異世界で俺たちは

ぬかてぃ、

第一章 嗚呼、異世界の勇者

1節 前 旅立ちと事の成り立ち

「新皇帝歴一〇三年、金の月、マコト・リグレーを当国の勇者とする!」

 大聖堂で様々な貴族から見守られながら俺はセティア国の勇者となった。腰に下げられた聖剣と前勇者ショーダーが鎧を洗ったとされる川で清められた鎧をまとい、ついに国祈願の勇者が生まれたのだ。

 なんでもこの世界では異世界から「テレムティア」と呼ばれる来訪者が流れ星とともに呼ばれ、世の災厄を懲らしめ、王国に永久の繁栄をもたらす、という伝説があるようで、それに俺は担ぎ出されたのだ。


 確かに俺はこの世界の住人ではない。

 つい一週間ほど前、三浦半島の渓谷から身投げをしたのだ。

 だから今見ている現実のようなそれは俺の意識が飛ぶ前の走馬灯のようなものかもしれない。

 子供の時にやったゲームソフトの勇者のように、世界を歩き回って讃えられたい、という潜在的な記憶が見せている幻覚なのかもしれない。


 ただ残念ながら俺はこの世界に降り立った。激しい頭痛とともに、獣道か整備されているのかよくわからない道の片隅に叩きつけられていたのだ。

「おお、勇者マコトよ。我が国に富と繁栄を」

 この国の王ゴルターニア三世は王冠を脱いで俺の前に跪いた。今までそんなことされるどころか土下座に近い謝罪を連発してきた俺にはなんだかそれがむずがゆい。

「王よ。御立ちください。私はこの国を守るもの。国を動かすものではありません。その王がなぜ一国の民に膝を床につけましょうか」

「おお、勇者よ。そう言っていただけるか。その慈愛はこの国を包みましょうぞ」

 こんな大舞台なのによくもまあ俺という人間はぺらぺらとおべんちゃらをかける。良くも悪くも営業なんて仕事やっていたせいだ。状況に合わせた言葉をしゃべるのが仕事みたいなものだったから。

「さあ、国民よ! 偉大なる勇者を讃えたまえ!」

「ゴルターニア万歳!」

「セティア万歳!」

 王の呼びかけにその場にいた国民がどっと沸きあがる。

 なんだかとんでもないことになったと思いながら俺は立っていた。


 確かに俺は自殺したはずだった。

 使えないサラリーマンとして数年やってきたが、遂に体調を崩し、仕事どころではなくなったゆえに俺は自殺を決意したはずだった。俺を褒める人なんか一人もいなかった。それどころか年月が経つ度に入ってくる新人からバカにされるような生活を送っていた。

 朝から夜まで通い詰めて、その努力をあざ笑うかのように失敗が増え……。

 その悪循環が止まらないまま、身体を壊したのだ。

 今でも上司の言葉が頭に残っている。

「ああ、木暮君。明日から来ないんだ。いやあ、怒る人がいなくなって寂しいなあ」

 ニコニコ笑いながら皮肉たっぷりに言うそれが僕の心も壊していったのだった。

 ネットスラングに「欝だ氏のう」という言葉があるが、僕はそうなってしまった。これから先はろくな仕事に就けないだろうし、身体すらもう治るかすら怪しい。若いというにはもう遠くなってしまった俺に選択肢は一つしかなかった。

 俺は検針もほっぽり出してあちこちを回った。金だけは山ほどあったから貯金が減っていくのは苦にも思わない。葬式代くらい残しておけば問題なかろうと思ってあちこちを巡った。


 死ぬ場所を探していたのだ。

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