第捌話-帰国

帰国-1

 その日、羅猛らもう りんは羽田空港に来ていた。

 到着ロビーでソワソワしながら、到着相手を待つ。

 その間、燐は浮かない顔をしていた。

「はぁ~あ」

 燐は下を向き溜息をついていると、ロビーの奥の方から小刻みなタップ音が聞こえてくる。

 顔を上げて音の方を見ると華麗なステップを踏みながらサングラスをかけワックスで綺麗に整えられた白髪頭で黒のシャツ、黒のジャケット、黒のズボンで身を包んだ男性が出てきた。

「来た!!!」

 燐はその男性の元に近づく。

 男性がターンを決め振り向くと、目の前に燐が立っていた。

「お、燐。久しぶりじゃない」

 サングラスを外しながら微笑む燐のお爺様こと小上おのうえ 勇仁ゆうじん

 補足すると勇仁は、燐の母方の祖父である。

「お久しぶりです。お爺様」燐は一礼して挨拶する。

「なんか、年食って固くなったなぁ。挨拶が」

「もうっ、お爺様ったら」

 面倒くさい。燐は心の底からそう思った。

 祖父の勇仁は嫌いではないが、年相応でもない軽いノリが苦手なのだ。

「ま、挨拶はこのくらいにして行こうか。おうっ」

 お付きのカバン持ちの外国人二人に移動する旨を目で合図して、外国人達は黙って頷いて燐達の後をついて行く。

「お爺様、今回の帰国目的は何ですか?」

「あれ? 言っていなかったっけ?」

「はい、聞いていません」

「パーティーに行くのよ。パーティーに」

 勇仁はそう答えると迎えのリムジンに乗る。

「パーティーですか?」

 燐もリムジンに乗り勇仁の隣に座る。

「そう、パーティー。燐も行くからちゃんと、おめかししろよ。にしても、この高そうな服だなぁ~」

 送迎用のリムジンは、勇仁の家に向かって走り出した。

「主催はどの方なんですか?」

「誰だっけ? ちょっと、待ってろ」

 胸の内ポケットに入っているであろう招待状を弄り探しだそうとする勇仁。

「あった、あった。えーっと」

 勇仁は招待状の主催の項目を、目を細めながら確認する。

「年いる波には勝てない?」

「は?」

「ああ、賀美がび 金衛門かねえもんだ。燐、知っている人?」

「いいえ、知りません」

「じゃあ、俺も知らない人」

 燐は勇仁の適当な答えに先が思いやられるのだった。

 リムジンは勇仁の家の前に着いた。

 お付きの外国人が荷物を降ろしてくれ、家の中まで運んでくれた。

「Thank you」勇仁は作業が終えた外国人達に礼を言いチップを渡す。

 外国人達は緊張が解けたのか、笑顔になり勇仁とハイタッチを交わし「観光楽しんできます」流暢な日本語で外国人の一人が勇仁にそう言いもう一人の外国人と共に家を出て行った。

「日本語、話せたんだ・・・・・・・」

 共に居た外国人が流暢な日本語を話せたことに燐は驚いた。

「よしっ、準備しようか」

「あのっ、お爺様。私、パーティー用のドレスとか持っていないんですけど」

「大丈夫。大丈夫。お爺様に任せておきなさい」勇仁は胸を叩き「ゴホッゴホッ」と咳き込む。

 勇仁がシャワーを浴びている間、燐は久々に来た祖父の家を少し探検していた。

 昔は大きく感じたこの家のあちこちも、大きく成長した今ではスケールダウンした感じでどこか寂しく思う燐。

「どうした? 寂しそうな顔して」

 シャワーから出た勇仁は、バスローブ姿で燐に声をかける。

「いや、この家が小さくなったなぁと思って」

「それはこっちの台詞。いつの間にか大きくなったなぁと思ったよ。

でも、それはそれで良かった。燐がこんなに良い女に成長したんだからさ」

「お爺様、気持ち悪いです」

「ありゃ」

「早く着替えないと、風邪ひきますよ」

「そうだな」

 勇仁は自室に行き、黒のタキシードに着替える。

「お待たせぇ~」

 燐が居るリビングに入ると、ソファーに座ってスマホで動画を見ていた燐は黙って勇仁を見て再びスマホに視線を戻す。

「ちょっと、無視はないでしょ。無視は」

「お爺様、パーティーは何時からですか?」

「えーっと、19時だけど、どうしたの? あ、もしかして彼氏とデートだったの?ねぇ、ねぇ」勇仁は興味津々で聞いてくるのだが、燐は「今、18時なんですけど。間に合うんですか? 私、着替えていませんし」と勇仁の質問には相手にせず現状だけを伝える。

「あ、忘れてた。ちょっと、待ってろ。待ってろよぉ~」

 急ぎ足でリビングを出て行き、勇仁は何かを取りに行く。

 2,3分して勇仁は一着のドレスを手に部屋に戻ってきた。

「はい、これ」そう言って燐に差し出す。

「これは?」

「これ、婆さんがいつかの為にって、燐の為に用意した代物」

「お婆様がこれを?」

「そう。時間無いから早く着替えてきて」

「はい」

 燐は風呂場の脱衣所でお婆様が用意したというドレスに着替えた。

 驚くことにサイズがピッタリで、しかも派手な感じではなくシックな燐好みのパーティー用のドレスであった。

「可愛い」

 脱衣所の鏡の前で自分の姿を確認し、燐は少し浮足立つ。

 すると、ドアがコンコンとノックされる。

「はい」そう返事し、ドアを開けると勇仁が立っていた。

「OK?」サイズ等の確認をする勇仁に「もうバッチリですわ。お爺様」と嬉しそうに燐は答えた。

「それは良かった。じゃ、これを」

 勇仁は燐の首に宝石が付いている高価なネックレスを付ける。

「お爺様、これって」

「婆様が一番、気に入っているネックレス」

「私が付けても良いんですか?」

「良いの。良いの。はい、チーズ」

 スマホで燐のドレス姿を写真に収める勇仁。

「じゃ、行くか」

「はい」

 燐と勇仁はタクシーを拾い、パーティー会場のヘンターコンウタルホテルに向かった。

 タクシーはホテルの玄関口前に停車し、燐達を降ろす。

 燐達はパーティー開始時刻から20分程遅れての到着だった。

 そして、二階のパーティー会場に移動した二人は受付を済ませると一人の女性ウエイターが迎えに来た。

「小上様ですね。お待ちしておりました」ウエイターは斜め45度の姿勢でお辞儀をする。

 燐は綺麗なお辞儀に感心していると、勇仁は鼻をすんすんっとさせながらウエイターの匂いを嗅ぐ。

「君、いい匂いだね。付けてる香水は何?」

 その瞬間、勇仁も臀部に激痛が走る。

 視線をやると燐が周りに見えないように手を回しながら、勇仁の尻を抓っていた。

「案内、お願いします」燐は愛想笑いを浮かべながら、ウエイターにお願いする。

「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」

 中に入って行くウエイターに付いて行く燐。

「あいつ、俺への扱い方が婆さんに似て来たんじゃない。ンッ、ツ~」

 まだ痛む尻を抑えながら勇仁もパーティー会場に入って行く。

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