第三話 帰り道

「上手過ぎない? ねえやっぱり上手過ぎだよね?」

 海鳥はオレンジ味のアイスを食べながらそう言った。

 俺はスイカの形をしたアイスバーをかじりながら、海鳥の質問に返す。

「何がだよ? そのアイスのことか?」

「いやー、アイスのことじゃないよー? いやアイスも美味いけども⁉」

「……なんでキレてんだ?」

「えー、だってさー……」

 と、海鳥はアイスを咥えながら俺の方を見た。

 ジト目で。

「かめくんさー、バスケ上手過ぎない?」

「あん?」

「だからバスケだよ、バ・ス・ケ! ……かめくんがあそこまでできるなんて、初めて知ったんですけどー?」

 なんでなの? ――と海鳥は不満気に言った。

「……なんでって言われてもな。……小五から去年までやっていたからとしか、言えないけど?」

「ぜっっったいそれだけじゃないよね? だってそれだけじゃ私があそこまでぼこぼこにされるわけがないしー? ほかの人も手も足も出てなかったしー? ……っていうかかめくん、ゆーくんと互角に張り合ってたじゃん! なんでなの? かめくんって、球技とか道具使う系のスポーツ苦手な方でしょ⁉ ほら、ボーリングとかサッカーとか! 私、かめくんが体育でボールを空ぶったところ何回も見たことあるんですけど⁉ 説明を求めます!」

「……だから、お前は一体何にキレてんだよ?」

「それはかめくんにぼこぼこにされたことに対してだよ! 私、ちょっとだけ魔術も使ったのに……それで勝てなかったことに納得が行ってないの‼」

「……あっそう」

「冷てえ! そして説明する気もないなかめくん⁉」

 海鳥は上手くいかなかった現実を受け入れられない子供のように叫んだ。

 ……確かに試合ゲームでむきになっていた海鳥は途中で魔術を使っていた。

 最初は他人に気付かれないほど微弱に強化した高速ダッシュ、途中からは打てば入るような高精度のスリーポイントシュート、最終的には二メートルほどジャンプしてのダンクシュート。

 俺以外を相手にする時はさすがに使っていなかったが、海鳥は俺との一対一ワン・オン・ワンに負けた時は必ず、露骨に魔術を使ってでもやり返してきた。

「つーかさすがにやり過ぎだろ。最後ダンク決めた時なんか、みんな開いた口が塞がってなかったぞ」

「それは確かにやり過ぎたと反省しております! けど、ちょっとのドーピングでも勝てなかったのが悔しかったんです!」

「……お前そんなに負けず嫌いだったっけ?」

「かめくんに負けるのが悔しかったんです!」

「おい」

 俺限定で負けず嫌いを発動するな。

 そして魔術を使ってでも勝とうとするな。

「いやー……最初はちょっとのズルだったらバレないしいいかなー……って思ってたんですけどね? ちょっとのズルでも全然勝てなかったし……それでどんどんエスカレートしていったというか……少しずつ派手になっていったというか……ていうか、かめくんも少しくらいチカラ使ってよ! かめくんが使わなかったから、私一人が卑怯なことしてたみたいじゃん!」

