顔面を踏み潰された。
『
そして俺を見下ろしながら言った。
「僕の言葉を聞いても、君はレイラを選ぶのか?」
「…………」
「僕は失敗した――あの子を人間にはできなかった。レイラは正真正銘の化物だ。共存することなんてできやしない! 君に待っている未来は、僕がかつて迎えた不幸と同じか、それ以上の結末になるんだぞ⁉ それでも、君はレイラを選ぶというのか⁉」
「ああ」
「……っ⁉」
即答すると『第一の眷属』の顔は歪んだ。
「……何故だ?」
真下から憤怒の表情を見ながら、俺はその質問に答える。
「俺が一緒にいたいって、思ったからだ」
「……合理的じゃないだろ? その理由は」
「誰かと一緒にいたいって気持ちに、合理性が必要かよ?」
「……っ」
「必要ないよな? ――誰かと一緒にいたいって気持ちに、合理性を必要として堪るかよ」
俺はレイラと共にいたいと思ったから、一緒にいるだけだ。
家に帰って一緒に飯を食いたいって思ったから、そうしているだけ。
「『第一の眷属』。俺はお前の話をちゃんと聞いているし、お前がそうだったんなら、俺もこれから似たような経験をするんだろうなってのは、正直思ったよ……けど、お前が経験した過去と感情は、俺が今抱いている望みと感情とは、一切関係ないだろ? ……お前の話を聞いてそれでも俺は、レイラと共にいたいって思ったんだ――ただそれだけだよ」
「だからそこがわからない‼」
「…………」
「何度聞いても、君の言っていることがわからない‼ ……なんで僕の話を聞いて、それでもあの子を選ぶことができる⁉ ……レイラの美貌に魅了されたのか? それとも、あの甘えたがりな性格に庇護欲を駆られたのか⁉ いや……そうだとしても説明が付かない。――君だってこれまでレイラと共に過ごして、苦労してこなかったわけじゃないだろう⁉」
「まあ……そりゃあな」
そんなもの、もう数えられないほどしてきた。
「レイラを受け入れてなんのメリットがある⁉ 望んだわけでもないのに眷属にされて、『災禍の化身』の眷属という、必要のない業を背負わされて、君になんのメリットがあるんだ‼‼‼」
「別に。メリットなんかないよ」
それに関しては、本当にメリットはない。
レイラを受け入れることも、その眷族になることも――人間社会で生きていく上では、ただのデメリットだ。
だが――それがどうした?
「『災禍の化身』なんて、あいつの一側面に過ぎないだろ?」
「……なんだと?」
「『災禍の化身』としての側面が、あいつのすべてじゃないって言ったんだ……レイラだっていい側面はある」
「……悪い面の方が多いさ!」
「まあな――けど欠点や短所なんて、誰にでもあるだろ?」
「……っ‼」
「誤ったことをしたら正してやればいいんだよ。悪いことをしたら叱ったらいい。わからないことがあったら理解するまで教えたらいいし……もしあいつが暴走して人類を滅亡させることがあったら――まあ、その時は、誰もいなくなった世界で、二人でのんびり過ごすさ」
「……っ‼‼」
『第一の眷属』は拳を振り下ろした。
感情任せに振るった、大振りな一撃。
隙だらけな一撃を躱して――俺は距離を取った。
「……いいだろう」
ぽつりと。
『第一の眷属』は――呟くように言った。
「……どれだけ話し合っても――君と分かり合えないことは、よぉくわかった」
「そりゃそうだろ」
同じ眷属ではあるが、レイラの眷族であることを辞めた『第一の眷属』と。
レイラの過去を知っても、眷族であり続けることを決めた俺。
理解し合えるわけがない。
「……そんなつもりはなかったんだけどね。決めたよ――君は今ここで、僕が殺す‼‼‼」
「…………」
「君の思考は危険過ぎる。放って置けば――人類を滅ぼすレベルで」
『第一の眷属』の目の色が変わった。
今までと違って、金と紅の瞳に殺気が宿る。
『第一の眷属』が攻撃を再開した。
しかし瞳に殺気が宿ったからと言って、『第一の眷属』の攻撃パターンが変わったわけではない。
これまでと同じように、『第一の眷属』は素手で攻撃を続ける――違うのは感情的になっている分、これまでより攻撃が大振りになっていることくらいだ。
