第十話 ???の死

 気が付くと、『魔獣女帝エキドナ』の姿は目の前になかった。

 というか、周囲にない。

 見渡すと結界に囲われていた部分の土は焼け焦げて焦土と化しており、『魔獣女帝エキドナ』が立っていた思われる場所の地面には、大蛇が掘ったものよりも大きい穴が開いていた。

 感覚を研ぎ澄まして周囲の魔力を確認する――吸血鬼の魔力反応は……なし。

 ということは――狙い通り逃げてくれたか。

「かなめ」

 と、そこで近付いて来ていたゆーきが、俺に話し掛けた。

 ゆーきの隣には、佐々木の腕を肩に回して支えている、海鳥が立っている。

 ゆーきは俺に訊いた。

「やったのか?」

「いや、逃げただけだな」

 そう言って俺は立ち上がる。

 すると海鳥が残念そうに言った。

「えー……私本気で殺すつもりで魔力注ぎ込んだんですけど?」

「『武器特防』が発動していたんだから、あれで傷付くわけないだろ」

「……そこはかめくんが封じたんじゃないの?」

「いや、確証はないけど、たぶん封じれてないな」

 激痛で能力を維持できなくなって、それで爆発のダメージを受けたならそれでいいけど――でももしそうなら、俺と同じく身体が熱と衝撃で吹き飛んで、消滅していることだろう。

 けど地面に大穴が開いているということは、『魔獣女帝エキドナ』は穴を掘って逃げたということだ。

「ちぇ――歴史的偉業を成し遂げたと思ったのに」

「本気でそう思っていないだろ」

「んー、まあねえ……かめくんは狙い通り?」

「まあな」

 『魔獣女帝エキドナ』の再生能力がどれほどのものかは知らないが、クリーチャーズ以上だとしても、レイラや俺と同じのように、肉体が消滅しても再生することはないだろう。

 爆発を喰らって死ぬならそれでよし。

 死なずとも、逃げてくれたら計画通り。

 『魔獣女帝エキドナ』の視点から見たら、爆発も心臓貫通も、問題はないだろうが――レイラがここにくるかどうかが、一番懸念しないといけない事柄だ。

 何もなければ問題なく感知できるだろうが、視覚、聴覚――が潰れるほどの連続爆発が起これば、『魔獣女帝エキドナ』もレイラが今どこにいるか、さすがに把握できなくなる。

 だから一旦逃げて、仕切り直すだろうなと思った。

 海鳥は周囲を見渡して、先程言ったが、再確認するように訊いて来た。

「とりあえず――『魔獣女帝エキドナ』はもう近くにいないんだよね?」

「ああ、魔力の反応がないからな」

「……そっか」

 そう言うと海鳥は安心したように溜息を吐いた。

「はあ、よかった~……もう魔力使い過ぎて疲れたよ~」

「……右に同じく」

「はは――二人ともお疲れ様」

 と、ゆーきは二人に労いの声を掛けた。

 それから佐々木の方を見て言った。

「それとありがとうな、佐々木――助けてくれて」

「…………」

 そう言われると佐々木は真顔になって、それから数秒経って顔を赤らめた。

「べ、別に当たり前のことをしただけだから……感謝しなくてもいいわよ!」

「え、でも助けてもらったのは事実だし?」

「一般人を吸血鬼から守るのは、殲鬼師せんきしとして当然のことなの! だから別に感謝しなくてもいいわよ!」

「リアちゃん、顔真っ赤だよー?」

「……さつきうるさい!」

 照れ臭いようで、耳まで真っ赤だった。

 海鳥は顔をにやつかせて佐々木をからかう。佐々木はその顔が鬱陶しかったようで、「笑うな!」と海鳥に向かって叫んだが、実力行使するだけの体力は残っていないようで、特に何もしなかった。

 ゆーきはその様子を見て安心したように笑う。それから言った。

「ぼろぼろだけど……大丈夫なのか?」

「ん。まあ確かに見た目はぼろぼろだけど――『変身術』のおかげで見た目ほどダメージは負っていないわよ? ……まあちょっとだけ貫通されちゃったから、無傷ってわけじゃないけど……骨も内臓も別に無事よ」

