第4話
「ほぉ、裕樹君というのか。儂はトラという。いやぁ、生きている間に本物の氷人と会えるとはなぁ。」
マヤに連れられて歩くこと3日。
やっと到着した集落では、マヤはどうやら偉い人、のようで、多くの人に挨拶を受けた上、僕のことを氷人、と紹介していくもんだから、まぁ、まるで上野のパンダになった気分だった。
腰蓑1枚で、あちこち身体を触られても、ちょっと、まぁいろいろ辛い、です。
むげにも出来ず、ニコニコしているマヤの手前もあり、一応の愛想笑いを貼り付けて、集落の奥、プロフェッサーなる人物の元へやっとたどりついた僕。
そこでは、ちょっと涙目のおじいさんにバンバンと肩やら脇腹を叩かれる歓迎を受けることになったんだけど・・・
「君は、どのくらいのことを知っているかね?」
「えっと、マヤちゃんに道中いろいろ聞いたんですが、たぶん僕は何らかの原因でコールドスリープ状態、だったかと。」
「コールドスリープ!!ああ、そうだよ、そうだとも。まさに言い伝えどおり。儂はねぇ、ご先祖様、まぁ、5代か6代前の人なんだが、その人から、氷人はコールドスリープして過去から現代へとやってきた、と伝えられているんだ。」
興奮冷めやらぬ、という感じのプロフェッサー。
「君も同じなんだね。いやぁ、素晴らしい。マヤに聞いたが、一目見ただけで遺物の使い道が分かったとか?」
「あ、いや、まぁ、あれぐらいは。」
「あれぐらい、か。それは頼もしい。もしかして、あれの作り方を知っていたり、とか?」
「あー、原理ぐらいは分かります。けど、材料が・・・」
「同じじゃなくてもいい。近い物は作れるかい?」
確か、エジソンって最初の電球は日本の竹で作ったんだよな?一応電池の原理ぐらいは分かるけど、これも材料がなぁ。あ、コイルとか作れたら、そっち系の電気なら発生させられるか。研究すれば、なんとかなる、かな?
「材料が問題なんですよね。どこかで材料を調達できれば、でっかくなると思うけど、同じ原理の照明器具なら、たぶん。あ、時間はかかると思うけど・・・」
「すばらしい!さすがは氷人だ。」
「あの、でも、僕は単なる高校生で、そんな技術者とかじゃないから、本当にできるかは・・・」
「高校生?」
「学生の一種です。えっと、勉強する人?僕がいた時代では、日本では二十歳前後まで学ぶことを中心にするんです。仕事はそれが終わってから、って感じかな?」
この説明はマヤちゃんに高校生とはなんぞや、を説明するに当たって、なんとか絞り出した解答。どうも、この時代では、勉強、というのがよく分からないらしい。でも、人に教えられて、いろいろ出来るようになることだ、というと、先人を見て学ぶのと同じか?と聞かれた。どうやら、昔の日本の修行みたいな感じで、技術を盗むことを学ぶ、というらしい。ちなみに生きる技術、というのは、ものすごく内緒にすべきものなのだそうだ。たんに物を食べる、というのも、毒が多いこの世界では、その採取が高等技術として秘密にされている、と言っていた。
何が食べられるのか、何が触っても平気なのか、こんなことすら、大切な技術、一子相伝、まではいかなくても、秘密にすべき技術だというのだから、子供たちが一つの場所に集められて、長い年月をかけて、いろいろ学ぶだけの時間を取るというのが、いまいち理解してもらえず、苦労した。
でも、プロフェッサーは、どうやら学校というものを知っていたらしい。
ご先祖様から聞いた知識の一つということだ。
「学校のような場所があれば、みんなもっと楽に生きられるんだろうけどね。」
ちょっと寂しそうにプロフェッサーはそう言った。
この集落は、そういう意味では恵まれているのだそうだ。
氷人だったプロフェッサーのご先祖様が、いろいろ指導したとのことで、「分業」というのが成立している、数少ない集落なんだという。
他の集落は、強い者が長となって、他の者は言いなりだそうだ。ひどい所では、まるで奴隷のよう。プロフェッサーが奴隷って言葉を使ったわけじゃないけど、話を聞く限り、僕の想像する奴隷と一緒だ。
もし僕を見つけたのがそんな集落の人だったら、力尽くで僕の知識を搾取されたかもしれない、そんな風に考えて、僕はゾッとした。
「それはそうと、遺物を見るかい?実は怖くて手が付けられない遺物を、最近見つけたんだ。まだ氷付けの穴蔵に大量にあったんだけどね、こういうものはバクダンとかジライって言うんだって、ご先祖様が書き残した絵に似ていたから、ちょっと手をつけるのが怖くてねぇ。」
そう言うと、プロフェッサーは僕を、倉庫にしているらしい、集落の外れにあるひんやりとした洞窟に連れて行ったんだ。
「これは・・・」
僕は、ビックリした。
山のように積んでいる銀の小さな塊。
「缶詰?」
「ほう、缶詰、というのか?やはり氷人には常識のものなのかい?これは爆発するのかい?」
「いえ。たぶんだけど、食べ物、だと・・・」
まぁ、何年経ってるかわからないぐらい古い物だから食べられる可能性は低い、けどね。
「はい。保存食の一種です。さすがにまだ食べられるとは思いませんが。」
「保存食だと?いや、これらはつい最近発掘されたものだ。氷が緩くなったところを、フィールドワーカーが調査する、というのはマヤから聞いたろう?これは、君が見つかったすぐ近くに埋まっていたんだ。君が生きている以上、同じような新鮮さを保っているかもしれん。それにしても、食べ物かぁ。どうやって食べるんだ?触った限り、金属なんだが。」
「金属は容器です。あ、この形・・・もしかしたら・・・」
僕は目についた、とある缶詰を手にした。
僕の服と一緒で、缶詰の包装っていうか、紙の部分は崩壊していて中身は分からない。でも、この独特の形は、きっとあれだ。しかもご丁寧に開けるキットも記憶の通りついてるし・・・
僕は缶詰に張り付いている鍵みたいなパーツを使って、くりくりっと蓋を開けていく。
プーン、と、独特の香辛料と肉の混ざった香りが鼻腔をくすぐった。
まちがいない。
僕は、ひとつかみ、そっとそれをつまんで味をみる。
!!
肉汁、というよりは、完全に油。
でも、ずっと何か木の皮みたいなものをかじるだけの生活をしてきた、この数日。あまりにも、美味!!
「おい、裕樹君。大丈夫か?君は・・・泣いているのかい?」
へ?
僕は思わず頬を触った。
本当だ。
そんなに食べたことはないとは言え、この懐かしい味。肉。柔らかいハムみたいな香辛料たっぷりのその缶詰は、そうスパム。
「すみません、なぜかなぁ。懐かしいっていうか、その、本当に僕のいた世界の延長なんだな、って・・・グスン。異世界ならよかったのに。まだ元の世界に帰れるかもって・・・けど・・・ウッウッ・・・母さん、父さん・・・じいちゃん、ばあちゃん・・・みんな、みんな、もう・・・いないの・・・ウワァーーーン。」
小さな子みたいに泣きじゃくる僕を、プロフェッサーは優しく抱きしめて、背をポンポンと叩いてくれた。
頭の奥でその優しさに感謝と、そして自分の行為の恥ずかしさと、それでも止まらない嗚咽と、そんなことを俯瞰もしつつ、なんだか鼻をつく香辛料が締まらないなぁと、別のどこかで考えていた。
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