「そういえば殲鬼師の子達が離れる前に、僕を倒す方法があるって言っていたけど、それは本当なのかい⁉」
俺の首を切り飛ばしながら、『第一の眷属』はそんなことを言った。
俺はその質問に返答する。
「あぁ⁉ 教えるわけないだろそんなこと‼」
「別に教えてくれなくてもいいさ」
何がおかしいのか。
『第一の眷属』はにやりと笑って言った。
「ただ、君が本当に僕を殺す方法を見つけているのかと思ってね」
「…………」
「君は知っているか知らないけど、僕達の能力は魔術に分類されない。『
「……なんの話だ?」
「わからないのか? 魔力を持たず、生命力から魔力を練って超常現象を起こしているわけではない僕達は――どれだけ能力を発動しても、
『第一の眷属』の話を聞いて――考える。
確かに俺は、魔力の練り方を知らないし、能力の使い方も教わっていない。
『
「つまり僕達は! いくら傷を負っても死ぬことがないのさ! 『
「そんなもんわかるわ! このままじゃ決着が付かないってことだろ⁉」
「正解だっ!」
歓喜するように『第一の眷属』は言った。
「さて――じゃあ決着が付かないこの戦いに、君はどうやって決着を付ける気だい?」
「…………」
「不死力も含めて、君のすべての能力は僕の下位互換だ――君ができることはすべて僕にできる。君の行動で生じた結果は僕でも引き起こせる……そんな相手に君はどうする?」
俺は黙って左腕を切り飛ばした。
続いて右足を踏み潰す。
腹部を貫く。
「『
次に右腕の肘を折る。
顎を蹴り飛ばず。
「『
右の目玉を潰す。
喉を切り裂く。
頭を地面に叩き付ける。
「意味がないことはわかっているだろう⁉ 何度同じことをするんだ⁉」
頭が爆散した。
『第一の眷属』のではなく、俺の頭がだが。
再生してすぐ、続けて『第一の眷属』は俺の身体を上下に引き裂いて、上半身を蹴り飛ばした。
数回、砂利の上を転がって、俺の身体は上半身から損傷がなくなる。
『第一の眷属』の目の前にあった下半身は消失した。
口の中で――血の味がする。
「……さては君、僕を殺す手段なんてないだろう?」
この血の味は自分の口の中を切って出血したものではなく、『第一の眷属』の血だ。
先程から何度か、飛沫した血液が口の中に入っている。
その味だった。
「だったらレイラをここに呼べ――あの子なら、僕を殺せるから」
俺は起き上がって、今まで見たことがないほど感情的な顔になって、こちらを睨む『第一の眷属』を見た。
頭部が戻ってからも血の味がしたってことは――通じる。
口内に入った血はなかったことになっていない。
「――さあどうした?」
問題は――この方法は『第一の眷属』も気付いているはずということだ。
あれだけ血飛沫を浴びて、『第一の眷属』の口内にも、俺の血肉が入っていないわけがない。
しかし『第一の眷属』は殺すと言いつつ、その手段を取る気配がなかった。
……いや。
「呼ばないなら僕が呼んであげようか?」
気配がないというか――行う気がない?
だったら――好都合だ。
「ふっ!」
右腕を肩まで地に突っ込んで。
俺は『第一の眷属』の方向に向けて――思いっ切り砂利を巻き上げた。
「目晦ましのつもりか⁉」
『第一の眷属』は叫んで、巻き上がった砂埃をなかったことにする。
『
……この能力は俺が持つ『
一つ目は――同種の能力を持つ俺とレイラに通じないこと。
二つ目は――自分が死亡する時以外、自分の意志でしか能力が発動しないこと。
そして三つ目は――俺に自分の血肉を喰われた場合、その事実をなかったことにできないことだ。
「がっ⁉」
『第一の眷属』が舞い上がった砂埃をなかったことにした隙に。
俺は『第一の眷属』の首筋に――思いっ切り噛み付いた。
吸血。
エナジードレイン。
俺が用意した『第一の眷属』への対抗策は、吸血鬼なら誰でも持つ能力だった。
これが唯一できる、『第一の眷属』を殺す手段。
俺はそれを行った。
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