映画-22

 茨城空港の国際線の搭乗口ロビーで、搭乗のアナウンスを待つ里奈。

 そして、里奈の隣に誰かが座る。

「おい、別れの挨拶はなしか?」

 変な輩に絡まれたなと思ったのだが、声に聞き覚えがあり隣に座る人間を見ると燐であった。

「フルスピードで走るのが俺の人生であった。だから、お前と俺は兄弟だった、お前も同じだったから・・・・・・これで、合ってたってけ?」

「合っているよ。

にしても、上海に行くとは聞いてなかったな」

「ごめん」

 真っ直ぐ前を見つめながら二人は、会話を続ける。

「で、私に何の用?」

 燐がここへ来た目的を尋ねる。

「それは・・・・・・道を踏み外した愛すべき友達を連れ戻すためかな?」

「私をね。どこまで知っているの?」

「全部。って、言いたいところだけどそれは噓。

ねぇ、どうしてこんなことやったの?」

「私もよく分からない。最初はあのクソババアを殺ったら、それで終わりだったんだよ。

でも、クソババアのご所望通り本当の殺人鬼になっちゃった・・・・・・」

 里奈は声を震わせ話し始めた。

 燐は池元 知美の事をそう呼んでいたことをそこで初めて知った。

「そう」

 素っ気ない返事をする燐。

「どうしたら良いんだろう。私」

「普通は、自首するしかないんじゃないかな。

でもさ、高飛びしようとしているって事は里奈としてではなく殺人鬼として行動しているよね」

「そう、かもね」

「ねぇ、そこまで里奈を追い詰めるって並大抵の事じゃないと思うんだけど。

そのクソババアに何を言われたの?」

「この仕事を始めてさ、毎日、毎日「あんたは、ダメだ」「役になりきれていない」って言われ続けてプライベートまで監視されて終いには、「あんたの兄は獄潰しだ」「無価値だ」とか関係のない家族まで罵倒してきたの」

「キツイね」

「うん。それで、今回の殺人鬼役が決まってからもっと酷かった。学校と現場での仕事以外は、あの稽古部屋に缶詰めにされて演技指導という名の罵倒の嵐。自殺を考えたわ。そんな私を見てお兄ちゃんは心配になったんだろうね。事務所にマネージャーを変えてくれって頼んだみたい。それがクソババアの気に障ったみたいで、お兄ちゃんにも嫌がらせをし始めたんだよね」

