返金-2

 富澤婦人が訪ねて来てから、三日が経った。

 長四郎は富澤婦人が訪ねて来たことなど、すっかり忘れていた。

 不倫調査の依頼もなく、ソファーに寝転がりテレビを見ていると事務所のドアが開く音がした。

 だが、長四郎はソファーから身体を起こすことはしなかった。

 その理由は、来客の正体を知っているからだ。

「やっぱり、事務所に引きこもってると思った」

 そうソファーの背もたれから長四郎を覗くように話しかけてきたのは、自称・長四郎の助手こと羅猛燐である。

「自称は余計!」

 なんか・・・・・・すいません。

「で、今日は何しに来た。Problem Girl.」

「誰が問題女よ!」

「だって、ここに来る時は大抵、厄介事を持ち込んでくるだろ?」

「そんな事ないし。てか、富有子さんの依頼、受けたんでしょ?」

「富有子? 誰それ?」

「富澤富有子。三日前に来たでしょ」

「ああ、思い出した。詐欺がどうのこうの言っていた面倒くさいババァのことか」

「その様子からすると、依頼を受けていないなんて言うんじゃないでしょうね?」

「この感じからして、分かるでしょ?」

 長四郎は再びテレビに視線を戻す。

 数秒間、テレビの映像が目に映っていたがドンッという衝撃と共に視界はブラックアウトした。

 気づいた時には、灼熱の陽射しが照りつける外に居た。

「あれ? なんで、外に居るんだ。俺」

 首根っこを掴まれ引きずられている長四郎。

「やっと気づいたか」

 燐は長四郎を離すと、長四郎はその身体を灼熱のコンクリートに身体を打ちつける。

「熱っ! 熱っっつ!!!」長四郎は、コンクリートの上を飛び跳ねる。

「面白」

 燐はその光景をスマホにムービーとして、残した。

「何てことしてくれるんだ。女子高生」

「何もしてないけど。さ、調査するよ」

 燐は手を鳴らし、自分と長四郎を鼓舞する。

「しないよ」

「まだ、そんな事言う訳?」

「ラモちゃんさ、勘違いしているみたいだから言うぞ。探偵は万能じゃない。やれない依頼もあるの。分かったかなぁ~」

 長四郎は子供を諭すように言うと同時に、腹にストレートパンチをもらう。

「ごちゃごちゃ言ってんな。てめぇ、男だろ。黙って仕事しろ!!」

 燐に怒鳴りつけられた長四郎は生まれたての小鹿のようにプルプルと震え、黙って燐の後に続いて行くのだった。

「ここだ」

 燐は富有子が置いていったパンフレットを片手に、パンフレットに書かれているビルを見上げる。

「親分。いきなり、殴りこんで金返せって言う気ですかい?」

「何それ。ここからは、あんたの仕事。そして、私はあんたの助手。あんたの指示に従う」

「じゃあ、帰ろう」と言った瞬間、拳骨を頂く長四郎。

「痛ってぇ~な。俺、サンドバッグじゃないんですけど」

「サンドバッグになりたくなきゃ、仕事しな」

「へいへい。そうしやす。親分」

 長四郎は諦めたといった感じで、ビルに入る。

「あんたこそ、殴り込みに行くんじゃないんでしょうね」

「それは、ラモちゃんの専売特許でしょ」

 テナントが入っている階までエレベーターを使い上がっていく。

 エレベーターを降りると、すぐ目の前にテナントの玄関へと繋がっていたが受付はおらず内線用の電話が置いてあるだけであった。

 内線で呼び出すタイプの奴だと思いながら、足音を立てないようにフロアに足を踏み入れる。

 長四郎の様子を見て、燐も意図を察し音を立てないように歩を進め内線電話の前で立ち止まる。

 そこで、立ち止まったまま部屋から聞こえてくる音に聞き耳を立てる。

 しかし、会話は勿論の事、キーボードを叩く音や歩く音が一切聞こえてこない空間であった。

「何も落としないよ」燐は小さな声で長四郎に話しかけるが「シィ~」っと長四郎に注意されごめんのジェスチャーで謝る。

 長四郎が付いてこいの手招きと共に、ゆっくりと奥へと進んでいく。

「失礼しまぁ~す」

 長四郎は小声で挨拶するが反応はなく、奥に入って間もなく長四郎の歩は止まった。

「ちょっと!」

 長四郎の背中にぶつかった燐は、長四郎を小突きながらフロアを見ると机と椅子だけが並べられた殺風景な光景が広がっていた。

「こりゃあ、厄介な相手かもしれんぞ」

 長四郎は眉をひそめながら、そう言った。

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