魔剣と聖杖の二刀流
八百十三
第1話
『聖杖の担い手』アントン・ネクラーソフは、ワシュロワ大陸最高の魔導師として名高い。
魔法使いでありながらその肉体は筋骨隆々、近接戦闘も難なくこなし、高位の魔法も軽々と使いこなす彼は、世界最強の呼び名を
マトチキン皇国に伝わる至宝「聖杖エカチェリーナ」を片手に災いを鎮め、人々に危害を加える魔物を倒してきた。魔王軍も最早壊滅状態、魔王の側が休戦を申し出てくるようになってもなお、アントンは旅を辞めなかった。
それほどまで、彼が追い求めるものが何なのか。何故それを求めているのか。誰も彼もが首をひねっていた。
そしてワシュロワ大陸の南端のその先、海に浮かぶ小島に建てられた朽ちた遺跡に、アントンと仲間たちは立ち入っていた。
呪いで朽ち果てた大地。崩壊した遺跡の壁や柱。そんな中を導かれるように遺跡の中を進み、次々に出現する呪いが凝り固まった魔物を浄化して、奥へ奥へと進んでいくアントンの背中に、仲間の一人である盾使いダニイルが声をかけた。
「アントン、本当にここなのか?」
「確かに、ギルド本部に残されていた伝承にはこの遺跡が書かれていたが……」
その後ろで戦士イリダルも、遺跡の壁を見つめながら言った。
ギルド本部の資料庫、奥底に残っていた古い文献。そこに記されていた情報を元に、彼らはここにやってきた。アントンは足を止めず、振り返ることもせず仲間たちに告げる。
「ここだ、間違いない! 俺の魔力感知がそう言っている!」
そう言いながらアントンが、壁が呪いに侵食されて朽ちかかっている通路の角を曲がると、そこには大きな扉があった。他の通路にあった扉とは造りが明らかに違う。幾重にも魔法がかけられているのがすぐに分かった。
「多分この扉の先に……ほら!」
解錠魔法を何度も使って扉の封印を解くと、アントンはゆっくり扉を開いた。その奥にある小部屋の中。台座に収まった黒い刀身の大剣が安置されている。
呪いの発生源がこの大剣であることは明らかだ。台座から放射状に、呪いが溢れ出した跡が残っている。扉で厳重に封印できていたとしても、遺跡そのもの、ひいてはこの小島全体にまで呪いが染み出すとは思わなかったのだろう。
「あった……」
「あれが、魔剣ヴァルラアーム……」
僧侶アナスタシヤと、弓使いラリサが、感動と恐怖の
この禍々しい大剣こそ、ワシュロワ大陸の至宝の一つ、「魔剣ヴァルラアーム」。最悪の魔剣と名高い、凶悪な呪いをいくつも内包した呪われた剣だ。
古き魔王が手にしていながらも、その呪いの凶悪さを持て余し、魔王自らがこの小島に封印した、という伝説のある至宝。それがアントンの、人生の全てを賭して探し求めていたものだった。
魔剣を見つめるアントンへと、ラリサが心配そうに声をかける。
「ねえ、今更の話だけどさ、どうするのアントン? 貴方は聖杖エカチェリーナの担い手なのよ。それが今更、魔剣ヴァルラアームなんて手に入れて……」
ラリサの言葉に、他の仲間達も不安そうに顔を見合わせた。
ヴァルラアームはただの呪われた剣ではない。持ち主はおろか、土地にまで影響を及ぼすほどの凶悪な呪いを持った剣なのだ。その呪いは大地を枯らし、所有者を狂わせ、人々の血と魂を啜り、最終的には呪いの塊である魔物へと変えてしまう代物だ。
イリダルも眉間にシワを寄せながら、腕を組みつつ零す。
「ヴァルラアームはな……最悪の魔剣として名高く、安置されている土地に呪いを振りまくなんて噂もある。この遺跡に入ってから、何体の呪いの凝り固まったやつを叩き潰したか」
「マトチキン皇国に持ち帰るとしても、皇帝陛下は喜んで受け取ったりしないでしょうしね……」
アナスタシヤも困ったように言いながら、ゆるゆると首を振った。最高の僧侶と名高い彼女であっても、ヴァルラアームの呪いは手に余るというものだ。今は彼女の手によって、土地からの呪いが影響を及ぼすことを防いでいるが、それが限界だ。
するとアントンは、なんでも無いことのように仲間たちに言った。
「その必要はない、俺が持ち歩く」
「えぇっ」
「正気か、アントン?」
彼の発言にその場の全員が驚きに目を見張った。
もう一度言うが、ただの魔剣とはわけが違うのだ。そんなものを持ち歩くだなんて、正気の沙汰ではない。ラリサが呆れたように肩をすくめる。
「大杖と大剣の二刀流、それも聖杖と魔剣の二刀流をする魔法使いなんて、前代未聞よ」
「全くだ。俺に持たせたほうがよっぽどうまく使うぜ……俺だってごめんだけどよ」
イリダルも深くため息を付きながら言葉を零した。言いこそするが、イリダル自身も魔剣ヴァルラアームを実際に手にしようだなんて思ってはいない。手にした瞬間、仲間を斬り殺して魔物になるのがオチだ。
だが、アントンはそれでも恐れない。
「心配要らない。俺がちゃんと使ってみせるさ……見てろ」
