第二話 バスケットボール

「お。かめくん電話終わった?」

 スマホをかばんに仕舞って腕を伸ばしながら近付くと、先にプレイしていて一息吐いた海鳥が、声を掛けてきた。

 俺は海鳥の格好を見ながら言う。

「ああ、終わった」

 海鳥皐月うみどりさつき

 クラスメイト――兼、俺とレイラを監視するために派遣された殲鬼師。

 一五〇センチ程度の身長に、腰に届くほどの長さを有するポニーテール。人懐っこいにこやかな笑み。

 制服や私服姿は見たことがあったが、今はバスケのユニフォームみたいな白のタンクトップに、同色のバスケットパンツを履いている。

 ただ遊びで集まっただけだが……ボールを持って立つその姿は、割と似合っていた。

 健康スポーツ少女という感じだ。

 ……と思っていたら、海鳥はボールで自分の胸を隠すような仕草をした。

 いたずらっ子っぽい笑みを浮かべて、海鳥は言う。

「あ、かめくんおっぱいガン見してるー」

「あ?」

「だめだよー? 女の子をそんなじぃっと見つめちゃあ。普通にセクシャルなハラスメントですよ?」

「……ああ、悪い」

「まあ今日の格好はいつもより露出度高めだから、かめくんが釘付けになっちゃうのはわかるけどね! ほら私、かわいくてスタイルいいし!」

「……確かに失礼なことしたなって思ったから今謝罪したけど、その発言の所為で撤回させてもらうわ――うるさいぞくそがき。幼児体型が何言ってやがる」

「くそがき⁉ いやいや、私身長は普通くらいだし、胸だってほかの同学年よりはある方ですよ⁉」

「いいや、身長も胸も圧倒的に足りてない。……スタイルがいいって高言するなら、あと二〇センチは伸ばしてから言えよ」

「それ単純にかめくんの好みでは⁉ っていうか、私より二〇センチ上って一七〇超えてますよ⁉ かめくん自分と同じくらいの身長の女の子が好みなの⁉」

「同じでもいいし、俺よりも高かったら最高だな」

「いや、いきなり個人的な性癖を宣言されても⁉」

 みんなー! 私は今セクハラに遭ってます! かめくんに堂々とセクハラを受けてます! ――と、海鳥は叫んだ。

 シンプルにうるさい――と俺は思った。

「はっはっはー。お前ら何してんだよ?」

 と――そこで海鳥の叫び声を聞いて、ゆーきが笑いながら近付いてきた。

 神崎勇騎かんざきゆうき

 一九〇センチを超える身長に、金髪碧眼を持つ色男。俺と同じ苗字を持つ友人で、いつもへらへらとした笑みを浮かべている。

 海鳥が大声で話していたため、会話の内容が聞こえていなかったわけではないだろう。

 海鳥はゆーきに言った。

「ゆーくんかめくんが変態です!」

「だー……話の内容聞いてたけど、かなめだったら結構いつも通りだぜ? こいつ、性癖訊かれたら割と普通に答えるし」

「……そうなの? 私の中でかめくんは、クールな常識人ってイメージなのですが?」

「かなめ理想の女性のタイプは?」

「大人のお姉さん。身長一七〇センチ以上で、胸が大きかったらなおよし」

「変態だったー! 呼吸するように自分の性癖暴露してるよこの人!」

 どっと笑いが起きた。

 ゆーきとその周りにいる数人の男子が、海鳥の突っ込みを訊いて爆笑する。

 一通り笑ったあと、ゆーきが言った。

「ははは……な? 違うだろ?」

「衝撃の事実……って思ったけど、よく考えたらかめくんって、常識的に見えてたまに外れたこと普通にするから、私の認識が間違ってたことに今気付いて驚いているよ」

「常識を持った狂人だからな。かなめは」

 酷い言われようだった。

 ……まあ否定はしないけど。面倒臭いし。

 常識的な人間って評価も――別に褒めてないし。

 常識なんて、時代と地域が変わったら変わる、不変性のない物だ。

「まあかなめが常識か非常識かはともかく――次のゲームから参加するだろ? チーム決めようぜー?」

「ん? ああ」

 ゆーきの質問に俺は返事をする。

 バスケットボール。

 ボールを三メートル上の宙にあるゴールに入れて、その得点を競い合うスポーツ。

 ゆーきに誘われて俺と海鳥は、街にある市立体育館を借りて、それをして遊んでいた。

 バスケは三人でも遊べるスポーツだが、参加者は俺達三人だけではく、他の男女を合わせたら十二人いる。

 どうやら全員、運動好きな同級生で、ゆーきと海鳥が声を掛けて集めたらしい。

 俺はゆーきと海鳥以外の名前はわからなかったが、何人か見たことのある顔がいるから、たぶん、クラスメイトなんだろうと思った。

 わからないけど。

「じゃあ二人組でじゃんけんしてチームしようぜー! 俺とかなめを軸にして、勝った人が俺。負けた方がかなめチームで!」

 はーい――とゆーきの声に反応してみんなその場で二人組になり、じゃんけんをする。

 どうでもいいことだが、俺はゆーきに言った。

「別にいいけど、なんで俺とお前が軸なんだよ?」

「え、だって俺達経験者だし?」

「……まあいいけどよ」

 動きを見た感じ、俺とゆーき以外にも、経験者はいるように思ったけど、なんで俺を軸にしたのだろうか。

 ゆーきはわかる。

 こいつは超絶上手いから。

 しかし、俺はゆーきと比べたら――実力は天と地ほど差がある。

