第五話 眷属の始まり
吸血鬼。
マンガやアニメ、映画やゲームでお馴染みの存在。人と同じ様な姿をしていながら人ではなく、不死身で、反則的なチカラを複数個持ち、咬むことによって種を増やす、人の形をした人ならざる者。
高校に入学して初めて迎えた五月三日。
この日――俺は吸血鬼に命を救われた。
襲われたのではなく救われた。
深夜に暇つぶしのためにコンビニに行った帰り道、家の周囲にある森でライオンの姿をした大型の怪物に襲われて、俺は命を落とし掛けていた。
腹部裂傷。肋骨を含む複数個所の骨折。
内臓が身体の外に出るほどの傷を負った俺は、一〇分もしないうちに絶命するはずだった。
腹を裂かれて、自分の身体からできた血の海に沈みながら、本当にだめだと思った。
何をやっても助からない。
死ぬ。
そう思った時だった。
彼女が。
『
「ただいまー……帰ったぞー」
玄関を潜って靴を脱ぎ、帰宅のあいさつをしてリビングへ進む。
あいさつに対して返事はなかったが、それはいつものことなので気にしない。
二階建て。洋風の一軒家。
廊下を歩いて、リビングに続く戸を開ける。
部屋の電気を付ける。
「帰ったぞー……って、ありゃ?」
しかし、リビングには誰もいなかった。
この家には今、俺とあいつしか住んでいない。あいつは大体俺の部屋で寝ているか、リビングでゴロゴロしている――俺が学校から帰って来る時は、ほとんどの場合リビングにいることが多いため、てっきりここにいると思っていたのだが……今日は部屋にいるのか?
「かなめ」
「あ?」
唐突に名前を呼ばれたので、俺は声のした方に目を向ける。
ほぼ真上に位置する天井――するとそこには女の子が体育座りをしていた。
俺と同じ、白銀の髪と紅い瞳の色をした幼女。
目が合う。
「おっそいわい!」
「いってぇっ!」
そう言うと同時に、幼女は勢いよく俺の頭上に落ちてきた。
眉間に頭突きを喰らう。
「遅い! 一体どれだけ待たせるんじゃうぬは! 儂がお腹減っとることをわかっとるくせに、何をしとった⁉」
「…………。お腹減ったからっていきなり頭突きするなよ」
「それくらいお腹が減っとるんじゃ!」
床に倒れている人の腹の上に、跨るように座って体重を掛けてくる幼女を、俺は額を押さえながら見る。
「お腹減った! ごはん!」
未だに体重を掛けながら、同じ要求を繰り返す幼女。
その表情は空腹による怒りに支配されていたが――とりあえず、俺は彼女の名前を呼んだ。
「……レイラ」
「ん⁉ なんじゃかなめ!」
自分の名前を呼ばれて、俺の名前を呼び返す幼女。
相当ご立腹のようだ――が、ひとまず。
家に帰ってきてからまだ返事を聞いていない。俺は家に帰ってきた時に毎回やっている、世界中どの家庭でも日常的に行われているあいさつを、レイラにした。
「ただいま」
するとレイラは言った。
「ん。おかえりじゃ」
牛肉とピーマン、たけのこをオイスターソースが中心となった調味料で炒めた中華料理。
今晩の献立はそれと玉子スープだ。
「もぐもぐ――ん⁉ これ美味いのう!」
俺が作った青椒肉絲を一口食べると、レイラは満面の笑みでそう言った。
「もぐもぐ――ん~……美味い!」
「そうか。気に入ってもらえたならよかった」
レイラ。
膝に届くほど長い白銀の髪と紅い瞳を持つ、人間離れした美しさの幼女。
見た目は一〇歳くらいの幼女だが、その正体は『
あの日――高校に入って初めて迎えた、ゴールデンウイーク初日。内臓を撒き散らして死に掛けていた俺を、レイラは救ってくれた。
初めて会った時レイラは今のような外見ではなく、全身が黒い靄のようなものに包まれた人型の姿をしていた。
ディテールのわからない正体不明な姿。
紅く光る虚ろな瞳以外に何もわからないその姿を見た時、俺は別の化物が現れたから、確実に死んだなと思って気を失った――が、目覚めたらレイラの眷属にされることによって、命を救われた。
それから黒い人型の中身が自分と同じ瞳と髪の色を持つ幼女だと知ってから、行く当てのないというレイラを家に泊めて、共に生活をしているというわけなのだが……、
「ん?
