第3話

 僕は、自分の状況をそんな風に思い出した。

 疎開先で、空爆が原因と思われる地滑りに巻き込まれた。

 たぶんそんな感じ。


 「で、あんたは誰?なんでこんなところで寝てたの?」

 少女は、僕がそんなことを思い返せるだけの時間をたっぷりくれてから、再び聞いてきた。


 「僕は、田代裕樹。一応高校生、かな?」

 「高校生?何それ?」

 「え?」

 いや、高校生だよ?僕はマジマジと女の子の顔を見たよ。

 「だから高校生って何?」

 「・・・高校生は高校生だよ。高校に通っている学生?」

 「高校って何よ。それに学生って?」

 「・・・いやいや、それは分かるだろう?」

 「わかんないから言ってるの。昔はそんなのがあったのかしら?」

 「昔?」

 「違うの?おとぎ話で聞いたことあるよ。昔の人は、氷の中から出てきて、遺物を使いこなせるって。」

 「・・・?どういうこと?」

 「あ、そうか。氷の中でいると、昔から来たってわかんなくなっちゃうんだよね。伝説の通りだ。」

 「・・・えっと・・・ごめん、よくわかんない。その伝説とか、おとぎ話ってのは?」

 「えっとね、昔々、人間は天まで届く石の家を作って平和に暮らしていたの。人は空を飛び、地面の中を駆け抜け、海の上も海の中だってスイスイと移動できた。遠く離れた人とも会って話が出来たし、ご飯が欲しいって思ったら指一本で料理したてのご飯がでてきた。そんなすごい世界だったけど、もっともっとって欲張っちゃった。そのことに怒った神様が、地上にたくさんの太陽を落とした。そのために地上は雪と氷に閉ざされ、長い間、人はわずかな温かい場所を探して、なんとか生きていった。人々は神々に感謝と祈りを捧げ、何百年と祈り続けてやっと、雪解けは訪れた。その頃、過去から蘇る人々が現れて、使い方の分からないいろんな遺物の使い方を教えた。その技術を取り入れて、私たち人間は今の生活が出来るようになったの。」

 「今の生活?」

 「遺物を使った生活。といっても、遺物は貴重だから、みんなが使えるわけじゃないけどね。これ、遺物。使い方、分かる?」

 女の子は、小さな名刺大のものを僕に見せてきた。

 これ?

 僕はよくよく見る。

 ああ、多分、手回し式の懐中電灯だ。チタンかなにかで出来てるみたい。

 僕は、ハンドルをグルグル回した。

 うん、ちゃんと明かりがつくんだな。豆球の線が無事ってすごいなぁ。


 「やっぱり・・・」

 「ん?」

 「初めて見たのに使い方が分かった。やっぱり昔の人だ。氷人こおりびとだ!」

 ずっとクールなイメージの少女が、なんか普通の女の子みたいにテンション上がったよ。なんとなく薄汚れてたし、ふてくされたイメージだったけど、なんというか・・・かわいい、かもしれない。でも、氷人?

 「氷の中から出てくる人。昔の人らしいけど、そう呼ばれてる。」

 「そうなんだ・・・」


 「あ、ごめんなさい。私のことなんにも言ってなかったね。わたしはマヤ。トウドウマヤ。フィールドワーカーの考古学者。」

 まだ興奮したまま、握手を求めてくる。

 僕は握手をしつつ、「フィールドワーカー?」と聞いた。

 「遺物を発見するのがフィールドワーカー。ちなみに発見された遺物の使い方を見つけるのがプロフェッサーの考古学者よ。」

 「遺物?これのこと?」

 「これだけじゃないわ。使い方の分からないものがたくさんあるもの。そういうのは氷の大地に封印されていて、神々の雪解けって言われる、氷が溶けた大地から現れるの。私は最前線を行くフィールドワーカーで、ここが最前線ってわけ。でも、本当に氷人がいたのね。てっきり伝説だと思ってた。」

 熱に浮かれたような目で見られると、恥ずかしいです。

 こっちは、なんといっても裸だし・・・・って裸じゃん!


