77.運営の室長

「――……はああぁぁぁぁ。ひとまずは、終わったかぁぁぁぁ」


 ワンアース運営はレイドボスが出現してからギルド対抗イベントが終了するまでの間、徹夜で業務をこなしていた。

 というのも、レイドボスが本来出現するべき場所に現れなかったせいもあり、二回目の中間発表までランキング1位を維持していた風林火山ギルドや、その他の上位ギルドから抗議のメールが届くと踏んでいたからだ。

 事実、室長の予想通りの展開となり、レイドボス討伐から終了までの間で考え得る抗議の内容とそれへの回答を準備し、さらに室長はほとんど休憩を取ることもなくイベント中に送られてくる抗議のメールに対応し続けていた。


「くそっ! こんな時にも天童寺派の奴らは出勤しないとはな!」


 レイドボスが現れた当日は天童寺財閥の社長の誕生日で全員が有休を貰っていておらず、イベントが終了する翌日も有休を取得していたのだ。


「……まあ、不正を行っていた証拠は集まっているからな。あいつらを追い出すことは簡単だろう」


 室長は椅子に全体重を預けながら天井を見上げ、左右の目頭を強く押さえる。

 長時間モニターとにらめっこをしていたせいもあり、疲労が溜まっているのだ。


「……これで明日も出勤なんだから、マジでブラックだよなぁ~。まあ、それなりに給料もいいからやれているんだが」


 愚痴の一つも溢さなければやっていられないといった雰囲気を出しながら、誰もいなくなったオフィスを見渡す。

 天童寺派以外の職員は問題への対処のために全員が出勤していた。休みだった職員には代休を与えると室長は何度も謝った。

 しかし、誰も文句一つ言わずに出勤してくれた。

 それもひとえに――ワンアースのことが大好きだからだ。

 多くの職員が自らもプレイしている。もちろん不正など一切しておらず、他のユーザーと同じ立場でワンアースの世界を堪能している。

 そんな世界を、天童寺派は私物化して自らの稼ぎのために利用しようとしているのだ。


「……そんなこと、絶対にさせるわけにはいかないんだよ」


 そう口にした室長は大きく息を吐き出しながら、最後にもう一度モニターへ視線を向ける。

 そこに映し出されていたのは、レイドボスであるシルバーフェンリルを倒したユーザーの映像と情報だ。

 レベル40と低く、作成日を見ればまだ数日しか経っていない新人ユーザーだった。

 チートでもしているのかと疑ったが、アカウントを調べてみても不正は一切なく、レベルの低さを技術で補っていることに心底驚かされた。


「……手を貸す必要なんて、なかったみたいだな」


 レヴォたちがシルバーフェンリルと戦っている間、実を言えば多くのギルドがその周辺へ押し寄せていた。

 最初こそボーンヘッドギルドの幹部たちが邪魔をしていたが、戦闘に参加し始めてからは誰も近づいてくる者の邪魔をしていなかった。

 そこに手を貸したのが、室長だった。

 正直なところ、室長は誰かに大きく肩入れすることをするべきではないと考えていた。

 それをしてしまえば、自分も天童寺派と同じではないかと思っていたからだ。

 しかし、このまま何もしなければゴールドがシルバーフェンリルを倒してギルド対抗イベントで1位を獲得し、天童寺派にさらなる勢いをつけることになってしまう。

 不正を咎められたら素直に処罰を受けようと覚悟の上で、室長はレヴォたちとシルバーフェンリルの座標位置を他のユーザーから確認できないよう隔離した。

 さらに室長はシルバーフェンリルの能力を下方修正していた。

 神話級モンスターであることに変わりはないが、その実力はその中でも最底辺に近く、伝説級モンスターの最上位とそれほど変わらないものになっていた。

 とはいえ、レヴォはレベル40の新人ユーザーで、本来であれば勝てるはずはない。

 室長が手を貸すことに踏み切ったのは、レヴォの新人とは思えない規格外の技術を目の当たりにしたからでもあった。


「……こいつ、いったい何者だ?」


 室長の中ではトップランカーのセカンドキャラという線が濃厚なのだが、それが誰なのかまでは絞り切れていなかった。

 特にゴールドを操っていたユーザーがレヴォを操っているなどとは夢にも思っていない。

 それも当然だ。何せゴールドは目の前でギルドマスターとしてイベントに参加しており、レヴォと敵対していたのだから。


「……まあ、こいつには要注目だな」


 パソコンの電源をオフにした室長は大きく伸びをしてから立ち上がる。

 そして、オフィスを出ていくのではなく、仮眠室へ移動して横になった。


「ふああぁぁぁぁ。……いつになったら、帰れるのやら」


 そう呟いてから数秒後、深い眠りについていたのだった。

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