映画-23

 里奈が逮捕されてから1週間が経とうしていた。

 燐はあれ以来、事務所に顔を出していない。

 長四郎は普段通りの日常に戻ったという思いと、どこか寂しいという気持ちがあった。

 燐には酷な事をしたとも思う。

 友が逮捕される所を目の当たりにさせてしまったのだから。

 そんな事を考えながら、テレビを眺めていた。

 テレビでは、里奈のニュースを取り上げていた。

 里奈はギリギリ未成年者になるので、テレビや新聞では実名報道をしないよう配慮していたが、週刊誌では当たり前のように実名で記事にされていた。

 だが、全ての報道に共通する点があった。

 ありもしないでたらめな動機が書き連ねていたことだ。

 やれ、彼女はサイコパスだ。

 やれ、イケメン俳優に振られたのが原因だとか。

 因みに、このイケメン俳優とは長四郎と唇を重ねた俳優である。(映画-11参照)

 このイケメン俳優もそんな事実がないのに巻き添えを喰らって、気の毒だと思う。

 そして、何より腹立たしいのは恵一の事に一切、触れなくなり散々犯人扱いしていた癖に謝罪もない。

 終いには、兄妹で結託して事件を起こしたとかいうアホまで現れる始末。

 長四郎はそんなニュースに嫌気がさし、テレビの電源を落とす。

「はぁ~」

 深い溜息をつきながら、コーヒーでも入れようとソファーから立ち上がろうとした時、チャイムが鳴った。

 客かと思い慌てて玄関口まで早足で移動し、ドアを開けると配達員が箱を抱えて立っていた。

「お届け物です。こちらの住所でお間違いはありませんか?」

 そう言って、確認を求めきたので確認すると確かにここの住所であった。

 送り主は、家電量販店だった。

 しかし、長四郎はその様な物を購入した覚えがなかった。

「サインをお願いしても?」

 駐禁の関係上早くサインを求められ、仕方なく長四郎はサインをして荷物を受け取る。

 箱は、ノートパソコンであった。

 燐に壊されて以来、里奈の事件で忙しくしていたので購入できずにいたし、すっかり忘れていた。

 しかも送られたパソコンは、長四郎が使っていた物よりグレードアップした物だった。

 そこで長四郎は、送り主が誰か察した。

 燐であることに。

「粋なことをしやがる」

 長四郎はそう呟くと丁寧に箱を開け、品を出す。

「説明書、説明書」

 説明書を見ながらセットアップ作業を始めると、事務所のドアが開いた。

 燐が顔を出してきた。

「ラモちゃん・・・・・・」

 久しぶりな感じがして、なんて声を掛ければ良いのか分からず出た言葉がこれだ。

 1 ・ 2 ・ 3

「ありがとう」

 ノートパソコンのお礼であった。

「べ、別に」

 燐は普段通りソファーに座る。

「今日は、どうした?」

 長四郎は燐に飲み物を出そうと思い、移動しながら用件を尋ねる。

「ちゃんと、届いたのかなと思って」

「届きましたよ」

 冷蔵庫を開けコーラを出して二つのコップに注ぎ入れると、長四郎は一つを燐の前に置いて話を続ける。

「悪かったな」

「え?」

 まさか、長四郎はから謝れるとは思わず燐も少し動揺する。

「いや、辛い思いをさせて悪かったな。って」

「私がいつそんなこと言ったよ」燐はコーラを口に流し込む。

「違うの?」

「違うよ。げぇ~」否定しながら、燐は綺麗なゲップを披露する。

「汚ねぇ~な。嫁の貰い手無くなるぞ」

「うるさいわね!」

「それだけ口ごたえできるようで、安心したよ。

てっきり、部屋で塞ぎこんでいるものだとばかり思っていたから」

「まぁ、2日ばっかし引きこもってたけど、このままじゃいけないと思ってさ。気分転換がてら出かけたらもうこの通り」

「然様ですか」

 そこから話すことが無くなった二人は黙り込んでしまう。

 沈黙に耐え切れなくなった燐が口を開いた。

「ねぇ、里奈の事なんだけど・・・・・・」

「ん?」

「どうして、あそこで私に本当の事を打ち明けてくれたんだろう。

しらばっくれることもできたはずだよね。でも、しなかった。

その理由をずっと考えていたんだけど分かんなくて・・・・・・」

「これは俺の憶測だけど」

 そう前置きをして長四郎は、自分の推理を燐に話し始める。

「里奈ちゃんは、誰かにブレーキをかけて欲しかったんじゃないかな?」

「どういう事?」

