詐欺-8

 長四郎は店を出た足で、警視庁命捜班の部屋と向かった。

 命捜班の部屋に着き入ると、誰もいなかった。

「あれ?」長四郎は不思議そうにキョロキョロと部屋を見回し、コーヒーメーカーに手を伸ばして珈琲を使い捨てマグカップに注ぎ入れる。

 すると、部屋のドアが開いたので視線を向けると齋藤さいとう刑事が部屋に入ってきた。

「あれ? 一川警部は居ないんですか?」

「見ての通り、居ないぞ。モブ刑事」

「そのモブ刑事って呼び名辞めて頂けませんか?」

「嫌だ。そんな事より、何しに来たんだよ。所轄警察署の刑事が」

「あ、言っていませんでしたね。僕、捜査一課に配属されたんです」

「あ、そうなんだ。おめでとう」

「ありがとうございます」

「それで今日は何? へケべケの事件について何か報告でもあるの?」

「いや、違います」

「違うんかい」

「その事件についての捜査状況を知りたくて来たんです」

「大した進展はないと思うよ」

「どうして、そんなことが分かるんですか?」

「だって、俺もその事件について調べているから。あっ!」

 長四郎は何かを思い出したように、ニヤッと笑みを浮かべる。

「な、何ですか?」

「君、暇か? って奴なんだろう」

「暇じゃありません」

「そんなこと言ってぇ~よしっ、君に指令を与えよう」

「勝手に決めないで下さい」

「この女性の捜査状況を調べて来てくれない?」

 長四郎は命捜班の部屋に置いてあったメモ用紙に浦安民の名前を書き記し、それを齋藤刑事に渡す。

「浦安民っていう女性ですか?」

「そう、悪いんだけど大至急調べて来てくれ」

「分かりました」

 不服そうにしながら、メモ用紙を持って部屋を出て行った。

 それから、長四郎は命捜班の部屋で一川警部達の帰りを待つ。

 二時間後、来客用ソファーの上で寝ている長四郎は揺り起こされた。

「あ、おはようございます」

「おはよう。長さん。よう寝とったね」

「あ、はい。気疲れが凄くて。凄くて」そう答えながら、肩を揉む長四郎。

「ふふっ」絢巡査長はその言葉に笑ってしまう。

「何がおかしいの?」

「いや、長さんに気疲れというものがあるんだなと思って」

「酷いなぁ~」

「それで、何か分かったと?」一川警部は調査結果について尋ねる。

「動機に繋がりそうなネタは見つけましたけど。詳細についてはこれからです」

「さすが長さん。仕事が早かねぇ~」

「まぁ~ねぇ~」

「その繋がりそうなネタって言うのは何です?」

「それは、被害者が追っていた失踪事件」

「失踪事件ですか?」

「そう、失踪事件。それに大物Kuunhuberが関わっている所まで被害者は突き止めていたらしい」

「という事は、その大物Kuuunhuberが関わっているからそいつを守るために被害者を殺した。そういう事でしょうか?」

「そうなるんじゃないかな?」

「ちょっと、待ってよ。長さんの言う通りやったとしたら、尾多はなんでそこまでしてそのクーンなんちゃらを守らなきゃいかんとね」

「その答えは簡単ですよ。その大物Kuuunhuberが居なくなったら事務所に多大なる損害が出るからですよ」

「でも、今も損害は出とるはずよね? そこまでして守らないかん人物なんやろか」

「だからこそ、目星がつけやすいんですよ」

「長さんはそれが誰か分かっているんですか?」絢巡査長のこの質問に長四郎は「うん」と答えて頷き続ける。

「それで、その事が確かめたくて尾多と話させてくれませんか?」

「分かった。じゃあ、拘置所に行こうか?」

「お願いします」

 こうして、長四郎は一川警部と共に東京拘置所に移動した。

 一川警部が手続きを済ませ、面会室に通された。

 席についてから、間もなくして尾多が刑務官に連れられて入ってきた。

 アクリル板越しで会話を始める。

「あの私に何の用でしょうか?」

 最初に切り出したのは、尾多の方だった。

「あんたがさ、本当の動機を語ってくれないってこの刑事さんから聞いたものでね?」

「はぁ」

「それで、なんでムカついたの?」

「それは・・・・・・・」言葉に詰まる尾多を見て、理由を考えておけよと長四郎は思った。

「ムカつくのに理由が要りますか? って感じかな」

「そうです。そうです」長四郎の助け舟にすがるように尾多は頷きながら返答する。

「突発的な犯行ですねぇ~」

 長四郎はしたり顔で、尾多を見る。

「な、何が言いたいんですか?」

「鎌飯社長から、あやふやな供述をするよう何か指示があったんですか?」

 その一言を受けて、尾多の目が大きく見開く。

 尾多の様子を見て、長四郎は自分の推理に確証を得る。

「そんな訳ないじゃないか!!」

 椅子から立ち上がり、語気を強めて反論する。

「まぁ、落ち着いて」一川警部は宥める。

「そんなに慌てふためく様子を見ると図星だな」

「ち、違う」

「何が違うんだよ。底辺Kuunhuberを拉致ってあんたらは何がしたいんだよ」

「そこまで調べているのか・・・・・・・・」思わず尾多は本音を漏らす。

「はい、ゲロったぁ~」長四郎は嬉しそうに一川警部と固い握手を交わす。

 一方の尾多は、失言した事を後悔した感じで頭を抱えて床にへたり込む。

「じゃあ、詳しく話してもらおうか?」

「黙秘する」

「何言ってんだ? あんた」

「もう、何も答えない。黙秘する」

「大した忠誠心だね」

 長四郎はここまで来て、真実を話そうとしない尾多に感心する。

「何とでも言え」

「分かった。ここは大人しく去ろう。一川さん、行きましょう」そう言って、長四郎と一川警部は面会室を出た。

「参ったね。長さん」スキンヘッドの頭を叩きながら、一川警部は困り顔になる。

「そうですね」

 そう答える長四郎は、何故か余裕綽々といった感じの雰囲気を醸し出していた。

「長さん、なんか考えがあるとね?」

「ま、なくはないです」

 長四郎はそれだけ言うと、一人すたすたとどこかへ向かって歩き出した。

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