6節 前 ここでも俺は……

次の町へは二日ほどかかるという。そのため峠ふもとの小さな村を一度経由することになる。村で一泊したのちに明日一日かけて峠を渡っていく。その村に着いた時はもう夕方に差し掛かっていた。

「マコト殿。こちらです」

 ハーズベルクが扉を開くとのどかな田園風景が広がった。夕日に照らされた小麦らしき稲穂が揺れ、黄金の光を放っていた。家らしきものがぽつつぽつとあるくらいで以前泊まったようなホテルのようなものもなければ繁華街もない。

 これから歩く道の方を見ると露天商が片付けをしている。道の奥にはこの村で一番大きな建物、といっても二階建てもないような大きさだが、があって、そこがこの村の集会所らしき場所であることは簡単に想像できた。

「村長には話しております」

 長旅をものともしていなさそうにハーズベルグは言う。俺はふらついた足取りでハーズベルグの方へ急いだ。

「マコト様、お話はハーズベルク様から聞いております。なにももてなすものはございませんがごゆっくりされて行ってください」

 集会所に入ってしばらくもしないうちに人のよさそうな村長がやってきて頭を下げた。レンガ建ての外とは打って変わって痛みが目立つ。レンガのあらゆるところが欠け、風こそ抜けていないもののこの前の町で泊まったホテルとはほど遠い有様だった。

「ありがとう」

「申し訳ございません。このような寂れた場所しかお貸しできませんで」

 俺の言葉になぜか村長は申し訳なさそうに頭を下げた。

「いえ。少なくとも俺は」

「どうも働き手がいないわしらの村では新しく建物を作る力も金もございませんで」

「俺もこういうところで過ごしていましたから全然お気になさらないでください」

「そういっていただけるとありがたく思います」

 俺よりも何十年も生きてきたであろう村長はこちらが見ていて情けないと思えるほどへりくだっていた。

 だがそれは俺に対してではないことくらい分かっていた。俺というよりも俺の後ろにある国という権威にひたすら詫びをいれようとしているのだ。まるで水戸黄門における印籠のようなもの、それが俺であることを改めて思い知らされる。

「村長殿。マコト殿もそうおっしゃっているゆえに」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 ハーズベルグは村長の前に立ち、そっと何かを握らせた後彼を外に連れて行った。恐らく手渡したものは村長が一番欲しいものであっただろう。

 しばらくするとハーズベルグは戻ってきた。

「奥の部屋にベッドがあるとのことですので、マコト殿はお使いください」

「お前たちはどうするんだ」

 確かに奥に部屋がある。だが、それくらいであとはテーブルとソファーがあたりに散らばっている以外に何もない。

「我々はこの辺りで眠ります」

「それでは疲れも取れないじゃないか」

「いえ。私たちはマコト殿に仕える義務がありますゆえ」

 そういうと彼は深々と頭を下げてきた。何か言おうかと考えたが、あくまで俺は印籠だ。何を言っても変わらないのだろう。

「わかった」

 そう言って俺は奥の部屋に行った。


 夜も更けてきた頃、腰の痛みとともに目覚めた。

 強い痛みではないが重さを持った痛みであった。長く馬車の中で座っていたからだ。痛みをこらえながらベッドから立ち上がり、部屋の外に出ようと思い、ドアに近づいた時だった。

 部屋の外から声が聞こえてくる。ゆっくりと耳を押し当てると、それは国からついてきた従者のものだった。

「ったくなんでこんなところに泊まらなきゃならねえんだ」

「せっかくの首都の生活がね」

「そうだよ。俺は王宮で飯を作るために行ったんだぜ。その俺がなんで今更豆のスープなんざ作らないといけないのさ」

「私もよ。私より若い男の服なんかなんで着せなきゃならないわけよ」

「だよなあ。どこの世界から来たかわかんねえ男のおしめを変えたり飯をつくったり……。体のいい追い出しだよなあ」

 それは国が俺につけた従者たちの愚痴であった。

 そうか……。やっぱりそうか。たちまちに全身が重くなる。

 一瞬怒りがわいた。俺だってどこか分からないところに飛ばされて、国から者扱いされてここまで来たんだ。お前らにその苦しみがわかるか。俺は国からお人形指定されたようなものなんだ、と。

 それと同時に同情も生まれた。

俺もまた社会人として生きるために都会で働いていた。それは俺だけでなく彼らだってそうなのだ。それがどうだろうか。よく分からない男に使われて、名誉だけ与えられて体よく中央から追い出されたのだ。頭にきて当然でもあった。

 悔しかった。

 だが俺は黙る事しかできなかった。

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