「いや……」
家に来た時は野生の獣みたいに、色んなことにビクビクしてたっつーのに……変わるもんだな……。
と――ふと思った。
「別にどうもしないけど――口にもの入れたまましゃべるなって何回も言ってるだろ。行儀悪いぞ」
「
「こら」
「ごっくん――あー……これでいいかのう?」
「……いいけど、口の中は見せなくていい」
口を大きく開けて口内を見せるレイラに、俺は言う。
俺が茶を一杯口に含んだところで、レイラが言った。
「そういえばかなめ」
「ん?」
「さっき外からビビビー……っと感じたのじゃが、何かあったのか?」
「……ああ」
フォークで青椒肉絲を口に運ぶレイラに、俺は言った。
「別に大したことじゃないよ。……ただクリーチャーズに襲われただけだ」
「……ふーん」
自分から訊いておいてレイラの反応は薄かった。
外に魔力の反応があったから訊いたが、魔力の反応は消えたし、今は食事の方が優先順位が高いから、興味が薄いのだろう。
がつがつ、ばくばく、もぐもぐと。
がつがつ、ばくばく、もぐもぐと。
がつがつ、ばくばく、もぐもぐと。
何度も青椒肉絲と白米を交互に含み――咀嚼して飲み込む。
「ちゅーかこれほんと美味いのう。これ名前なんじゃっけ?」
「青椒肉絲」
「?? ……ちんじゃあ?」
「別に無理して覚えなくていい――気に入ってくれたならいいけど」
古風っぽい独特な口調。欲求に従った気まぐれな性格。箸どころかフォークすらうまく使えず、文字を読めない、書けない。自分一人でちゃんと服を着ることができなければ、自分の髪もまともに洗えないほど、常識が欠如した女の子。
こんな幼女が『災禍の化身』と魔術師やほかの吸血鬼に畏怖される『
「もぐもぐもぐもぐ」
「…………」
本当に。
ここだけ見ると、本当にただの幼女にしか見えない。
……まあ、そうじゃないって知ってるけど。
吸血鬼になって、俺の日常は変わった。が――日常の大枠が丸ごと変わったわけじゃない。俺はレイラと出会う前と同じように学校に通っているし、家に帰って飯を作って食べて、風呂に入って寝るという誰でも送っている生活をしている――変わったところといえば、俺自身が妙なチカラを持つようになったことと、家に食費の掛かる同居人が住むことになったこと、今日みたいにクリーチャーズと呼ばれる怪物に襲われることになったことと……あとは吸血鬼関連の人物に絡まれるようになったことくらいだ。
「…………」
殲鬼師。吸血『鬼』の『殲』滅を目的とする魔術『師』。
俺はあの魔法少女っぽい服を着た少女を思い出す。彼女のような存在に遭遇したのは、別に初めてではない。
今日は適切な処理をしたから、襲ってくることはもうないと思うが――明日以降はどうなるかわからない。
「……いや、面倒事になることは、確定しているんだけど」
「もが?」
「なんでもないよ。気にせず食ってろ」
「うむ。もぐもぐもぐもぐ」
気にするなと言われて、本当に興味なさそうに食事に戻るレイラ。
本当に美味しそうに、俺が作ったご飯を食べる。
……レイラの力を借りたら、面倒事のほとんどは強引に解決できる。が――そんなことをしても、俺が望む日常を送り続けることはできない。力を借りて問題を解決するのは簡単だが、その結果生じる問題が多過ぎる。
故に、俺は自分の周囲で起こる問題を自分で解決しないといけない。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「…………」
さて。
とりあえずどうするか――と。
俺は今後のことを考えた。
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