「そっか……それはよかった」

「けど、あんたは反省すること。……一歩間違ったら死んでいたかもしれないんだから、次からは無策に首を突っ込んだらだめよ? わかった?」

「ははは」

「笑い事じゃない」

「……ああそうだな。本当に悪い。……ごめん」

「……まあ、わかればいいけど?」

 真面目に反省して謝罪するゆーきの顔を見て虚を突かれたのか、佐々木はそれ以上何も言わなかった。

 ゆーきは反省の表情をしたあと、すぐさま切り替えた。

「しっかし――かなめよくあの状況であのお姉さんを撃退できたな? 俺はマジで詰んだと思ったけど、さすがの機転の利きっつーか……かなめ?」

「……あ?」

 よそ見しているとゆーきが俺の顔を覗き込んだ。

 俺は覗き込んで来た、ゆーきの顔を見返す。

「なんだよ?」

「いやなんか遠く見てたからさ……どうした? レイラちゃん?」

「ああ」

 ゆーきの質問を俺は肯定した。

「レイラの気配が完全になくなってるから……どうしたのかと思ってな」

「……家に帰ったんじゃね?」

「だといいけどよ」

 ただそれだけなら、それでいい。

 けど、だとしたら――家に帰った理由はなんだ?

 何があって家に帰った?

 俺はもう一度、レイラの気配を探る。

 先程レイラとクリーチャーズがいたところから、更に範囲を広げて、周囲を歩いていないか、その辺に座っていないか――能力を使っていなかったらレイラの気配は察知しにくいが、もし近くにいて気配を消しているだけなら、探っていればどこかで引っ掛かるかもしれない――と思って探る。

 が。

「……やっぱ反応がないな」

「……お腹が空いて家に帰っただけじゃねえの?」

「だったらいいんだけど……いやその可能性は低いな。あいつは自分のテリトリーに誰かがいることを嫌うから、通常状態だったら俺が近くにいようがいまいが、その誰かを殺そうとするんだけど」

「……あたし殺され掛けたことあるわ」

「……私もあるなー」

「あー、そういやゴールデンウィークにかなめん行った時にあったなー」

 と、三者は俺の言葉に似たような反応をした。

「だろ? だからあいつがここに飛んでこないのは、何かがあったって考えないといけないんだけど……」

 その何かがわからない。

 レイラが縄張りの侵入以上に、優先する事柄……例えば佐々木や海鳥が来た時は、俺が止めたことはあったけど……それ以外何かあるか?

 クリーチャーズと戦っている反応はあった。反応を全滅させたあと、まるで何かに怯えるようにレイラの反応が小さくなった。俺に叱られて小さくなったような反応。

「わからないな」

 わからないが――考えてわからないことは仕方ない。

 そう思って、俺は帰ってから本人に訊こうと思った。どうせレイラのことだ。近くに反応がないということは、家に帰っていることだろう。

 気まぐれか何かで帰ったのなら……それでいい。

 訊いたらわかる。

 と思って、俺は集中するのを一旦やめて、広範囲感知をやめて、三人に「じゃあ家に帰るか」と声を掛けて解散しようとした――ところで、


 ゆーきの真下から魔力の反応がした。


「⁉ ゆーき‼」

 叫んだが、致命的に遅かった。

 地面から飛び出した『魔獣女帝エキドナ』がゆーきの背後に立ち、左腕を回してゆーきの身体を捕らえる。

 そしてそのままゆーきの心臓を貫いた。

「え?」

「「え?」」

 唐突な出来事に、ゆーきと殲鬼師せんきし二人は、想定していなかったような顔をした。

 少し遅れて、ゆーきは口から大量の血液を吐き出す。

 俺や『魔獣女帝エキドナ』が貫かれた時とは比べ物にならない量の血を吐く。

「……さっきの質問に答えてやるよ」

 ゆーきの胸に腕を突っ込んだまま、真顔で『魔獣女帝エキドナ』は言った。

 前腕分まで突き出たその腕は、ゆーきの血で真っ赤に染まっていた。

「心臓を貫かれても能力は発動できるさ……まあ、激痛に耐えながら任意の魔術を発動するのは、誰でも難しいんだけどな?」

「ゆー……くん……?」

「エキ……ドナ……?」

 海鳥と佐々木は現実を直視できていないように、茫然と呟いた。

「あと認めてやる。……てめえをナメていたのは事実だ。神崎かなめ。そこは評価を改めてやるよ――けどなあ」

 対して、『魔獣女帝エキドナ』は俺達を嘲笑するように、にひるな笑みを浮かべて、

「……てめえも俺をナメてるだろ? 神崎かなめ」

 こう言った。

「だからお前の親友は――命を落とすんだよ」

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