第弐拾陸話-返金

返金-1

「暑い・・・・・・」

 私立探偵の熱海あたみ 長四郎ちょうしろうは、垂れてくる汗を拭いながら調査対象の監視を行う。

 今回の調査対象は、Kuun huberのピシャリであった。

 Kuun huberとは、インターネット動画サイトのKuun hubで収益をあげる人間を指す。

 Kuun huberについて、もう少し知りたい方は第拾話-詐欺を読んでね♡

 何故、ピシャリを調査する事になったのか。

 話は、一週間前に遡る。

 その日、長四郎は吞気に鼻歌を歌いながら事務所の掃除をしていた。

 ドアをノックされたので、長四郎は「へいへい」と言いながら出て行く。

「あのぉ~ ここ探偵さんの事務所で合ってますか?」

 そう質問してきたのは、70歳代といった年齢の老婆が立っていた。

「え? まぁ、そうですけど」

「あ、貴方が探偵さんね。嫌だ、私。ドラマに出てくる探偵さんをイメージしていたから」と言いながら、老婆は一人爆笑する。

 長四郎はこのままドアを閉めようか、そう思っていると「あら、ごめんなさいね。失礼しますね」老婆は長四郎を押しのけて事務所に入ってくる。

「ちょっと!?」

 長四郎はそそくさと先に進んでいく老婆の後を追う。

「ここに座れば良いのかな?」

 勘のいい老婆は来客用のソファーに腰を下ろす。

 そして、長四郎が出していた掃除道具をに気づいた老婆は「掃除中だったのね。ごめんなさい」と頭を下げて謝る。

「いや、気にしないでください」

 長四郎は来客用の珈琲を準備しながら、答える。

「にしても、暑いわねぇ~」

「そうですねぇ~」

 早く依頼内容を言えよと思いながら、珈琲をグラスに注ぎ入れる。

「はい。熱海探偵事務所特製アイスコーヒーです。どうぞ」

「ありがとう」

 老婆はすぐにアイスコーヒーに口をつけ、「あ~ 美味しい」と感想を述べる。

「お口に合って何よりです。それで、ご依頼内容は?」

「ああ、そうだったわね。実は、詐欺グループからお金を取り返して欲しいの」

「はい?」

 思わぬ依頼に我が耳を疑う長四郎。

「だから、詐欺グループからお金を取り戻して欲しいの」

「ちょっと、待ってくださいね。詐欺グループからお金を取り返して欲しいと仰いましたよね?」

「そうだけど」

 長四郎の驚いた反応にキョトンとした顔をしながら、老婆は答えた。

「あのですね。あ、すいません。まだ、お名前を伺がってなかったですね。教えて頂けますか?」

富澤とみざわ 富有子ふゆこよ」

「富澤さん。何の詐欺かは知りませんが、そういった事は探偵ではなく警察に行かれた方が宜しいかと」

「貴方、そう言うけどね。燐ちゃんがここに来たら、何とかしてくれるって言うから」

「あいつ・・・・・・」

 長四郎の助手を自称する女子高生・羅猛らもう りんの所業に長四郎はあきれ返る。

「富澤さん。あの女子高生が何を吹き込んだのか知りませんが、内は主に不倫調査を専門にやっている探偵社でしてね」

「え~ 燐ちゃんはそんな事言ってなかったわよ。幾つもの殺人事件とかを解決に導いてるとか何とか」

「とかなんとか言っている時点で、怪しいですよね?」

 長四郎はこの流れで思わず「だから、詐欺に引っかかるんだよ」と言いそうになるのを、グッと堪えた。

「そぉ? あの子は良い子よ。自治会にも参加してくれるし、マンションのお年寄りには優しいしね。ついこの間も、重い荷物を持っているお婆さんの荷物を持ってあげたりしてね」

 あんたも充分お婆さんだろ。そう言いたいのを我慢し富澤婦人の話に耳を傾ける。

 それから、約二時間。延々と燐が自治会で何をしているのか、マンション内での評判とかを聞かされた長四郎はウンザリしてきた。

「あら、ごめんなさい。こんなに長く話しちゃったわね。じゃ、頼みましたからね」

「あ~ はいはい」

 解放されたと安堵する長四郎は、適当な返事をしてしまう。

「じゃあ、これで。帰りますね」

 富澤婦人は机の上に何かを置いてそそくさと帰っていった。

「やっと、帰ったか。あのババァ」

 悪態をつく長四郎は、机に置かれた物を見て渋い顔をする。

 そこに置かれていたのは、富澤婦人が詐欺にあったというネット回線契約のパンフレットであった。

 長四郎はそれを手に取ると、ゴミ箱に放り投げるのだった。

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