帰国-12

 その夜、蒼間が叔父の蒼間刑事部長と会食している料亭に長四郎と勇仁で張り込んでいた。

 と言っても、対象者達が会食している隣の部屋で懐石料理を食べながら対象者たちの会話を盗み聞きする。

「おじさんのおかげで、僕の無実も証明されるみたいで本当にありがとうございました」

 蒼間は手酌で蒼間刑事部長の徳利に酒を注ぐ。

「大した事はしてないよ。それより、会社の業績は鰻登りなんだろ?」

「世の中、薄情ですよ。会社のトップが殺人事件の嫌疑がかかっているだけで、取引停止ですから」

「まぁ、爆弾を抱えている奴とは付き合いたくないだろう」

「ふふっ、その通りです。でも、融通の利かない奴もいますけどね」

「あ~前に言っていた賀美の大口取引先の事か」

「ええ、全くこちらの提案を耳にしてくれないんで困ってますよ。

俺自身が会社に乗り込んで、説明しても首を縦に振らない」

「本当に困っているようだな」

「あそこさえ押さえれば、業界シェアトップなんですけどね」

「そうか。じゃあ、少し捜査二課でも動かしてみるか」

「良いんですか? そんな事して」

「甥っ子が困っているんだ。やらない訳には、いかないだろう」

「ありがとうございます。必ず、お礼は倍にして返しますから」

「期待しているよ」

 蒼間と蒼間刑事部長は揃って高笑いするのだった。

 それから1時間近くして対象者達は、料亭を後にした。

「なんか、凄い話が聞けたな」

 ボイスレコーダーのスイッチを切りながら、長四郎は呟いた。

「ああ、楽しいお話だったな」

 勇仁は長四郎の言葉に同意しながら、酒を飲む。

「やっぱり、あいつが今回の事件を仕掛けているのは間違いないけど。

どう追い詰めようかな」

「習子ちゃんを説得するしかないか」

「勇仁にそれが出来るの?」

「ま、伊達に年は取っていないからな」

「じゃ、それに期待するか」

「長さんはどうするの?」

「俺も習子ちゃんの身辺調査でもしてみようかな。もしかしたら、あいつとの接触履歴があるかもしれないからな」

「でも、良器と接触していた履歴が発掘されるかもしれないぞ」

「それならそれで、利用するだけさ」

「かっこいいね~ダンディだね」

「これからダンディ長四郎の肩書で売っていこうかな」

 とぼけた顔で勇仁を見る長四郎。

 翌日、警視庁本部の取調室で送検前の習子の取り調べが再度、行われる。

 取り調べを行うのは、勇仁と一川警部、絢巡査長の三人。

「お久~」勇仁は軽い挨拶を習子にすると「お久しぶりです」と素っ気ない返答をする。

「元気だった?」

「元気です」とは言うものの習子の目には正気がなかった。

「なら良かった。それでさ」

「事件の話ならしませんよ」勇仁が話を切り出す前にぴしゃりと断ち切る。

「あら、まだ話してないじゃないよ。まぁ、事件の話だと思われても仕方いけどね」

「勇仁さん、ちょっと。一川さんも」

 絢巡査長は手招きして、勇仁と一川警部を取調室から出す。

「あの送検まで1時間しかないですけど、どうするんですか?」絢巡査長は部屋を出てすぐ二人に話しかける。

「どうしましょう? ねぇ、勇仁さん」

「うん、どうしましょうねぇ」

 勇仁はそれだけ言うと、取調室に戻る。

「あの私から一つ質問しても良いですか?」

 習子は席に座った勇仁に問いかける。

「何?」

「何をそんなにこだわっているんですか? 私が金衛門を銃殺したのは間違いないんですから」

「習子ちゃんの言う通り。何をこだわっているんだろうね」

「どういう事ですか?」

「もう率直に言うわ。習子ちゃんの復讐劇は仕組まれたの物っていう事。

しかも、仕組んだ相手こそが一番復讐するべき相手なんだよね」

「そんな、まさか・・・・・・」分かりやすいくらい動揺する習子に勇仁は話を続ける。

「その相手が誰か知りたい? って言っても知っているか」

 習子は下を向き、表情を悟られないようにしてはいたが、その身体は小刻みに震えていた。

 今、彼女の頭の中では必死に事態の整理をつけている所だろうと踏んだ勇仁は暫くの間、泳がせることにした。

 送検まで残り10分になったタイミングで、勇仁は習子に語りかけた。

「残り10分になりました! では、習子ちゃんには残念だけどそいつらの手駒になってもらうしかなくなりました」

 勇仁はそう告げ、席を立とうする。

「待ってください!! 私が利用されたって言う根拠はあるんですか?」

「あるよ」そう答え再び席に着く。

「そいつらの目的は何なんですか?」

「辛いことだけど、覚悟はある?」その言葉に頷く習子。

「よしっ。これ昨日の夜に録れたてほやほやの音声ね」

 勇仁はボイスレコーダーの再生ボタンを押す。

 それから、蒼間と蒼間刑事部長の会話が再生された。

 スキップ機能で一番聞かせたい部分までスキップさせ、習子の耳に入れた。

「もういいです」習子は再生を止めるよう促すと勇仁は停止ボタンを押した。

「どうだった?」

「最悪です。こいつらの利益のために、私は利用されたんですか?」

 声を震わせ目から大粒の涙をこぼし始める習子。

「つらい話かもだけど、そういう事になるな」

 勇仁はそう言うと、そっとハンカチを習子に差し出す。

「ありがとうございます」

 ハンカチを受け取り、涙を拭う。

「私はこれからどうすれば?」

「まぁ、犯した罪は償うのは当然の事だし。その第一歩として、俺たちに協力してくれる」

 正気を取り戻した習子の目は、真っ直ぐと目の前に居る勇仁を見つめて言うのだった。

「勿論」と。

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