第6話

 缶詰の挑戦も僕の仕事だ。


 最初は開けるまで中身が分からなかった同じような缶詰だけど、よくよく見ると形が違う。

 うっすらと色が残ってるのもあったりして、これはシーチキン、これは焼き鳥、かれは蟹、なんて、識別できるようになってきた。

 その頃になると、いろいろ開けて食べる缶詰の、味付けされた食べ物に慣れた口には、草や木の皮は辛くなる。そんな恨み言まで言われる始末。

 パンとかご飯とか、主食になる物もないってのも、かなり辛い。

 そんな風に思っていた頃のこと。



 僕の噂が流れているようだった。

 こんな世界でも、他の集落との情報交換はあるらしい。

 そもそもが、遺物だよりの社会。

 氷が溶けそうなところに人々は集まる。

 そこで使えそうな遺物を探し出し、文明の利器を使って、よりよい生活を、というのが流れなのだとか。

 話に聞くと、おそらく太陽電池を使ったバッテリーなんかも発掘されていて、ちょうどその頃いた氷人が、電動のこぎりを動かせるようにした、ということが昔あったらしい。電動のこぎりといっても、木こりが使う木を切る道具で、ベルトコンベアーみたいに刃がクルクル回って木をきるやつ。それを使って木々の伐採をして、快適で安全な町を作ったらしい。

 また、リューターや工場の機械の稼働、なんかもしたようで、物作りがはかどったそうだ。作った道具でさらに遺物を発掘する。そしてその遺物で・・・という正のループのお陰で、強力な集落になったらしい。


 塀で囲まれたその町は、ここからは随分遠くなんだけど、どうやら僕が作りかけてる畑の立派なバージョンもあるのだとか。

 そんな町から、まさかの人がやってきたのだから、プロフェッサーでさえ、ビックリしたようで・・・


 「氷人は快適な生活をしていたはずです。言ってはなんですが、このような辺鄙なところでは、食べることすら苦行ではありませんか。」

 使者の男はそんな風に言ってきた。


 そりゃ確かに大変だけど、言い方ってもんがあるだろう。

 僕を連れて行く、そんな風に言う使者に憤った僕だけど、プロフェッサーが口を挟んだ。

 「確かに何もないところです。ご不便をおかけしますが、遠路はるばるお越しいただいたのです。お疲れでもありましょう。ひいては、歓迎の宴でも開こうと思います。ゆるりとしていってくださいませ。」


 え、なんで?


 僕には親切に最初からしてくれたけど、それは氷人っていう、利益をもたらすであろう者だったから。この世界では、人に親切にするだけの余裕がなく、みんなギリギリで生きているから、接待、なんていう発想はほとんどない。せいぜいが持ちつ持たれつ。こちらが訪問した場合歓待してくれる、というならまだしも、こんな風に上からくる者達をこちらを歓待する、なんて事態は起きないだろう。だから、歓迎の宴、なんていうのはありえないはず、ということは、ここにきてまだわずかの僕でも、学んだことなんだけど・・・・


 「彼らは、自分の優位を疑っていない。だから自分と並ぶか上を行く者という事態にでもならない限り、裕樹を強引にでも連れて行くだろう。裕樹がついていきたいなら止めはしない。しかし、さっきの様子からしたらそうはならないんだろう?」

 「そりゃ、快適に暮らしたい、とは思うさ。でも、あいつらは気にくわない。だからついていくことは無いよ。僕がやるなら、あいつらの町よりもこの集落を発展させる、それだけさ。」


 実は、僕が来てから、ちょっぴり生活が向上しているんだ。

 缶詰があるから、だけじゃない。

 いや、それももちろんなんだけど、近くの集落の人々がいろいろな貢ぎ物を持って、缶詰を食べに来るようになったんだ。


 この集落は遺物を収集するマヤとそれを研究するトラの二人を中心に、いわば研究者が優位な集落だ。逆に言えば力のある者は少なく、狩りなどで食べられる肉をゲットするのは至難の業。結局木の皮と昆虫がメインの食べ物だったんだけど、狩りに特化した集落もある。中には、野生化した米や麦を採取する集落もあったりする。

 そういう集落が缶詰を食べたくて、人や穀物を持ってくるようになったんだ。


 プロフェッサーの指示で、缶詰を開ける姿は極秘となっている。

 爪を立てて開けるだけの、あの作業が、分からない者には分からない。

 だから僕は他の集落の人には、缶詰の中身しか見せていない。中身すらも加工したものが多いんだ。

 僕が、献上品を使って料理っぽいことをして、ごちそうする。

 それに感謝して、いろんなものを持ってくる。

 食べ物だけじゃなくて、使い方の分からない遺物だとか、服だとか。

 あ、そうそう。布っていろんな素材ではあるけど、ちゃんと残存してました。綿花もあるし、麻なんかもちゃんと使って糸やら布やら作れる技術は、かろうじて繋がっているようです。そりゃ裸って、あり得ないよねぇ。

 マヤに言わせれば、裸だと寒いから服が必要だったんだろう、ってことで、僕がまっぱでも気にならない、って・・・なんだよ、くそっ。



 とにかく。

 プロフェッサーの案は簡単。

 自分たちが上の生活をしている、っていうのを否定してやれば良い。僕が腕によりをかけて、缶詰料理をつくれば、しっぽを巻いて逃げていく、だそう。無駄な争いはしない、んだとか。命が大事なのはこの世界の人間なら身に染みている。誰でも命を繋ぐのに必死な世だからこそ、相手が上だと思ったら速やかに引く、それが常識、だそうです。

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