1節 後 旅立ちと事の成り立ち
「マコト殿!」
はっとなって声の方向を見た。
声の先にはハーズベルグが怪訝な顔つきで見ている。
「どうされたのですか」
「い、いや。ちょっと考え事をしていて」
「だったらよかったのですが」
腕っぷしだけで近衛兵長にまで上り詰めたという彼は筋骨隆々の体躯から子犬のような顔で見てくることがある。頭を使うことなくここまで来た事が容易に想像できる。
そんな男だからこの度セティア近衛兵団長の任を外され、テレムティア近衛兵長に就任したのだ。
「これからあらゆる村を駆け回らなければなりませんな。私はそれが楽しみで楽しみで」
こいつは自分が体よく追い出されたことに気付いていない。
近衛兵団長は首都ゴルダーニアの王座を守る大役だ。言ってしまえば様々な点で発言権を持つ立場の一人でもあるのだ。それがこのような頭の立たない男がなってしまうとどうなるであろうか。
よくも悪くも命令に忠実、言い換えたら考える力を持たない単なる力の塊になってしまうのだ。王なり大臣なり命令されないと動けない男、これが戦時中なら役に立とうがとりたて戦争中でもないセティアにおいては政争の邪魔でしかない。王なら王、大臣なら大臣の命令を第一に聞ける男が王宮の中で必要とされるのだ。なんなら兵団長として力すら必要としない。
「我々の道中がこの国の平安をもたらしめるとよいですな」
「そうだね」
適当に相槌を打った。俺たちの姿を見てそう考えるやつは少なくともゴルダーニアにはいないというのに。
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飛び降りた後だ。
少なくとも俺の意識はそこまで残っている。飛び降りた後の記憶はあいまいだ。誰も自分が死に行く場所の姿を直視なんかできない。冷たい風を頬に受けながら飛び降りたはずだ。何度か何かにぶつかった痛みがあった。そして体全身がたたきつけられた瞬間に意識はとんだ。
だからそこで俺は死んだはずだ。
死んだはずなのだ。
俺は小さな峠で倒れていた。目を覚ました時、全身がひきつるように痛かったことを覚えている。
目を覚まして最初に思ったことは死にきれなかったか、という絶望だった。岩肌に体をあちこちぶつけながら、それでもなんとか生き残ってしまったのか、という悲しみが襲い掛かってきた。骨は折れ、肉はちぎれているはずだから生きていたとしても到底五体満足であるわけがない。それなのに意識だけあるのだから、この痛みを引きずりながら死んでいくしかない。それが嫌で仕方なかった。
目をゆっくり開けるとそこには夜空がまず広がっていた。もう夜なのか。その次に目に入ったもので違和感を覚えた。
木々が生い茂っている……?
俺が飛び降りた場所は断崖絶壁のはずだ。目の前に、それも手に届くような場所に気なんかあるわけがない。そう思ってなにげなしに手を伸ばしたら、動く。自分の手が映ると、その次に腕が目に入ってきた。打ったような痛みはあるが血一つ出ていない。
もしかして。
ゆっくり体を起こそうとする。
動く……。
つまり体は何かしらにぶつかったとしても傷ついていないことを意味した。体を起こしたときにはじめて何が起こったか理解できた。
いや、理解できなかったことが起こっていた故に自分が飛び降りたことなどすっかり忘れてしまったのだ。
俺は、森の中で一人倒れている。
なるほど、体に痛みがあってもケガはしていないわけだ。それどころではない。それ以上のことが目の前で起こってしまっている。現実を超越した姿が目の前にあったのだ。
ゆっくり立ち上がる。少し肌寒いか。
今見ているのは夢か幻か。しかし全身は打ったような痛みが残っているし、気になって頬をつねるとやはり痛い。夢というには意識がはっきりしすぎている。
ここかわからないままゆっくりと歩き始めた。
その時の星は妙に奇麗だった。
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