第四話 損傷無効

「ふん。芝居が下手過ぎるでしょ」

 俺の身体が爆発したあと、少女は悪態を吐くようにそう言った。

「何が自分は吸血鬼じゃない――よ。嘘を吐くならもうちょっとましな嘘を吐きなさい。あんたが人間じゃないのはわかりきってるし、吸血鬼の専門家のあたしに、そんな口八丁が通じると思ったわけ?」

 既に俺の身体はない。

 今の爆発で俺の身体は一瞬で焼き尽くされて――灰になった。

「規格外の再生能力に怪力……どういうわけか魔力を感じなかったけど、あんたみたいのが魔術師なわけがないでしょ」

 ブォオン――と。

 巨大な何かが空を切る音がした。

 その音を発したのは少女が持っていた十字架だ。

 炎に包まれて回転しながら手元に戻ってきた銀塊を、少女はなんなく片手でキャッチする。

 どうやら俺の身体に激突したのは、少女が持った十字架のようだった。

「金髪金眼の吸血鬼は『第一の人外ゴールド・ブラッド』に直接眷属にされた吸血鬼だけだし……誰の眷属か知らないけど、そんな常識も知らないんだったら、成り立ての眷属だったようね」

 俺が死んだからか、勝利の余韻に浸るように独り言を言う。

 轟々と燃える爆発地点を見下すように見て。

「はあ……っていうか思わず殺しちゃったけど、よくよく考えたら殺さない方がよかったわね……成り立てだったら親も近くにいるだろうし……居場所訊き出したらよかった」

 それから踵を返して。

「まあ、この森に棲んでるって言ってたし、態勢整えて探しにくればいっか……親が誰だかわからないけど、居場所と正体さえわかれば、戦力揃えて攻め込んだらいいわけだし」

「それはやめとけ」

「っ⁉」

 忠告すると少女は驚きの形相で振り返った。

「親――ってのが俺を眷属にしたやつのことを指しているんだろうけどよ……お前みたいなのが何百何千何万何億人攻めて来ようが――意味ねえよ。……つーかやめろ。あいつが本気で戦ったら、冗談抜きで世界が滅ぶ」

「……なんで」

「あ?」

「――なんで生きているのよ? あんた」

 まるでありえないものを見たように、少女は目を見開いていた。

 いや、実際ありえないのだろう。

 俺が生きていることが。

 五体満足で傷一つ負っていないどころか、服が一切燃えていないことが。

「あたしの『灼炎の鎚ニョルニル』を避けてた? ううん。それはありえない……だったら幻覚? あんた本当に、幻覚を見せれる能力を持った吸血鬼だったの?」

「いや? さっき言った幻覚云々のくだりは、適当に言った嘘だよ――俺はそんなことできない」

「じゃあなんで! ……なんであんたは生きてんの?」

「別に大した理由はねえよ」

 俺は言った。

「確かにお前の十字架は俺の身体に直撃した。で――俺の身体は燃えて灰になった。……けど、そのあとに再生して灰になった事実をなかったことにしたんだ」

 再生という言葉は正確な表現ではないが、少女が理解しやすいように俺はその単語を使って言った。すると少女は「嘘よ!」と叫んだ。

「灰の状態から再生するなんてありえない! そんな馬鹿げた再生能力を持っているのは、『第一の人外ゴールド・ブラッド』か『第二の人外シルバー・ブラッド』くらい――ほかの吸血鬼はありえないわ!」

「…………」

「正直に言いなさい――あんた、どうやってあたしの『灼炎の鎚ニョルニル』を避けたの⁉ 幻覚じゃないとしたら何⁉ その外見といい、魔力の反応が一切ないことといい、あんた一体何も――」

 そこまで言ったところで、少女ははっとした表情をした。

 そこで一つの――可能性は低いがありえる事実に気付いたように。

「……噓でしょ?」

 勝気そうな茶色い瞳が絶望の色に染まった。

 そんなわけがない――いや、しかし、そう考えたら整合性がある。……とでも考えているように、みるみる少女の顔が青ざめる。

 少女は恐怖の表情を浮かべて言った。

「まさか……まさかあんた、『第二の人外シルバー・ブラッド』⁉」

 その少女の質問に対して、俺は端的に返した。

 一々訂正していたら帰宅がもっと遅くなるので。

 このあとの展開がすぐさま終わるように。

 精一杯の悪意と。

 敵意を込めて。

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