第四話 ヒュドラ

 クリーチャーズ。

 それは動物の姿をした吸血鬼の名称。

 いや――正確には神話上の怪物をベースにして生まれた吸血鬼の総称だ。『魔獣女帝エキドナ』と呼ばれる吸血鬼が生み出した怪物達。人の姿をした吸血鬼達が衰退してから台頭し始めた吸血鬼。

 それがクリーチャーズだ。

「……かめくん、場所わかる?」

「方向と距離なら、大体」

 俺と海鳥は走りながら、お互いにそう言った。

 青々と茂った木々の間を走り抜けながら、反応があった場所に向かう。

 その最中に、海鳥はぼそっとこう呟いた。

「……『自分を見付けるために』」

 そう呟くと同時に、海鳥の格好に変化があった。

 胸部が光って、見たことのない文字が描かれた無数の輪が空中に展開される。そしてそれが光の帯に変わって、海鳥の全身を包み込んだ。

 全身を包み込んだ光はすぐ弾けると、海鳥は私服姿から、黒を基調とした忍者のような格好へと変わった。

 格好が変わって足の速度が上がる海鳥に、俺も脚力を上げて追い付く。

 並走しながら俺は訊いた。

「……今の台詞は?」

「ん? 『展開呪文』」

 端的に言われたが詳しい説明はなかった。

 加速した脚で森を抜けて、俺と海鳥は少し開けた場所に出る。

 反応があった場所に着いたので、俺は敢えて訊かない。

 森から一番近いところにある広場に出て、俺は海鳥に言った。

「いないな」

「そうだね」

 二人で周囲を見渡すが、クリーチャーズの姿はどこにもなかった。

 が――反応はまだある。

 確実に近くにいる。

「海鳥、どう見る?」

「うーん……隠れてるね」

「それは見りゃわかるよ……俺は『なんで隠れているのか』わかるかって訊いたんだ」

 クリーチャーズは以前の『怪獣大進撃』以来、俺の前に姿を現していないが、これまでは今回のように、近くにいるのに待ち伏せをして身を隠すようなことはなかった。

 不意打ちをすることはあっても、基本的には直線的に、直情的に襲撃してくるのがクリーチャーズだ。

「ああ――そういうことね?」

 と、海鳥は俺の質問を理解したのか、納得したようにそう言った。

「うーん……クリーチャーズは基本魔力に飢えているから、近くに魔術師がいると一直線に襲ってくるものなんだけど……今回みたいに待ち伏せするようなことは基本ないから、たぶん、『魔獣女帝エキドナ』から何かしらの『命令』を受けているのかも」

