月光カレンと聖マリオ(1)

せとかぜ染鞠

第1話

 今夜も俺は大金持ちの金庫からたっぷり頂戴してリュックにつめこみ,夜の地方都市を駆けている。表には出せない汚い金ばかりだ。どうせ誰も通報しない――

 誰だ? 追ってくる。何,まさか――あいつなのか! フルムーンに照りはえる四輪駆動が疾走してくる。厄介な相手に見つかった。非番だと聞いていたのに。俺さまの登場を予期して網を張っていたのだろう。

 ビルとビルとの狭間にのびる路地に潜伏したが,車からおりて捜しまわっている。奴の執念深さは天下一品だ。瀑布から転落し,気絶しても獲物をはなさなかった。おかげでこっちは自ら脱臼し,腕を柔らかく解す手間をかけられた。あんな面倒は懲りごりだ。

 徐々に追いつめられて路地奥へ入りこんでいく。仲間の警官たちも集まってきた。この先は袋小路だ。

 ちまちま陰気臭いのは性にあわない。一気にビルの壁を這いあがり,非常階段に飛びうつるなり,上へと駆けあがる。

 けたたましいサイレンと青や赤のライトの照射が闇に交錯するなか,あっという間に屋上へ達する。ははっ,俺さまのスゴサを思い知ったか――

 奴の追跡は思いの外迅速だった。背後にひょろ高い黒髪の若造が立っている――「もう逃がさないぞ――月光カレン!」三條さんじょう公瞠こうどう巡査が叫んだ。

 俺は好んで月のきれいな夜にお勤めをする。そして何より美しい。だから世界の美少年100人の1位に選出されたブロードウェースターのカレン・ピューマロンにかけて,月光カレンと呼称されるようになったのだ。

 私服刑事や警官たちが屋上になだれこんできた。

「手を出さないでください! 僕が逮捕するんです!」三條が飛びかかってきた。

「バイバーイ」月へむかって飛んだ――眼下に走る波止場行きの郊外列車に舞いおりる。遥か後方から俺を呼ぶ声が降る。振りかえれば,追跡を中止させようとする仲間たちに三條の押しつぶされるありさまが認められた。

 立入禁止の海岸へ入り,舌先で硬口蓋を打ちならせば,馴染みの鮫たちが現れ,沖へと列をなす。その背中を飛び石にして海を渡り島へと帰りついた。

 翌朝,例のごとく三條が訪ねてきた。

「マリオさま,また月光カレンをとりにがしてしまいました。僕の一体何がいけないのでしょう?」懺悔室の隔たりの小窓のむこうでさめざめと泣く。

「お励みなさい――さすれば自ずと道はひらかれましょう」修道服に身を窶した俺は優しく三條を慰める。

 今の俺は離島の教会に降臨したと名高い聖マリオを演じている。

 そう,月光カレンと聖マリオは同一人物だ。怪盗とシスターという二刀流を操る正体こそが俺さまというわけなのだ。

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