70.疑惑

 俺が視界に捉えられたのは、フェゴールが地面を蹴りつける瞬間までだった。

 名前の如く神速にまで自らの肉体を加速させたフェゴールは、伝説級武器の穂先にMPの大半を収束させた強烈な一撃をシルバーフェンリルへ叩き込んだ。

 効果範囲は穂先を中心に後方へ扇状に広がり、中心が一番の威力を誇っている。

 フェゴールは弱点ではないものの、シルバーフェンリルのがら空きになった脇腹を捉えた。


『ギャルアアアアアアアアァァアアァァッ!?』


 シルバーフェンリルの巨体がくの字に曲がり、そのまま一直線に大木をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。

 バキバキと何度も音が鳴っていく現状に、フェゴールは大きく息を吐き出し、デスハンドは動けないなりにグッと拳を握りしめている。

 しかし、俺の表情は冴えない。それどころか、あの一撃をもってしてもそうなのかと歯噛みすらしてしまう。


「フェゴール! 次の一撃に備えるんだ!」

「えっ?」

「早く!」

「わ、わかりました!」


 驚きの声を漏らしたフェゴールだったが、俺が続けざまに催促するとすぐに準備を始める。

 しかし、今の一撃で多くのMPを消費しただろうし、あれ以上の攻撃を期待するのは難しいかもしれない。


「お、おいおい、どうしたってんだぁ?」

「お前は早く動けるようになってくれ、デスハンド!」

「レイドボスは、もう終わり、じゃねぇのかぁ?」

「お前、気づかなかったのか?」

「……あぁん?」

「レヴォ様、気づかなかったとは?」


 どうやらフェゴールも気づいてはいないらしい。


「神速剛槍、あれは確かに強烈な一撃になる。特に穂先の中心で捉えられれば大抵のモンスターは一撃で屠れるだろう」

「なら、問題ないんじゃねぇのかぁ?」

「あぁ、普通ならそうだ。だが、シルバーフェンリルはどうだった? くの字に巨体が曲がっただろう?」

「はい、その通りで……あっ!」


 どうやらフェゴールは気づいたみたいだな。


「……あぁん?」

「バカだな、お前」

「あぁん!」

「普通なら貫くだろう! 穂先で捉えたら!」


 本来であれば穂先で捉えた一撃によって肉体を貫通、もしくは粉砕して死亡させるのが神速剛槍の強烈な一撃だ。

 しかしシルバーフェンリルは貫かれるでもなく、肉体が粉砕するでもなく、ただくの字に曲げて吹き飛ばされただけ。

 ということは、あの一撃で死んではいないということだ。


「……はは、マジかぁ?」

「コープス!」


 俺は幹部の中で唯一名前を覚えていたコープスの名を呼んだ。


「な、なんだよぅ?」

「お前たちでデスハンドが動けるようになるまで、そいつを守れ!」

「お、俺たちじゃあ一撃で死んじまうよぅ!」


 こいつ、俺に喧嘩を売ってきた根性はどこに捨ててきたんだよ!


「大丈夫だ。俺はもう、動けるからなぁ」

「無理はするなよ?」

「なんだ、心配してくれるのかぁ?」

「違う。お前が死んだら、約束を守れなくなるだろうが」


 ゴールドギルドが1000位以内に入ることはもうないだろうが、それとは別にボーンヘッドギルドを1万位以内に入れるという約束をしている。

 協力してくれているのだから、その約束は絶対に守らなければならない。


「……はっ! 意外と律義なんだなぁ、てめぇは」

「意外とはなんだ、意外とは」

「それで? あんた、俺たちはどれくらいの時間を稼げばいいんだぁ?」


 そして、ピンチの状況でも共闘してくれるこいつだからこそ、俺は約束を守りたいという思いが強いのだ。


「……威力は落ちますが、あと2分はお願いしたいです」

「かぁー! 倍じゃねぇかよ!」

「やれないことはないだろう。それに……」

「それに、なんだぁ?」

「いや、なんでもない」


 次のフェゴールの一撃でも倒すことは難しいだろう。

 ならば、俺の切り札を出すしかなくなりそうだ。

 ……一応、ポーション類の在庫は確認してあるし、死ぬことはないはずだ。……たぶん。


『――グルオオオオオオオオォォオオォォッ!!』

「来るぞ!」


 そして、吹き飛ばされた先から全速力のシルバーフェンリルが飛び出してきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る