7節 前 二人だけの旅立ち

 従者たちはバツの悪そうな顔をしながらすごすごと首都への道に入った。まるで昨日の愚痴が聞かれていたのを知っているかのように。

 結局手元には式典用の武具一式と食料含む数日分の荷物だけが残った。鎧の入った箱を背負い、鞘を携えた。

「申し訳ありません」

「なんで謝るんだ」

 ハーズベルグもまたバツの悪そうな顔をしていた。

「本来ならばそういう荷物を持つのは私たちの役目です」

「いいんだ。それに式典用の鎧を汚すわけにもいけないだろ」

「でも」

「いいんだ」

 山に続く長い道を歩いていた。轍が多く残っており、やたらと歩きづらい。馬車に乗って一日かかるということだから歩くと数日はかかるのだろう。今日中に麓につけるかどうかすら疑問だ。

 俺は疑問を覚えていた。なぜハーズベルグは残ったのだろうか、と。彼もまた王宮で、それも近衛兵長としてのキャリアがあったはずだ。こんなわけもわからぬ男と二人旅なぞしたくもなかろう。

 だがこの男は固辞した。何度も断ったのに「いいえ。私はマコト殿についていきます」の一点張りで俺が折れる形になったのだ。

 それどころか。


「ほら、マコト殿。見えてきましたよ! もう少し歩いたら休憩いたしましょう!」

 今までより妙に元気だった。俺と一緒に歩いているどころか何度も前に出てははっとした顔つきになって俺が来るまで待つ。そして俺の後ろについて歩いていくと十分もしないうちに俺の前をすらすらと歩いて行ってしまう。

 さすがに武具一式は重かった。しかももう一月は歩いていないからもあってかやたら疲れる。どんな世界でも体力は減ってしまうのか。

 ひいひい言いながら歩くとハーズベルグは休憩の準備に入っていた。

「マコト殿、大丈夫ですか」

「大丈夫だ。でも疲れた」

「ちょうどよかった。今昼食を取り出していたところだったので」

 そういうと彼は俺に干し肉とパンを手渡してきた。渡した後彼はすとんとその場に座り、袋に手を入れて同じように☆肉とパンを出してかじりついた。

「これから大変だとは思いますが、こういう時ほど食べておかないと苦しくなりますからね。しっかり食べてください」

「元気だな」

 ゆっくりと彼の横に座ると同じように干し肉をかじり始めた。のどが痛いうえに干し肉の塩辛さがのどにつんざく。一瞬吐き出しそうになったが、ゆっくりと租借し、飲み込んだ。

「もう少し歩きますと川に行きます。そこで喉を潤した後、水筒を補給していきましょう」

 ハーズベルグは笑いながら言った。太陽がひたすらにまぶしかった。


「妙に元気だな」

 休憩中俺がそういうとハーズベルグは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「いえ、何と言いますか。ずっと馬車に乗って移動、みたいなのは性に合わなかったと言いますか」

「いや、別にいいんだけど」

「本来は諫めなければならない立場なのですが、それよりも気持ちの方が勝りました」

 笑いながらハーズベルグが言う。その笑顔には年相応の青年が宿っていた。何か生きにくそうなところを感じていたからそれが抜けただけでもまるで違って見える。

「私は宮仕えなんて合わなかったのかもしれませんな」

「そうかもね」

 そういうとハーズベルグは大声で笑った。それにつられるかのように俺も笑う。今までの詰まったような空気が嘘のように感じられた。

「さて、マコト殿」

「ああ、待ってくれハーズベルグ」

「どうされましたか?」

「もうマコト殿、はやめてくれ」

「それは」

 俺はなんだかハーズベルグに気を許していた。今までは単なるテレムティアtおその従属であったが、こんなに明るい彼の姿を見ると心のどこかでこいつに気を許していいのではないか、と思うようになったのだ。俺もまあお人好しだ。

「そもそも俺だってこっちに来る前は仕事一つまともに出来なかった男なんだ。なんだかんだで担がれる今はなんともこそばゆい。俺はマコト・リグレーなんて大層な名前でもない。木暮誠っていう、どこにでもいた男だったんだ。そして今はもうそんな立場から解放された、とまでは言わないにしたってそんなのクソ食らえってなったんだ。もう殿なんてつけなくえちい。こっちが息苦しいよ。だからマコトでいい」

「……」

「嫌か。なら木暮でもいいよ」

「わかりました。なら今後はマコトと呼ばせていただきます」

 その時のハーズベルグの顔は決して従者のそれではなかった。

「ただし、私のことをロン、とお呼びください。それが私の名です」

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