そう言うと彼はもう一歩前に進み出た。そのまま剣の柄を握りながら詠唱を発する。
「闇の
短いながらも濃密な詠唱が唱えられると、ヴァルラアームの発していた呪いが急速に流れる向きを変えた。土地に向けてではなく、アントンに向けて流れていく。
それを確認するとアントンは剣の柄を握る手に力を込める。ゴトッと音を立て、魔剣はあっけないほどに簡単に台座から抜けた。
その様子を目にしていたアナスタシヤが、信じられないものを見る目でアントンを見る。
「呪いが……」
「解呪、じゃないな。アントン、今の魔法はなんだ?」
ダニイルも
「魔剣の呪いを俺の身体に流して同調させた。魔力吸収の魔法の応用だよ」
剣を握る腕をぐるぐると回しながらアントンが言うと、その場の全員が深くため息をついた。
全く、無茶苦茶という言葉でも生易しい。魔剣の呪いと自分の体を同調させるだなんて、人間を辞めるのに等しい所業だ。
「無茶するぜ……お前、国に帰れなくなっても知らないぞ」
「本当よ。ただでさえあちこちの国で災いを鎮めて、穢を身体に溜めているのに」
ダニイルが首を振りながら言えば、ラリサも額に手を当てながら零す。もう、仲間全員呆れ顔だ。アントンも困ったように笑いながら、ヴァルラアームを背に負う。
「いいさ。これで俺の悲願は達成できた。後は、のんびり各地を放浪でもすればいい」
そう話しながら、アントンは懐から小瓶を出して地面にふりかけた。呪いを解く聖水だ。こんな濃い呪いに効くかは分からないが、無いよりましだ。
そのまま、五人は遺跡を出るべく来た道を引き返していく。元のルートを思い出しながら歩く中で、ラリサが口火を切った。
「ねえ、前から気になっていたんだけどさ……なんで、『聖杖と魔剣の二刀流が出来る男になる』なんて、突拍子もないのが悲願だったの?」
その言葉はもちろんアントンにかけられたものだ。その問いかけに、足を止めながら振り返るアントン。その表情は穏やかだ。
「そうだな……もう話してもいいだろう」
そう言って微笑み、アントンは遺跡の壁に身体をもたれさせた。かすかに壁がきしむ中、彼は話し始める。
「俺には、親友がいたんだ。病気がちで、身体が弱くて……でも夢だけはでかいやつでさ。病気が治ったら、世界最高の戦士になるって言っていた」
アントンはマトチキン皇国の辺境の村の出身だ。幼い頃から才能を見いだされていた彼だが、幼少期のことを知る人間は多くない。
仲間たちが話に聞き入る中、ふとアントンの顔に陰が落ちる。
「俺が十二になって、冒険者ギルドの受験資格を得る前日に、あいつは死んだ」
「えっ」
その言葉にアナスタシヤが目を見開き声を漏らした。彼に、死んだ友人がいたとは、この場の誰も知らなかったことだ。
「死ぬ前の日に、あいつは俺に言ったんだ。『きっと世界最強の冒険者になってね』って……世界最高の魔法使いであると同時に、世界最高の戦士でもあるような、そんな冒険者に、って」
過去を懐かしむように話すアントンに、仲間は言葉を失っていた。そんな過去が、約束があるなんて、一度も聞いていなかったからだ。遺跡の天井を見上げながらアントンは目を閉じる。
「だから俺は、魔法使いで冒険者ギルドに登録こそしたけれど、体を鍛えるのは怠らなかったんだよ」
「そうか……だから俺と一緒にトレーニングもして、剣の訓練も積んで」
その言葉に、イリダルが納得したように言葉を吐いた。
アントンの肉体は鍛え上げられ、魔法使いの範疇を大きく逸脱していた。それは絶え間ない訓練の成果だが、その理由を聞いて腑に落ちたという様子だ。
アントンが不意に、背に負ったヴァルラアームと、手に持っていたままのエカチェリーナを両手に持って天井に掲げる。
「この世界で最上の聖杖と、最悪の魔剣を一手に収めて、両方ともを最高に使いこなしたら、それは世界最強の冒険者、と言って、過言じゃないと思うんだ」
そう言いながら微笑むアントン。その様子を見て、仲間たちが一斉に吹き出した。
今更だ。もう彼は、誰が見たって最強だ。
「バーカ」
「過言じゃないどころか、誰が見てもそう思うわよ」
イリダルがからかうように言うと、ラリサも肩をすくめて言う。アナスタシヤもダニイルも笑みをこぼすが、小さく首を振りながら話す。
「うん……でも、アントン。今夜はちゃんと穢れ祓いの儀式をするわよ。このままじゃ、貴方が次の魔王になっちゃうわ」
「そうそう。それに町に戻ったら真っ先に聖堂に行かなきゃな。司祭様の手に余るかもしれないけれど、診てもらわないと」
「分かってるさ」
仲間の言葉に、アントンも苦笑する。
そして彼らは、世界最強になった証を携えて、改めて遺跡の外に向かうのだった。
魔剣と聖杖の二刀流 八百十三 @HarutoK
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