106.ゴールドの凋落

 ――深淵の森の最奥。

 そこに鎮座するは、ゴールドが動画でも口にしていたモンスター、始祖竜シェイルフィード。

 風を操る竜種の中では最強と言われており、竜種全体で見ても始祖竜はトップクラスの実力を持っている。当然ながら等級の神話級。

 ギルド対抗イベントで戦ったシルバーフェンリルも同じ神話級だが、その実力には天と地ほどの差が広がっている。

 ほとんどソロでの戦いとなったシルバーフェンリル戦だが、あれをゴールドは邪魔が入らなければ造作もなく倒せたと考えていた。


「いいか、てめえら! 今度こそ神話級をぶっ潰すぞ! 前みたいに簡単に脱落してんじゃねえぞ、いいな!」

「「「「はい、ゴールド!」」」」


 ゴールドの檄と共に駆け出したギルドメンバーたちは、全員がランカーである。

 その数は二十を超えており、それだけゴールドというネームバリューが、下落気配にあったとしても有名であると知らしめている。

 しかし――彼らはランカーであってトップランカーではなかった。


『ギャルララララアアアアアアアアァァアアァァッ!!』

「「「「――!?」」」」


 シェイルフィードの咆哮一回で、ほとんどのユーザーがその動きを止めてしまう。

 中には動ける者もいたが、彼らはたまたま目の前のユーザーが壁になってくれただけの話で、直撃を受けていれば同様に動けなくなっていただろう。


「……な、なななな、なんだよ、今のはああああぁぁっ!?」


 本物の神話級を知らなかったゴールドは、目を右往左往させながら悲鳴にも似た声をあげた。


「て、てめえら! 俺様を守りやがれ! さっさとこいつを倒すんだ!」

「そんな!? お、俺たちは、ゴールド様が倒してくれると、だからこそついてきているんですよ!」

「そ、そうだ! そもそも、始祖竜は竜種の中でもトップクラスのモンスターだ! 俺たちが敵う相手じゃない! ゴールドだからこそ戦える相手なんだ!」


 一人、また一人とゴールドの言葉に異を唱え、それがいつの間にか彼を押し出す言葉へと変貌していく。


「その通りよ! ゴールドだから始祖竜にも勝てるんだわ!」

「大丈夫だ! 俺たちには――ゴールドがいる!」

「「「「ゴールド! ゴールド! ゴールド! ゴールド!」」」」


 動ける者全員が、ゴールドの名前を大声で口にする。

 それは期待であり、確信であり、必勝だと信じているから。

 しかし、当の本人はといえば大剣をいまだ抜くことはなく、ただ茫然としたままユーザーたちの奥からこちらを見据える存在に震えていた。


(……こ、こいつら、何を言っていやがるんだ? 俺様にこんな奴と、戦えってい言っていやがるのか?)

「ふ、ふざけるんじゃねえ!」


 ユーザーたちの言葉に怒声を響かせると、一瞬にして声は止み、その代わりに彼を訝しむ声が聞こえ始めた。


「……なあ、あいつって本当にゴールドか?」

「……天童寺財閥の御曹司が言っていたんだから、本当じゃねえか?」

「……でも、不正をしていた会社でしょ、あそこって」

「……じゃあ何か? ゴールドも不正していたってことか?」


 憶測が憶測を呼び、多くの言葉がゴールドを見つめる視線から口にされていく。

 しかし、こんな状況がずっと続くわけもない。


『…………ギャルララララアアアアアアアアァァアアァァッ!!』


 二度目の咆哮が放たれると、同時に青色の炎がゆらりと口から見え隠れする。そして――


 ――ゴウッ!


 吐き出された青色のブレスに触れた者を一瞬にして灰になり、多くのユーザーがログアウトしてしまう。

 ゴールドの名を連呼していたユーザーたちも同じで、避けられた者は片手で数えられる程度の人数だけだった。


「……嘘でしょ?」

「……一撃かよ」

「……ゴールド? ゴールドは?」

「……そうだ、ゴールド!」


 残ったユーザーたちがゴールドへ振り返ると、そこには体を震わせながら青い炎に包まれている彼の姿があった。


「……そんな……馬鹿な……俺様が……一撃、だと?」


 神話級装備の力を発揮できなかったゴールドは、そのままHPを全損させてログアウトしてしまう。

 その後、残されたユーザーたちもログアウトに追いやられ、残されたシェイルフィードは再び瞼を閉じて眠りについたのだった。

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