第12話 欽之助、霊界通信使に教えられる

「まだお気付きにならないんですか?」

 コイブミが即座に言った。

「あなたには、ある能力が備わっています」


「僕にですか? それは一体……?」

 コイブミにそう言われ、あの時のイソベンの言葉を、おれは思い出していた。 


 あいつは、たしかこう言ったっけ。

 このおれが特殊な能力を持っていて、それは何かを引き寄せる能力だということを。


 そのことに関しては、前にも書いたことであるが、おれ自身は漠然とこう考えていた。


 おれには子供の時分からあやかしどもが見えていた。


 その原因の一つとしては、家業が骨董商であったこともあって、色々いわくつきの我楽多がらくたどもに囲まれながら育ったこと。


 それからもう一つは、祖父の雲吉の資質を多分に引き継いでいたということである。


 イソベンに指摘された、何かを引き寄せる能力というのは、子供の時分からあやかしどもが見えていたことを指すのだろうぐらいにしか考えていなかった。


 ところが、豆腐小僧に言われたように、東京に来てからは幸いにも見えなくなる。


 大学では好きな文学にも専念できたし、同好の士も沢山できた。そして何よりも、京子という恋人ができたことである。


 この大学での四年間とその後失恋するまでの三年間が、おれの人生で最も安らぎに満ちた幸福な時間であったと言えるだろう。

 

 それが一変したのが、失恋を機にこのあばら家に住むようになってからである。あの乱れ髪を筆頭に続々とあやかしどもが姿を現すようになる。


 化野あだしのの言うように、この家がおれを待っていたのか、それともイソベンの言うように、自分でこの家を引き寄せてしまったのか。


 おれがこの家に来たことでこの家の力が増したのか、それともおれの潜在能力が高まったのか、もうおれにはさっぱり訳が分からくなってきた。


 そこまで考えを浮遊させていると、ゴッホゴッホという咳払いが聞こえたので、おれはハッと我に返った。


 コイブミが、じっとこちらを見ている。

「私の言った能力とは、今あなたのお考えになっていることとは違いますよ」


 おれは黙って相手が次に何を言うか待つほかなかった。


 コイブミは続けた。

「あなたは、御自分の意志や感情を、言葉を介さずに他者に伝えることができているじゃありませんか」


 愕然とした。

 自分の意志や感情を、言葉を介さずに他者に伝えることができているって?


 そんなことは今まで考えたこともなかった。道理で化野やイソベン、それに今、眼の前にいる男までもが、まるでおれの心の中を読み取っているかのように言葉を交わせたわけだ。


 すかさずコイブミが言う。

「読み取っているわけではありませんよ。これは紛れもなくあなた自身の能力なんですから」


 それについては、過去にこう考えたこともある。おれは所謂いわゆる直情径行型ちょくじょうけいこうがたの人間である。だから自分の思っていることが、すぐに顔色や態度に出てしまうのではないだろうか、と。


「アハハ。なるほど」

 と、相手は笑った。

「それもあなたの能力と言えば能力かもしれませんね。しかし、あなたは間違いなく言葉以上の何か強い力を発しているのです」


 このおれが言葉以上の何か強い力を発している? そしてそのことによって、自分の意志や感情を、他者に伝えることができているって……?


「そのとおりです。現にこうして今、あなたは言葉を発しないまま、私と会話しているじゃありませんか」


「…………」

 おれは初めてそのことに気づき、まじまじと相手の顔を見つめた。


「やっと、お分かりになりましたね」

 コイブミはしてやったりと言う顔で、自分の長い顎鬚あごひげみしだいている。


 そこでおれは試してみることにした。思いのたけを、その思いの中だけで一気にぶちまけてみた。


 ……いいでしょう。百歩譲って、あなたのおっしゃるとおりだとしますよ。そうすると、乱れ髪のことも当然あなたは御存じだということになる。では何故彼女は、あんなにしつこく僕の所に現れるんでしょうか。

 僕は言葉に出してもはっきり言いましたよ。いい加減にしろとか。よしてくれとか。少しは遠慮するがいいとか。

 しかし、あなたのおっしゃるとおりだとすれば、言葉で言わずとも僕がいかに迷惑しているか、彼女には分かっているはずだ。失恋の末に、もう小説を書くこと位しか僕には残されていないというのに、彼女のせいでそれさえもかなわないのだから。

 にもかかわらず、毎晩毎晩出てきては、僕を睡眠不足どころか神経衰弱にまでさせてしまうというのは何故なんですか? 単に面白がっているだけなんですか? あやかしだから、人間を脅かしたり苦しめたりするのが楽しいだけなんですか。

 それとも何か別に目的が……。何か僕に伝えたいことが……。

 しかし、それが分からない以上、僕に何ができるでしょうか。結局僕は、自分の力で今の苦境から抜け出すことなんてできないんだ。



 ……できますよ、という声が聞こえた。


 いや、聞こえたのではない、響いてきたのだ。それも頭ではなく、心の中に。


 コイブミがじっとこちらを見つめていた。

 あなたは、言葉を発することなく、自分の意志や感情を他者に伝えることができるんです。だったら、その逆も可能だとは思いませんか?


 その逆……?


 あなたには、あやかしが見えるだけではなく、彼らの心を感じ取る能力も備わっているんです。


 感じ取る能力……?


 さっきからコイブミの言ったことを、心の中でオウム返しに繰り返しながら、まだそのことの意味が分からずに、おれはただ呆然としていた。

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