第42話 バスガール、家出の理由を語る
「おい君、ちょっと教えてほしいことがあるんだ」
「何よ」
「君はたしか、水かけ女さんの娘さんだと言ったね」
「それが何か……」
心なしか、声が尖っている。
「君のお母さんが、ここの井戸で水浴びをしていたのを、ある人が目撃している。ということは、君はもともとこの家に住んでいたんじゃないか? だったら、何故ここを離れたんだろう」
すると、鼻歌がやんだ。
バスガールが部屋に入ってくる。もちろん、バスローブを身に着けている。
「あんた、それを聞いてどうすんの?」
またこの前のように向かい側の椅子に腰かけ、腕組みをする。両目を挑発的にぎらぎらさせている。
全く、ちょっと優しくしてやったらやったで、すぐつけあがるんだから。しかし、今日の所はまあいいや。今度ガツンと言ってやらねば。
そう思い直し、
「いや、別にどうということはないんだけど。少し気になったものだから……」
「ふーん」
無遠慮にこちらをじろじろ見ている。
「まあいいわ。で、欽之助。私たちのことをどう思っているの?」
「えっ、どう思うって……?」
「つまり、私たちの仲間が出没する場所のことよ。あんた、私の母がここの井戸で目撃されたって言ってたけど」
「ああ。寅さんと言う人が、たまたま出くわしたらしい」
「そう、たまたまなんだよ。基本的に、あんたたちの言う妖怪っていうのは、特定の場所に出るとは限らない。人間のいる所ならどこにでも出るの。何故なら人間が好きだから」
「つまり……?」
「つ、つまり、その……。私のお母さんがここで目撃されたからって、いつもここに住んでいるとは限らない。だから、私はこの家のことは何も知らない。あんたの聞きたかったことは、それなんでしょう。残念でした」
ますます両目から強い光を放ってくる。
おれは少したじたじになりながら、かろうじて言った。
「いや、たしかにそうなんだけれども、それだけでもないんだ」
「それだけじゃないって?」
「うん、つまり、君自身のことが気になって」
「私自身のことが? 本当に?」
「うん」
バスガールの表情が、途端にぱっと明るくなる。
「で、何?」
「いや、どうしてお母さんの元を離れたのかなと思って……」
すると、彼女は天井のほうを向いてしばらく考えていた。
やがて口を開く。
「それは単に、お母さんが嫌になっただけ」
「何故?」
「何故って……。なんか、あざといじゃない。お母さんって」
「…………」
「だって、井戸端でわざわざ片肌脱いで水浴びをしておいてさあ、あげくの果てに、見るんじゃないよ、なんて男に言い捨てて井戸の中に消えるんだよ。あざといって言わないで何て言えばいいのよ」
おれは何と答えていいか分からず、黙っていた。
「それにお母さんってね、気が強くて、お父さんはもちろん誰とでも喧嘩ばかりしてるの。理夫人って知ってるでしょう。あの人と喧嘩になったら、それこそ水かけ論になって、永久に終わらないの。私はそんな母が厭でたまらなかった」
おれは相変わらず、口を
これでまた一つ、自分の欠点をここで書き加えることになった。
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