第11話 爺ちゃんのアドバイス

 それにしても何故わざわざ顎鬚あごひげの中なんかに――。


 恐る恐る手に取ってみると、差出人が落目雲吉とある。爺ちゃんからだった。


 驚いて開いてみると、こんな書き出しで始まっていた。

「欽之助、達者で暮らしておるか? わしも元気でやっておるので、安心してくれ」


 いや、死んだ人間から、元気でやっておると言われてもなあ……。


 続いてこうある。

「お前が、わしの大切にしていた宝を今でも持っていてくれて、感謝している。

 実は、わしもあれから生まれ変わるつもりで、しばらく幽明の境を彷徨さまよっておったんじゃ。

 

 しかし、例の老子の軸があるじゃろう。

 三つのお宝のうちで、わしはあれを一番気に入っておったんじゃが、恐らくその執着心がゆえのことじゃろう。とうとう極楽にいけないまま、画の中に閉じ込められてしまった。


 ところが来てみると、これがなかなかいい所。これなら、わざわざ生まれ変わってまで濁世じょくせにまみれることもあるまいと思ってな、それ以来ずっとここにおる。

 というわけで、わしは今、毎日牛の背に揺られながら、無為自然の境地で大いに楽しんでおるんじゃよ」



 おいおい、それで終わりなのか? おれの苦境を見かねて助け船を出そうとしてくれたんじゃなかったのか?


 おれが呆れてものも言えずにいると、コイブミがまた口を開いた。


「うーん、こりゃあモンジ老さんですなあ。モンジ老さんにやられちまいましたね。ほら、モンジ老さん」


 改めて爺ちゃんの文を見返してみると、最後の「楽しんでおるんじゃよ」のあとに、「ところで」と書かれていたのが、かろうじて読み取れる。


 おのれモンジ老め、ただではおかぬ。それにバスガールもだ。おれの了解もなく、なぜこんなことまでさせるんだ。


 するとコイブミがくすっと笑った。

「物の怪がする悪さなんて、人間がすることに比べたら可愛いもんです。実に他愛もない。その癖、人間は物の怪を怖がる。でも本当に怖いのは人間です。いや怖いですねえ、人間は。


 それに人間は醜い。実に醜い。その醜い人間が、芸術だの文学だの、何か奇麗なものを生み出そうと悪あがきするんですから、不思議と言えば不思議ですなあ。あなたどう思います? どう思いますか?」


 おれは、それには取り合わないで言った。

「あなたは霊界通信使とおっしゃいました。ということは、死んだ人間からの文を言付ことづかるだけなんですか? 物の怪からのメッセージはいただけないものでしょうか」


「万物にはみな霊が宿っています」

 コイブミは急に厳粛な面持おももちをして答えた。

 これまでとはがらりと調子が変わっている。


「木にも草にも、ただの石ころにも霊が宿っております。そうそう、人形にもね。人間にしか霊が宿っていないなんて、人間の思い上がりです。だから、私を媒介して物の怪と交信することは可能ですよ」


「だったら、一つ頼みがあります。モンジ老さんのおかげで、僕が乱れ髪と名付けた化け物が出なくなりました。それはそれで良かったのですが、どうも気になるんです。彼女は何か僕に伝えたいことがあったんじゃないかと。それが何なのか知らせてくれるよう、乱れ髪に伝えてはいただけないでしょうか」


「可能ですよ。ただ――」

 コイブミ」は、ここでちょっと勿体ぶるように、ゴッホゴッホと咳払いをした。


「ただ、雲吉さんは今のあなたの惨状をよく御存じでしてね」


「爺ちゃんが……?」


「ええ、一部始終をご覧になっています」


「あっ、そうか。老子の掛け軸の中から――」


「はい、あなたのことをひどく案じておられます。もともと手紙の中にしたためられていたことなんですが、実は直接伝言するようにも頼まれています。ほら、この最後のほう、モンジ老さんに食われてしまった部分なんですけどね、雲吉さん、こうなることを予測していたんでしょうなあ」


 何だ、そんなことなら余計な講釈ばかり垂れていないで、最初から言ってくれたらいいのに。


「で、祖父は何と?」とき込むように聞くと、

「まあまあ、お待ちなさい」とたしなめるように言う。


 それからまた、勿体ぶるようにゴッホゴッホと咳払いをした。


 仕方なく、じりじりしながら相手の答えを待っていると、ようやくおごそかな御託宣が告げられた。


「あやかしに頼らず、自分で解決しろ。雲吉さんはそうおっしゃいました」


「えっ?」

 すっかり拍子抜けしてしまった。さんざん焦らしておいて、答えがその一言だけとは。


 コイブミはこちらの反応を楽しむかのように、微笑んでいる。


 おれは、いささか気分を害しながら言った。

「しかし、自分で解決するにも、向こうさんの気持が分からない以上、こちらにも手の打ちようがないじゃないですか」


「たとえそうだとしても、あやかしの力を借りようなんていう料簡りょうけんは、よろしくないですな」


「…………」


「そういう人間が一番怖い。何かとんでもない、取り返しのつかないことを仕出かしてしまう。そうじゃありませんか?」


「いや、しかし、じゃの道はへびともいうじゃないですか。だからこそ……」


 だからこそ、バスガールと取引をして、乱れ髪の追い出しにかかったのだ。言われなくても自分で解決すべく、化野あだしの不動産に尻を持ち込んだが、一蹴されてしまった。


 それならばと、イソベンにも相談してみたが、法律では解決できないとこれもていよく断られてしまった。これ以上、おれに何ができるだろうか。


 すると、

「あなたにはできるはずですよ」

とコイブミが言う。


 一体全体、何だってこう、どいつもこいつも、いかにもおれの心中を見透かすかのようにタイミングよく話をするのだろう。

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