第41話 本人に、いつ死んだのか尋ねる

「僕が自分で?」


「はい、さようでございます」


「うーん……」

 おれは首を捻りながら、少し億劫おっくうだなあと思った。


 それでも一応、尋ねてみる。

「ところで清さん、亡くなったのはいつなんですか?」


「はい、昭和53年に日中平和友好条約が締結された年のことでございます。世間ではディスコなんかがブームになっておりましてね、終戦後の混乱期のことと重ね合わせると、まるで夢幻ゆめまぼろしのごとくでございました。

 最近では、何でもバブリーダンスなんていうのが流行はやっているそうじゃございませんか」


「清さん、すごい。そんなことまで知っているんだ」


「世情のことは、新聞できちんとチェックしておりますからね。まあ、老化防止の一環ですよ」


「…………」


 この人に老化防止と言われてもなあ……。

 おれは急いで頭を働かせ、昭和53年を西暦に変換してみた。西暦1978年である。


 清さんが加賀友禅を親戚の人に譲ったのは、今から40年ほど前のことになる。そう遠くない過去のことであるから、彼女の係累を辿っていけば、案外簡単に見つかるかもしれない。


 しかし、全く見も知らぬ人間が突然現れて、私の家に毎夜お化けが出て困っているんです。つきましては加賀友禅を見せていただけないでしょうか。何かの手がかりになるかもしれませんので……。


 なんて言ったら、危ない人と思われるに決まっている。下手をしたら、警察に通報されるかもしれない。


 こいつはやはり面倒だ。後回しにしよう。


 すると、清さんがすかさず言った。

「坊ちゃん、駄目ですよ。面倒なことほど先送りにしてはなりません。坊ちゃんの一番悪い癖です」


「でもほら、かいより始めよって言うじゃないですか。とりあえず手の付けやすい所から……」


「何だか無精者ぶしょうものの言い訳みたいに聞こえますねえ。無精者で面倒臭がり屋の人は、言い訳を思いつくのだけは上手なんです」


 図星だ。まさに虚を突かれてしまった。これだから、清さんは油断がならない。


 また新たに一つ、おれの欠点が付け加わった。それにしても、無精者を二回も繰り返さなくても……。


 おれが小説を書けないのは、まさにこのことが原因なんだ。それは自分でもよく分かっていた。


 しかし、隗より始めよというのも、矢張り大事な考え方じゃないだろうか。焦りは禁物、いては事をし損ずるだ。


 最初から完璧を目指すのは良くない。適当にやり過ごしていれば、事態はひとりでに解決する。そのうち加賀友禅のほうから、やってくることだってあるかもしれない。


 そう考えていたら、清さんがまた軽蔑のまなこでこちらを見ている。どうもバスガールの一件以来、こんな風に見つめられることが多くなったようだ。



 バスガールと言えば、例の疑問がまだ解決していなかった。


 ある夜、いつものように脱衣所から彼女の鼻歌が聞こえるのを見計らって、直接彼女にぶつけてみることにした。


 幸い、清さんの姿も見えない。前にも書いたが、清さんは近所中の人気者になっている。おおかたどこかの家で話し込んでいるのだろう。


 おれは誤解されないよう、ダイニングキッチンから話しかけてみた。

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