 「あの、服とかはどっかで手に入る、かな?」

 「服?あ、そうか、寒いわよね。」

 「うんそう。ていうかそうじゃなくて、寒いのもあるけど、さすがに裸で森の中うろうろするのは・・・ていうか、そもそも」

 女の子の前で全裸ってなんの罰ゲーム?って言葉は、外に出すことはできなかったけれど・・・

 「ん?男の子よね?裸が恥ずかしいって、どんだけ恥ずかしがり屋さんなの?」

 「え?だって、・・・裸だよ?」

 「別に減るもんじゃなし。」

 「・・・・減るよ。」

 SUN値、ゴリゴリ削られてますけど?とは、言えないよなぁ。

 ん?SUN値?ハハハ、ゲームじゃあるまいし。

 てか、これって、転生とか、転移とかそっち系じゃない、よね?

 神様と遭遇してないし、チートに目覚めた感もない。

 多少運動神経も頭もマシとは思うけど、ごく平均ちょっと上の高校生の男の子、でしかない。

 こっそり、「ステータスオープン。」ってつぶやいて、何にも出ずに、当然だよな、って中学2年生をとうに過ぎた僕は、羞恥心マックスです。

 でも、これって・・・


 今手にあるのはどう考えても、雑誌の背表紙とか、ネットとかで見るような、便利系グッズの手回し懐中電灯。そこそこすごい明かりです、のやつ。どこそこのアーミーで使ってる、なんていう、嘘か本当か分からない煽り文句の、男の子がちょっと好きな奴。

 それに昔の人、とか遺物、とか言ってるのを見ると、やっぱりそういうことだよね。

 ここは、異世界でも何でもなく、地球で、僕は、転生でも何でもなく、単にとてつもなく長い間眠っていたってこと?

 でもそんなことが?


 そういや、昔、眉唾な話、として、南極だか北極だかで、氷詰めになった人が、何十年の時を経て生き返った、とかいないとか。

 それにこっちは本当の話。金魚を上手に冷凍して、上手に解凍するとあら不思議。ピンピンとして泳ぎ出す、らしい。

 昔のSF小説なんかで、宇宙の長い旅の間は、冷凍して時間を止める、なんていう荒技=コールドスリープ、なんてのを使うってのも、山ほど会った。

 まるで生きてるようなマンモスが氷河の中から出てきた、とか。

 上手く凍ったタンパク質は、そのまま時を止め、条件によっては、解凍したら再び時を刻み出す、場合もある、のだろうか。

 でも、そう考えると、この子、マヤちゃんの話も、なんとなくうなずけるんだよな。


 あの戦争で狂いまくっていた気候。

 僕がいた山の近くで響いたあの爆音が原因で、急激にこのあたりに寒気が吹き寄せ、僕は落下した山の中でうまく空洞に落ち、そこ全体が急速冷凍、なんてことになってたんだとしたら・・・


 彼女の言うように氷の中で、幾年月。

 いったい何年のコールドスリープだったのか?


 「ねぇ、今は西暦何年?」

 「西暦?」

 「あ、と・・それもわかんないか。その、太陽が落とされた、って頃から何年経った?」

 「あれは伝説よ。何百年だか、何千年だか、神世のことなら何万年かもしれないわ。」

 そうか。うん。何にも分からないってことだね。

 「そっか。あ、その氷人っての?僕みたいな人って、どこに行けば会えるの?」

 「・・・知らない。少なくとも私は初めて会ったのがあんたよ。でも、そうね。じいちゃんに会えば、ちょっとは何か知ってるかも。」

 「じいちゃん?」

 「うん、私のじいちゃんは、プロフェッサーの考古学者なの。じいちゃんは私たちのご先祖様は氷人だぞ、って言ってるわ。まぁ、考古学者なんていうエリートになるのは、氷人の関係者ぐらいなんだけどね。」

 「そうなんだ。」

 少なくとも、ゼロよりはましだろう。

 ぜひじいちゃんとやらに会いたい、そう言うと、マヤちゃんは二つ返事でOKしてくれた。

 でもその前に・・・

 「服が欲しい!!!」

 僕の切実な声に、そのあたりのでっかいシダ植物とツタを取ってきて、器用に腰蓑を作ってくれたマヤちゃん。しかも長く伸びた髪を1本の三つ編みに編んでくれて、これで視界もばっちりだ。


 僕はまやちゃんに連れられて、とある集落までやってきたのであった。

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