4節 前 ロスターニャ当日
東側の山からゆっくりと太陽が昇ってきた。窓を開けると鳥のさえずりが聞こえてくる。こういうところは俺の住んでいた世界と一緒らしい。
俺はこの世界の鳥の名前は知らない。はわからない。そのさえずりだって俺の世界のものと一緒なのかそうなのかも比較ができない。なんとなく類似点を集めて一緒だと感じているだけ、と言われたら否定ができない。
給仕は俺が起きていた後くらいに目を覚まし、服を着て戻っていった。俺を見た時の二八く笑顔が妙に記憶に残る。仕事場に戻ってどんな話をしているのだろうか。勿論彼女は俺が愛しているなんて毛頭も思わないだろう。テレムティアに抱かれた、ともすれば妊娠の可能性もある。となれば事態の転びようで玉の輿もありうる、と品のない笑顔を浮かべながら給仕仲間に自慢話でもしているのだろうか。打算の交錯する夜を過ごしただけなのだ。
そういう意味では彼女に悪いことをしたのかもしれない。俺が玉の輿になるかどうかなどわかっていない、ともすれば国王から刺客が追ってきて俺を殺しておしまい、ということも十分考えうる。今の俺は生かされているだけなのだ。
どこの誰とも知らない町娘、それもとびきり美人ともいえない、石を投げれば当たるようなどこにでもいるような女だった。なんなら夜と朝のバタバタした間しか顔をみていないのだから数刻もしたら忘れてしまいそうな顔の女だ。そんな特別感もなにもない女に自分の初めてを、半ば放り投げるように捨ててしまった。ちょうど使い古したシャツを捨てるように。
着替えを済ませた後、ベッドに腰かけた。
もう人肌の温かさは残っていない。
ふうとため息をつきながら立ち上がった。するとドアがノックされた。
「マコト殿」
「入ってくれ」
するともう正装に着替えたハーズベルグが入ってきた。
「もうお仕度は、もうなされていましたね」
「装具以外は」
「それは私にお任せください」
そういうと手を二度叩いた。それと同時に給仕やら支度係やらが慌てて入ってくる。
「準備にかかるため、急ぎ調度品をそろえよ」
その言葉に彼らは駆け出すように部屋から出て行った。
「今から数刻もしないうちに装具は揃いましょう。それではお立ちになってお待ちください」
ハーズベルグに言われるように立ち上がった。
五分もしないうちに鎧が持ち込まれ、剣の入った鞘が持ち込まれた。
「さあテレムティア殿、腕をお上げください」
支度係の男の指示に従い腕を上げると帯のようなものが巻かれ、半分ほど巻かれたところで鞘が差し込まれた。その後その帯を巻いた後しっかり結ばれた。次は革の鎧を女性がつけ始める。この上に立派な装飾具がついた鎧を着るそうだ。
「ハーズベルグ」
「どういたしましたか」
俺はふと尋ねた。
「ハーズベルグは毎日これをやっているのか」
「ええ。私も騎士ですのでこれくらいは」
少し間を置いた後、俺は尋ねた。
「なあ、これらの着方を教えてくれないか」
「何をおっしゃいます」
「今度でいいから」
「こういったものは支度係に任せておりますゆえ、気にせずとも大丈夫です」
「いや、僕たっての希望なんだ」
「どうして」
ハーズベルグは怪訝な顔つきで俺を見てきた。
「いや、騎士たるものとかなんとかいう気はないんだけどさ。何もできないまま、このままってのは俺が嫌でさ。そりゃあ、彼らに任せた方が効率的なんだろけどさ。もしこの世界で俺が必要なくなった、ということになったら何もできないよりはできた方がいいと思ってさ」
「何をおっしゃいますか。マコト殿。貴方が不必要になることなどございません」
「そうかもしれない。そうかもしれないけどな」
そのまま俺は黙り込んでしまった。言葉を失ったのだ。
ちょうど俺の鎧がつけ終わり、すべての使用人が下がった後ハーズベルグは難しい顔をしたままこちらに向いた。
「マコト殿」
「なに」
「もし、私めでよろしければ、お教えしましょうか」
その返事に驚いた。つい先ほど俺はお飾りでいてくれと言われたばかりなのにである。
「どうして」
「なぜって、マコト殿のご希望ですから」
「でもさっきの話と違うじゃない」
「いえ、一瞬考えたのです。近衛兵団長であったとはいえ一介の護衛に過ぎない私が貴方になにかを指南するなど敬意を失するに値する行為ではないか、と。その一方で、ほかの誰でもないマコト殿の頼みを無碍にしてもいいものなのか、と考えまして」
彼は言葉を選びながら、ああでもない、こうでもないと言いながら続けた。
「もし仮に。もし仮にでございます。失礼を承知ながら、私がマコト殿の立場であった場合、せっかく頼んだことを『ルールだから』と断られたらどうしようと思いまして。私はお恥ずかしながら腕っぷし一つでたいそれた身分になってしまいました。良くも悪くも何も考えず、言葉の代わりに木刀を持って生きてきた教養のない田舎者でございます。私がそのお立場になった時、わがままも言わず黙っていろ、と言われて耐えられるのか、と考えたのです」
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