「ゆーくーん。チーム決まったよー?」

「お。俺のチーム誰と誰と誰だ?」

「はーい! まず一人目はワタシデース!」

「お。海鳥またよろしくー」

「よろしくゆーくん!」

 チーム分けは決まったようで、ゆーき以外で唯一名前と顔が合致する海鳥は、ゆーきのチームだった。

 俺のチームは俺を含めて男四、女二の比率だった。

 その中から五人を決めて、計十人がコートに集まる。

 ほかの二人は審判兼得点係だ。

「かなめー。ジャンプボールしようぜー?」

「別にいいけど、ジャンプボールって指名制じゃないだろ?」

「いいからいいから」

「いいからの意味がわからん」

 言いながら俺はコートの中心、センターサークルの中へ。

 バスケの試合はジャンプボールをして始まる――上に放ったボールをセンターサークル内にいる二人が触って、それでボールの主導権をどっちのチームが最初に握るのかが決まるのだが、これは身長とジャンプ力を合わせて、最高到達点が高い人物が有利なルールだ。

 俺とゆーきは身長差が二〇センチ以上あるし、ジャンプ力もゆーきの方が高い。

 別にゆーきは自分が有利になるために俺を指名したわけじゃないだろうが(俺より身長が高い人物がチームにいるし)、始まる前からボールの主導権は、既に決まっているみたいなものだった。

 センターサークルで構えるゆーきは、少し嬉しそうに言った。

「久々だな。一緒にバスケするの」

「そうか? 中学校ぶりだから、そんなにだろ?」

 俺の発言が合図になったわけではないだろうが、俺が言い終わるのと同時に、ボールは上空に投げられた。

 ボールが最高到達点に到達すると同時に、ゆーきはジャンプしてボールに手を伸ばす。

 俺はジャンプしても勝てないので、ゆーきがボールを弾いた方向に向かって走った。

「いや飛ばんのかーい!」

 ゆーきはジャンプしながらそう叫んだ。

 弾かれたボールを拾って速攻で先取点を取ろうと思ったが、ボールは海鳥が最初に拾ったため、俺の作戦は失敗した。

 ゲームはゆーき達の先攻で始まる。

 俺達のチームは後攻。防御側。

 各人一人ずつマークに付く。

 試合前に決めていたわけではないが、成り行きで俺は海鳥をマークすることになった。

 ゆーきには一番背が高い男がマークする。

「さーて。行きますよー?」

 と――海鳥はドリブルをしながらゆっくり距離を詰めて来て、左右を見て敵味方の位置を確認した。

 さっき見ていた時も気になったので、俺は訊いた。

「海鳥って、経験者?」

「んー? いや、部活とかは所属したことないけど……なんでー?」

「動きが経験者のそれだから」

「ほんとー? ありがとー……まあバスケとか本格的に学んだことはないけど、私って昔からある程度のスポーツは、ある程度練習したら人並み以上にできるようになるから、たぶんそのおかげ――」

 ダムダムッ――と、そこで海鳥は左右に揺さぶるようにドリブルして、

「――かな!」

 一気に抜かれた。

 左へのクロスオーバー。

 鮮やかなドリブルでペイントエリアに侵入する海鳥。

 すると自軍の一人がすぐヘルプに入って、シュートを打たせないようにするが――そこで海鳥はフリーになったゆーきにパスを出した。

 ゆーきはボールを受け取って、その場でシュートを打つ。

 一切無駄のないシュートフォームで放られたボールは放物線を描いてゴールに吸い込まれていき、リングに当たることなく、ネットのみに触れてコートに落ちた。

 失点。二点。

「よっしゃーい! 海鳥ナイスパース!」

「はいはいー! ゆーくんナイッシュー!」

 と、二人は互いのプレイを褒めてハイタッチをして、自分のコートに戻る。俺もチームメイトにボールを渡されて、それを受け取ってドリブルをした。

 得点を決められたので、次は俺達が攻める番だ。

 俺はドリブルをしながら、ゆっくり歩く。

 すると俺をマークしていた海鳥が、ディフェンスをしながら言った。

「さあ、こいやー、かめくーん。抜けるものなら抜いてみやがれー」

「……なんだよ――抜いて欲しいのか?」

「抜けるものならねー? さっき言ったと思うけど、私ってある程度のスポーツは人並み以上にできるから、かめくんが経験者だからってそう簡単に抜かれ――」

 抜いた。

「……あれ?」

 股抜きドリブルレッグスルーからの背面ドリブルビハインド・ザ・バックで抜かれた海鳥は、想定と違うという感じの声色を出した。

 抜いたらすぐヘルプが来たが、ブロックされる前に早出しでレイアップを放つ。

 スクープショット。

「お?」

「……チッ」

 ボールが手を離れた瞬間に精度が落ちたと感じたが、リングに当たってガシャガシャ! と音を立てながらも、なんとかゴールすることができた。

 振り返ると、海鳥はあんぐりと口を開けたまま立っていた。

 彼女には、俺が一人で決めたのが意外だったらしい。

「さて」

 俺は海鳥の方を向いて言った。

 先程挑発するようなことを言ってきたので、仕返しをするために。

「まずは一本」

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