第27話 湯浴み乙女の災難

「おれが、寅さんとこへ? いや、全く覚えていない」


「本当に?」

 ヤンマーは、呆れたような顔で続けた。


「みんなで世話をしてやっているというのに、お前はそんな俺たちに暴言ばかり浴びせてきたんだ。

 あんなお化け屋敷におれがだまされて住もうっていうのに、それを見ていて知らん顔しやがってなどと、突然怒り出したり――。しかし、そんなのは序の口だ。

 俺たちが苦笑いしていると、ええい、この水飲み百姓め、酒なんぞ飲まずに大人しく水でも飲んでりゃいいんだ。このおれがこんなになるまで、酒を飲ませやがって、ときた。いやあ、口が悪いのを通り越して、出るわ出るわ罵詈雑言が」


 気持ちの悪い冷や汗がやたら出てくる……。


 すると寅さんが捩じり鉢巻きをきりりと締め直すと、急に四つん這いになって縁側に上がり込んできた。そのまま這って来ると、ぐぐっと顔を近づけてくる。真っ黒な顔が真っ赤になっている。まさに赤鬼だ。


「お前なあ、そのあげくに何したと思う? 俺の愛する母ちゃんに膝枕をして眠り込んだんだぜ。気持ちよさそうにガーガー鼾まで掻いてな。カカアの奴め、満更でもない顔をしていたが……」


「…………」


「その後がまだ大変だったんだから」

 ヤンマーが追い打ちをかけてくる。

「突然がばりと起き上がったかと思うと、家に帰ると言い出した。今夜は念のため泊って行けと言うのに、いや、勝手に風呂を使うのがいるから剣呑けんのんだ。あんなあばら家でも、火事になって住むところがなくなったら困るって」


 寅さんがそれを引き取る。

「それで、誠と二人でお前を左右から抱きかかえて連れて帰ったが、いやあこれがまた、道中の大変だったこと。

 風呂がたぎってガラガラと音を立てるのを、雨戸荒らしの悪戯と勘違いしちゃあいけない。火事になっちまう、だと?

 あげくの果てに、『きょうこー』って叫んだり――。きょうこうって何だ? お前こそ頭が恐慌を起こしていたんじゃないのか? 反省しろ、反省を」


 おれはその場を飛び退ずさり、頭を畳に擦り付けて土下座をした。

「そんなこととは全く知らずに、本当に申し訳ありませんでした。僕はてっきり、あの日神社の境内に放置されたものとばかり……」


 二人はまた顔を見合わせた。

「道理で……。そのあと、俺たちに挨拶もなしだったから、ふてえ野郎だって、実は二人して腹を立てていたんだ。うちの母ちゃんなんかカンカンになって怒っているぜ。まあ、いいや。改めてお近づきといこう」


 その夜おれの家で、ヤンマーが持ってきた野菜と、寅さんが冷凍保存していたイノシシの肉で大宴会となったが、おれがまたどんな醜態をさらしたかは、ここでは書かないでおこう。



 さて、それからしばらく経ったある夜のことだった。


 久し振りに小説でも書いてやろうと、おれは文机に向かっていた。


 突然、キャーッと言う悲鳴が聞こえてきた。何だろうと思って振り向くと、バスガールが飛び込んできた。

 

 何と、生まれたままの姿である。全身びしょ濡れだったので、風呂から飛び出してきたと見える。


 吃驚仰天びっくりぎょうてんしていると、おれの背中にしがみ付いて、

「助けて」と言う。


 するとそこへ、きよさんも飛び込んできた。白装束姿のうえに、頭には五徳。五徳には、火のついた3本の蝋燭。


 これには腰を抜かしそうになった。


 両手で何やら印を結んだかと思ったら、

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」と大声で唱える。


 バスガールはますます強くしがみついてくる。体の震えがじかに伝わってくる。


「ええい、まだ効かぬか」

 清さんはそう言うと、今度はこちらに向けて、相撲取りのように大量の塩をバラ撒いた。


「キャッ」

 バスガールはたまらずおれから離れて、隣の間に逃げる。


 清さんは、さらに追いかけるように塩を撒く。今度は、般若心経まで唱えだす。


 これじゃあ、丑の刻参りなんだか、悪霊退散のオマジナイなんだか分からない。もう滅茶苦茶だ。

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