「それで、殺そうと思ったの?」

「ううん」首を横に振り里奈は否定する。

「じゃあ、何?」

「クソババアが言ったんだよね。「あんた、いっそ人を殺してみなさい。そしたら殺人鬼の気持ちが分かるから」って。だったら、このクソババアをころしてしまおう。

そしたら、お兄ちゃんも嫌がらせをせずに済むってね」

「でも、お兄さんを身代わりにするような事をする必要はないじゃん」

「それはね、今回の脚本にあった通りしただけ。でも、クソババアを殺す動機があるのは私もそうだし。直ぐに、警察が私のところに来ると思ったんだけどね」

「来たことは、来たんでしょ」

「でも、私が犯人だと思ってなかったみたい」

「そうだったんだ。一番気になる事を聞いても?」

「何?」

「なんで、関係のない人達も殺したの? 実のお兄さんまで」

「正直、分からないよ。気付いたら、殺していた」

「噓。計画的犯行でしょ、全部」

「そうね。お兄ちゃんに全部の罪を被せてた。やっている時は、自分は殺人鬼だから当然と思っていたんだよね」

「何それ、そんなんで許されると思ってんの? さっきから黙って聞いてたら、全部他人事じゃん!! あんたが殺したんだよ!! 里奈のこの手で!!!」

 里奈の手を掴んで、自分が殺人を犯したことを自覚させようとする燐。

「分っているよ!!! 自分の事だもん・・・・・・」

 里奈はそう言いながら、燐の手を振り払う。

「里奈・・・・・・」

「クソババアを殺した時からずっと、ずっと血が拭えないの!!!」

 里奈は自分の両手をむしり始めると燐が抱きしめる。

「その血を拭うために、関係ない人達を殺害していったの?」

 燐のその言葉に、静かに頷く。

「お兄ちゃんも同じ事を私にした。でも、私は・・・・・・」

「もういいよ。それ以上は」

 燐の服そして里奈の服が互いの涙で濡れ始める。

「わ、私は・・・・・・」

 里奈は自分が犯した罪を自白していく。

 池元 知美を殺害してから、おかしくなった。

 犯行時、手袋を使用していたのに時々、自分の素手に手袋に付着した血が浮かび上がるようになった。

 何度も何度も洗い流そうとしても落ちなかった。

 里奈は思った。

 自分の手を別の人間の血で染め上げ、洗い流せばこの血の痕は消えると。

 それを実行する為、身近な人間を殺害するのはマズいと踏み偶々、撮影所に弁当の配達をしに来ていた2人目の被害者・心当 シランに目を付けた。

 配達を終えて帰社しようとするシランに話しかけ、世間話がてら彼女の情報を色々と聞き出した。

 バラエティー番組でのインタビュー仕事が生きた瞬間であった。

 彼女のプライベートの情報まで聞き出すことに成功した。

 すぐに実行を起こした。

 彼女が帰宅する時間を見計らって、知美を殺害した時の移動手段として借りた恵一が乗っている同じ車種のレンタルバイクで尾行する。

 人気のない場所に来たところで声を掛ける。

 相手が再会に驚いているその隙にナイフを立て相手を殺害した。

 3件目の動転 シタオの時も同様の手口だった。

 だが、血は拭えなかった。

 刺殺がダメなら、絞殺に変えようと決めロケで出会った時計屋の主人・関係 ダイジをターゲットとした。

 修理して欲しい時計があると頼むと快く引き受けてくれた。

 時間は里奈から閉店後の指定し、ダイジから防犯カメラが無い裏口から入るように指示を受けた。

 事件当日、裏口から入り犯行に及んだ。

 しかし、犯行を変えても血は消えるどころか、染まっていく一方であった。

 4件目の結婚プランナーの護身 まきを刺殺して3日が経とうとしていた頃、自宅のキッチンで自分の手に付いた血を洗い流している所を帰宅して間もない恵一に見られた。

「何で、汚れてもない手をそんなに洗っているの?」

「何、言ってんの? 汚れてるじゃん!!!」

 里奈は自分の手を恵一に見せる。

 が、里奈の手は汚れ一つない状態であった。

「里奈、大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ」

 その日は、そのまま何事もなく終えた。

 だが、里奈はこの出来事がきっかけで少し落ち着きを取り戻し、普段通りの日常を過ごしていた。

 2週間が経とうしている時、遂に殺人鬼として人を殺すシーンの撮影をした。

 そこから、また手が血で染まり始め、5人目の長井 コウジを殺害した。

 恵一は里奈に違和感を覚えており、里奈が怪しい動きをしていたので気づかれないよう尾行すると長井 コウジの殺害現場に出くわす。

 恵一は考えた。

 妹は他にも人を殺してあるのではないかと。

 池元 知美が殺された場所は、自分と最後に会った倉庫の近くであった。

 これは偶然ではないかもしれない。

 そう考え、直近のニュースを調べると里奈が撮影で訪れた時計屋、結婚式場の関係者が殺害されていた。

 2代目のマネージャーから里奈のスケジュールは送られてきていたので、里奈がどこで撮影していた把握できた。

 それで、確信した自分の妹は大量殺人を犯していると。

 海外に居る両親には、気安く話ができる内容じゃない。

 自身でウラどりをすることにした。

 2件目、3件目の事件は勘で繋がりがあると信じて、自分が聞き込み出来そうな所を巡った。

 だが、里奈が来たのは撮影の時だけで、来たこともないというものであった。

 そして、恵一は里奈の良心に訴えかけることを決め、里奈に話があると言うと以前、使っていた稽古部屋に来て欲しいと言われ指定された時刻に訪れると、部屋に通されるといきなりスタンガンを当てられ気絶させられた。

 気づくと手を手錠で拘束され、周りには携帯トイレ、1週間分ほどの食料と水が置いてあり里奈の姿は無かった。

 里奈はその間にも化粧品会社社長・阿部 フネを映画のタイアップ企画の撮影の際に、彼女が飲むお茶にネットで購入した毒物を入れて殺害した。

 その5日後、見逃 ヒロシを2件目の要領で絞殺した。

 何人を殺しても、血を拭いきれなかった。

 そんな時、燐が心配そうに声を掛けてきた。

 本当の事は言えないが、監禁している兄を行方不明者になっていることにして誤魔化そうとした。

 そしたら、燐から思わぬ提案を受けた。

 探偵を雇うというのだ。

 里奈は、監禁している兄を見つけっこないと高を括っていたので、長四郎に依頼を出した。

 長四郎が恵一を追って行くうちに、自分の犯行に気づいたのかもしれないと思う里奈。

 長四郎達の目を完全に兄に向ける為、ロケ現場であった多摩 スミを殺害。

 その後、監禁していた兄の元へ向かう。

 元々、全てを知ってしまった兄を殺害し、兄の犯行に見せかけそこから自殺したと考えていたのだ。

 久しぶりに部屋に入ると恵一は生きていた。

 虚ろな目で里奈を見てくる。

 居たたまれなくなった里奈は恵一の手錠を外すと、恵一は里奈を抱きしめた。

 衰弱しながらも力強く抱きしめる。

 里奈は号泣し、謝る。

「ごめん、ごめんね。お兄ちゃん」

「あ、あああ」

 声を出すのも精一杯ながら、なんとか返事をしようとする恵一。

「お兄ちゃん、これ飲んで」

 里奈は落ち着いたタイミングで、毒入りの飲み物を差し出す。

 口を震わせながら、恵一はその飲み物を必死に口の中に流し込む。

 すると、すぐに苦しみ始めそのまま死んだ。

 里奈は涙をこらえ、恵一がこの部屋で暮らしていた痕跡を作る。

 冷蔵庫に飲み物を詰め込み、洗面所や風呂場にも使っていたような痕跡を作った。

 その際、燐と共に買ったキーホルダーを落とした事に気づかず現場を去った。

「ごめん、ごめんんさぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」

 自白を終えた里奈の言葉が、搭乗口ロビーにこだまする。

 燐は何も言わず、一生懸命に里奈を抱きしめ苦しい気持ちを受け止めようとする。

 その様子を長四郎達は物陰から見ていた。

「長さん、行かなくてええと?」一川警部が長四郎に尋ねる。

「ラモちゃんに任せましょう」

「そうですね」

 長四郎の言葉に賛同する絢巡査長。

「許して、許してぇぇぇぇぇ!!!」

「ごめんね。気づいてあげれなくて。ごめんね」

 燐もまた里奈の苦しみに気づけない自分に怒り、自分が捜索しようなんて言わなければ良かったという後悔そして、友の手をこれ以上、汚さずに済んだという思いに駆られながら今、掛けられる言葉を囁く。

 それから暫く燐と里奈の泣き声が、ロビーに響き渡るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る