「実際その通りだし、地味に俺に責任転嫁しようとするな」

「ぐうの音も出ません!」

 海鳥はやけくそ気味に叫んだ。

 どうやら魔術を使ってでも俺に勝てなかったことが、相当悔しかったらしい。

 ……俺の意見を受け止めながらも謝罪しないのは、いい性格をしているけども。

「……まあまあ。面白かったしいいんじゃねえの?」

 と、ゆーきは俺と海鳥の会話を聞いて、へらへら笑いながらそう言った。

 ちなみにゆーきはソーダ味のアイスバーを食べている。

「海鳥が覚醒した⁉ って騒いでたし、ダンク決めたあとは大人しくなってスタミナ切れたってみんな解釈してたから、誰も魔術を使ったなんて気付いてないだろ?」

「……まあ、そうだけど」

「じゃあ別にいいんじゃね? 別に誰かを怪我させたわけじゃないし、海鳥が魔術師だってバレたわけでもないし、場を盛り上げるための魔術は、全然ありだと思うぜ?」

「――っ! うん、そうだよねゆーくん⁉」

「海鳥」

「はい、反省してまーす!」

「あはははははは!」

 海鳥の発言にゆーきは大口を開けながら笑った。

 ……まあ確かに、ゆーきが言うように被害が出たわけじゃないから、そこまで咎めなくてもいいか――俺は海鳥の家族じゃないし。

 あくまでもクラスメイトだ。

 俺は自転車を押しながら、先程コンビニで買ったアイスの、最後の一口を食べる。

 ゆーきと海鳥も自分の自転車を押しながら歩く。

 そして二人も最後の一口を食べてから、海鳥は俺の方を振り向いて言った。

「けど、なんでかめくんってあんなに上手いの?」

「……そんな気になることか?」

「そりゃ気になるよー」

 と、海鳥は俺からゆーきに視線を向ける。

「だって、ゆーくんって去年日本代表に選ばれるほどの実力者でしょ? 『天才少年』、『金獅子』神崎勇騎。十五歳以下で日本代表に選ばれたゆーくんと普通勝負になるわけがないのに、吸血鬼のチカラを使わず互角に渡り合ってたら、誰でも気になるって」

「……ああ」

 海鳥も知っているのか。

 いや、そりゃ知っているか。有名な話だし。

 けど。

「けど、俺ほとんどゆーきに負けていただろ」

「でも勝負にはなってた! かめくんだけが!」

 海鳥は悔しそうにそう言った。

 ……と、ゆーきがそこで言った。

「はっはー。……まあ海鳥、お前悔しがってるけどさー、正直、かなめに負けても仕方ないと思うぜ?」

「……ほう。ゆーくんそれは何故に?」

「だってかなめ。俺が所属していたチームでキャプテンしてたし」

「……っ⁉」

 ゆーきの言葉に海鳥は驚いた表情をする。

  別に隠していたわけではないが、相当びっくりしたようだ。

「キャプテン……え、かめくんキャプテンだったの⁉ え、すご⁉」

「そうだぜーい? ……俺達が所属していたチームのキャプテンがかなめ。すげえだろ⁉」

「キャプテンをしていたっつっても、去年の一年だけだけど」

 ゆーきが大袈裟に言うので誇張して伝わるのは嫌だったので、俺は海鳥が勘違いしないように、ゆーきの説明に割り込んだ。

「……つーか、俺はゆーきと違って何か記録を達成したわけじゃないし、キャプテンなんて一つのチームに必ず一人はいるわけだから、そんな凄いことじゃないだろ」

「いやいやいやいや! 何言っているのかめくん! キャプテンしてたなんてすごいことじゃん!」

「……していただけだ」

 俺がキャプテンをしていたのは、ほかにする人がいなかったからだし。

 去年、野良の大会で優勝しまくって、ゆーきがプロのチームにスカウトされて、十五歳以下の日本代表に選ばれたのは、俺のおかげじゃなくて、ゆーきとほかのチームメイトが優れていたからだ。

 特に――ゆーきの実力はスバ抜けていた。

 ゆーきに比べたら俺の実力なんて――天と地ほど差がある。

「ほぇー……ゆーくんが去年日本代表選手に選ばれたのは有名だから知ってたけど、かめくんが元々同じチームに所属していて、キャプテンをしていたのは今初めて知ったなー」

「……まあ、ゆーきみたいに注目されていたわけじゃないからな」

 雑誌に取り上げられたことがあるわけでもないし。

 ゆーきは実力もだが、ツラもいいから、よく取り上げられていた。

「ねえねえねえねえ! じゃあ、かめくんもゆーくんみたいに異名みたいなのあったの⁉」

「ああ、あったぜい? ……俺が『金獅子』って呼ばれていたのに対して、かなめは『ブラックタイガー』って呼ばれていたな!」

「……『ブラックタイガー』」

 と、海鳥はゆーきが嬉々として伝えた異名を反芻するように呟いた。

「……金の獅子に対する黒い虎。『黄金に輝く百戦錬磨の王』に対する、『闇に潜む孤高の王』かぁー……うん。かめくんのイメージにもぴったりで滅茶苦茶かっこいいじゃん!」

「いや……『ブラックタイガー』って、ただの蔑称だぞお前?」

 何か都合のいいように勘違いしているので、俺は訂正した。

「別称? ああ、蔑称かー……え? 『ブラックタイガー』のどこが蔑称なの? 黒い虎ってめちゃくちゃかっこいいじゃん?」

「ブラックタイガーはクルマエビの別名だ」

「ぶふ!」

 理解したようで、海鳥は吹き出した。

「た、確かにブラックタイガーってクルマエビの別名だったね……あはは! 何それ⁉ かめくんにその異名付けた人、ネーミングセンス最高じゃん! かっこいいようでめっちゃダサい! かめくんらしいっちゃかめくんらしい異名だけど! あははは!」