「いやな、里奈ちゃんの部屋でレンタルバイクの領収書を見つけた事があったじゃん。

あの時、やたらと目立つところに領収書の入ったファイルが置いてあったんだよね。

如何にも見つけてくださいって、言わんばかりに」

「里奈がわざとそこに置いていたって事?」

「そうだろうな。

俺が自分の部屋に入ることも計算に入れて」

「そんな」

「ま、あのまま放置していたら里奈ちゃんは、海外に行っても人殺しを続けていただろうし。ラモちゃんだったから、正直に話をしてくれたのかも」

「そうなのかな」

「そうだよ。心許せる友だからこそ、誤魔化しも聞かないから本当の事を話したんだと思うぜ」

 長四郎はそう言い終えると、ぬるくなりつつあるコーラを飲む。

「それと、一川さんが教えてくれたけど、里奈ちゃんは正直に自供しているらしいし。

素直に自供しているので理由を聞いたら、「燐が受け止めてちゃんと、聞いてくれたから」って答えたらしいよ」

 その言葉聞き、燐は大粒の涙を流し始めた。

「泣くなよぉ~」

 長四郎はそっと、ティッシュを差し出す。

「ごめん、ごめん」

「里奈ちゃんは良い友達を持ったよな。俺にとっては、災厄だけどな」

「それ、どう意味よ?」

 殺気を感じ恐る恐る燐の方に目を向けると、こちらを迫力ある形相で長四郎を見ていた。

「ああ、聞こえてた?」

「よく聞こえた。誰が災厄だって!」

 燐はすくっと立ち上がると、指をぽきぽきと鳴らし始め戦闘準備に入る。

「言葉の絢というか・・・・・・いつも通りのラモちゃんに戻って、何よりだ」

 顔を引きつらせながら、誤魔化そうとする長四郎。

「そう。災厄って意味で、でしょ?」

「うん。いや、違う!!!」

 すぐ様、否定したが時すでに遅し。

 長四郎の断末魔が、町中に響き渡るのだった。

 里奈は東京拘置所で、裁判の時を待っていた。

 結局、海外にいる両親は帰国せず弁護士だけ寄越しただけであった。

「ご両親は私を雇う代わりに、縁を切るとおっしゃっていました」

 接見に来た弁護士に、真っ先にそう言われた里奈。

 そこから裁判での戦略を淡々と聞かされた。

 責任能力がない方向で、無罪判決を目指すと言われた。

 でも、里奈自身は自分が犯した罪から目を背けるつもりはなく、死刑になっても仕方ないとも思っていた。

 両親から見放され、唯一の兄妹も自分の手で殺めてしまった。

 そして、友ももう居ない。

 自分のような犯罪者と付き合ってくれる人間は居ない。

 自業自得ではあるのだが。

 そんな世界に未練はない故に、死刑にして欲しいと。

 でも、未成年者が死刑になることになんてない。

 出所したらどこか遠くで、自殺しよう。

 そんな事を考えながら裁判までの日々を過ごしていた。

 そんなある日、一川警部と絢巡査長が里奈の入っている房を訪れた。

「よぉ、元気?」

 一川警部が入ってくるなり、明るく声を掛けてくる。

「はい、お陰様で」

「良かった。今日来たのは、ラモちゃんから手紙を預かってきたの」

 絢巡査長は用件を伝えながら、バックから可愛い封筒を取り出す。

「ラモちゃん?」

 聞き覚えのない名前に聞き返すと絢巡査長が答える。

「ああ、燐ちゃんのことね。私達、普段そう呼んでいるの」

 燐はこの人達にそう呼ばれていたのかと、燐の新たな一面を知れて里奈は少し嬉しくなる。

「そうなんですね」

「早く、手紙を読んであげてよ。「どうしても、里奈ちゃんに渡して欲しい」って言われたけん」

 一川警部にそうせっつかれ、里奈は封を開け手紙を読むと泣き崩れる。

「えっ!! なんかまずいこと書いてあったと?」

 一川警部の問いに、里奈は首を横に振り否定する。

「もし良かったら、読ませてくれない?」

 絢巡査長がそう言うと、嗚咽を漏らしながら手紙を差し出す里奈。

「ごめんね」

 そう断わりを入れ受け取ると、二人は手紙の中身を読む。

 そこには、一文だけ書かれていた。

“里奈と私は、ずっ友だから。出所したら、また会おう!!!”と。                                             


                                     完

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