「……『命令』か」

 前の『怪獣大進撃』の時に見せた統率も、『魔獣女帝エキドナ』がクリーチャーズに直接『命令』して起こした現象だった。

 今回は前と違って一頭だけみたいだが、海鳥が言うように、基本じゃない行動をしているということは、つまり――

「……『魔獣女帝エキドナ』がまた近くにいるのか?」

「それはわからないね――それらしい反応も今のところないし」

 わからないと言いつつ周囲を警戒して、海鳥はそう言った。

 ……と。

「ん?」

「ん。どうしたのかめくん?」

 俺が違和感に気付いてあるところに近付くと、海鳥は疑問の声を発した。

 数メートル移動して、俺はその場にしゃがみ込む。

「穴だ」

「……穴?」

「ああ」

 直径一メートルほどの穴。

 覗き込んでも底が見えないほど深い穴が、そこには開いていた。

「穴がどうかしたの? かめくん?」

「こんなところに穴なんてなかった」

「……そうだっけ?」

「そうだよ」

 この森は俺の敷地内だから、間違いない。

 この穴は真新しいものだ。

「その穴って前に『第二の人外シルバー・ブラッド』とクリーチャーズが暴れてできたものじゃないの?」

「違う。つーかその時の傷跡だったら、『第一の眷属』が全部なかったことにしただろ……忘れたのか?」

「いや覚えてるけど……っていうか、あのあと本当に全部なくなったのか検証したわけじゃないし、私にはわからないよ」

「そうか――じゃあ断定してやる。……この穴は今できた真新しいものだ」

「……かめくんわかるの?」

「ああ」

 周囲の土の状態。

 色。温度。

 記憶――から照らし合わして、断言できる。

 前からここにこんな大穴は開いていなかったし、レイラとクリーチャーズが暴れる前にできたすべての被害は、『第一の眷属』が『なかったこと』にして修復した。

 それは数日掛けて調べたから断言できる。

「だからこの穴は今クリーチャーズが掘ってできた可能性が高いけど……深いな」

「あ、かめくん危ないよ?」

 ちょっと覗いた程度じゃあ、大穴の中身は見えなかった。

 真っ暗。

 だから俺は吸血鬼の目を使って、穴の中を視た。

 光が一切なくても視える吸血鬼の目。

 底を、暗闇の中を、集中して視ると、どんどんの穴の中が視えてきて、中の様子がわかってきて、じぃっと『何か』が視えるまで目を凝らしていると、

 

 金色の目を持った大蛇の頭が視えた。


「――ッ⁉」

「かめくん⁉」

 気付いた時には遅かった。

 目が合った大蛇は猛スピードで大穴を這い上がって来て――そして口を開けて穴から飛び出した。

 俺の首を丸呑みにして。

 首が身体から離れて、俺の意識は一瞬飛ぶ。

 ――しかしそのあとすぐ意識が戻ると、いつの間にか隣にいた海鳥が、俺に言った。

「もう、かめくん油断し過ぎ」

「……

 『損傷無効ノーダメージ』。

 俺の身体が受けたあらゆる損傷を、なかったことにする能力。

 生物が持つ再生能力とは言い難い、俺が持つ吸血鬼としての能力。

 それが発動して、俺の傷はなくなった。

 なかったことになった。 

 ……海鳥が横にいるということは、海鳥が俺の身体を自分のところまで引き寄せたのだろう。

 現状を把握して、俺は目の前の怪物を見て言った。

「……今回は蛇か」

「うん。『毒水蛇ヒュドラ』だね」

 金色の瞳に黒い鱗を持つ大蛇。

 以前に見たことがある。

 胴の直径は穴と同じ一メートルほど。

 全長は……なんメートルだろう。一〇メートルは確実に超えているけど……長過ぎてちょっとわからない。

 とにかくでかかった。

「ヒュドラって聞いたことあるな……確か有名だよな?」

「うん。ゲームとかアニメでもよく出てくる、メジャーな怪物だよ」

 気を付けてねかめくん――と海鳥は言った。

「『毒水蛇ヒュドラ』は厄介だよ」

「……こいつの能力は?」

「毒」

 海鳥は端的に言った。

「『毒水蛇ヒュドラ』の『種別能力』は『英雄殺しの猛毒』。かめくんは神話に詳しくないだろうから詳しい説明は省くけど――こいつの毒は魔術でも現代医学でも解毒不可能なの。だから『毒水蛇ヒュドラ』の攻撃は絶対喰らっちゃだめだって、魔術師わたしたちの世界では言われているんだけど」

「……俺さっき首飛んだけど?」

「うん――たぶんかめくんには関係ないね?」

 海鳥は俺の頭部を見て笑った。

「いやー……相変わらずチートなことで」

「自分でもそれは思う」

 あらゆる損傷をなかったことにするから、毒も傷と同じようになかったことにしているのだろう。

 だから俺に大蛇の毒は通じない。

「でも油断しないでね……毒が通じないにしても、『毒水蛇ヒュドラ』はクリーチャーズの中で一番再生能力が高いから……生半可な攻撃じゃ死なないよ?」

「おーけー……ちなみに知っていると思うけど、一応確認するぞ? 俺の火力はかなり低い。そこは忘れていないよな? ……あと、海鳥はあいつを退治する手段を持っているか?」

「うーん……まあそこは忘れていないし、殲鬼師せんきしだから『毒水蛇ヒュドラ』を殺す手段はもちろん持ってるよ?」

 そう言うと海鳥は右手を大蛇の方に向けて突き出した。

 極細の繊維が幾重にも巻かれた右手を。

 そして。

 海鳥は心強く笑って言った。

「だから任せて欲しいけど……でも、サポートはしてよね?」

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