「おい」

 滅茶苦茶笑うな、こいつ。

「ははははははは……はぁー、お腹痛いー……今度みんなの前で呼ぼ。絶対面白い……」

 どうやら笑いのつぼに入ったらしく、海鳥はしばらく腹を抱えて笑いを我慢していた。

 それからしばらく笑い続けたあと、俺達は適当に会話しながら歩き続けた。

「そういや、海鳥って今一人暮らしなんだよな?」

「うん。そうだよー?」

「普段飯どうしてんの? やっぱかなめみたいに自炊?」

「ううん。してないよ? 基本コンビニと出前ー」

「……うわあ」

「……何さかめくんその反応は? もしかして、女子なんだから自炊ぐらいしろとか思ってる感じ? 今は女子が料理するのが当たり前の時代じゃないんですよ!」

「別に思っていないし、その意見には俺も賛成派だけど――毎回コンビニとかだったら、出費やばいだろ」

「ふはははははは――そこは大丈夫。私、結構お金持ってるからね」

「……そうかよ」

「うん。ぶっちゃけた話、殲鬼師って給料高いからね。三食全部外食しても困らないくらいには、お給料もらってるー」

「……そうか」

「へえ」

「……まあお給料もらってるって言っても、仕事の内容は大体が命の保証ないしー? 労働時間って概念ないしー? イレギュラーが起こっても基本『知らん、自分達で対処しろ』って言われるだけで待遇ちょー悪いんだけどね? 超絶ぶらーっく! 私にオフはいつ来るのか⁉」

「なんか、海鳥めっちゃ荒れてんな」

「気にするな。不満が溜まってるだけだろ」

 そんなことを話しながら歩いていると、俺の家がある森の前に辿り着いた。

「あ、もう着いた。……かなめこれからどうすんの?」

「ん? ……夕飯にはまだ早いから、一旦着替えてから買い物だな」

「おーそっかそっか――じゃあ、ここでお別れか」

「ああ、そうだな」

「じゃあお疲れー。行こうぜい、海鳥ー」

 と、ゆーきはそう言って海鳥に話し掛けたが――当の本人は無反応だった。

「…………」

「……海鳥?」

「……ん。ああごめん、ゆーくん。ぼーっとしてたよ」

 森の方をじぃーっと見ていた海鳥は、ゆーきに話し掛けられたことに気付いて、そう答えた。

 そして話を聞いていなかったのを誤魔化すように、彼女は笑う。

「えーっと……それでなんだっけ?」

「ん。だから、かなめとはここでお別れだから、行こうぜいって話」

「あー……」

 と。

 そこで海鳥は少し困ったような顔をした。

 苦笑いをしながら、自分の頬を人差し指で一度掻く。

 それから言った。

「ごめん。ゆーくん。私かめくんにマンガ貸してるから、それ回収してから帰るね?」

「ん? マンガ?」

「うん」

 海鳥の発言にゆーきは首を傾げる。

 彼女の発言に疑問を感じているのだろう。

 もちろん……俺は海鳥にマンガなど借りていない。

 しかし海鳥が言いたいことがわかったので、俺はこう返した。

「ああ、そういや借りていたな。期限今日だっけか?」

「うん。そうだよー?」

「じゃあ、返すから家の前まで来いよ――ここで待っているのもあれだし」

「りょーかいー」

「あー……じゃあ俺一人で帰るかー」

 海鳥と俺のやり取りを聞いて、ゆーきは察したようにそう言った。

 これまで押していた自転車に乗り直して、ゆーきはペダルに足を掛ける。

 正直に言ってもよかったが……それによってゆーきが『付いてくる』と言い出したら面倒だったので、俺は何も言わなかった。

 バスケットボールが複数個入ったかばんを背中に背負い直して、ゆーきはこちらを向いて言う。

「じゃ、俺帰るわー」

「ああ」

「じゃーねーゆーくーん」

「おーう。……海鳥もかなめも気を付けろよ?」

 そう言ってゆーきはペダルを漕いで走って行った。

 立ち漕ぎであっという間にゆーきの姿は見えなくなる。

「……行ったか」

「うん。だね」

「そうか」

 それから俺は海鳥と一緒に森の方を見て、言った。

「じゃあ――害獣退治と行きますか」

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