映画-8

 その夜、長四郎は警視庁本部にある命捜班の部屋へ来ていた。

「喧嘩したと!?」

 一川警部は素っ頓狂な声を上げ長四郎が昼間、燐と仲違いしたことに驚く。

「いや、喧嘩じゃなくて。向こうが一方的に怒ったそれだけの事ですよ」

 呆れ口調の長四郎は、出された珈琲を飲む。

「長さんもやるねぇ~」

「そんな事より、どうだったんですか? 聞き込みの方は」

 一川警部達もまた長四郎と並行して、聞き込みを行っていた。

「ああ、それね。絢ちゃん、説明してあげてくれんね」

 だが、返答はない。

「絢ちゃんなら、夜食の買い出しに行ったじゃないですか」

「ああ、そうやったね」

「上に立つのもなんですね。すぐに部下に仕事押し付けようとするんだから」

「これは手厳しいね。良いでしょう。説明するけん。よぉ~く、聞いてね」

「ほっほぉ~い」

「まず、運送屋は撮影所に出入りすることはある様やね。でも、固定の配送員じゃないんやって。それと長さんの探している人物は顔を見せとらんかった」

「ふむふむ。次、どうぞ」

「自販機補充会社は、固定の人物が配送していてね。被害者は、あの撮影所も担当しとった事が分かったと。そんで、清掃業者もここと同じで固定の人が担当しとるんやって。

被害者も撮影所に出入りしていたことは確認済みたい」

「2人共、違う撮影所ですけどね」

 買い出しから戻った絢巡査長が、補足説明する。

「違う撮影所?」

「大泉にある撮影所の担当でした」

 そう言いながら、買ってきた牛丼を袋から出しテーブルに並べる絢巡査長。

「緑茶でいいよね」

 長四郎は茶葉を部屋にあった急須に入れながら、2人に確認する。

「ええよ」

「はい、お願いします」

 各々の了承を得て、急須にお湯を入れながら長四郎は話を続ける。

「で、恵一って奴は聞き込みをしてたの?」

「それはしていなかったみたいです」

 絢巡査長は長四郎が淹れたお茶が入った湯吞を受け取り、お茶をすする。

「ほんじゃあ、頂きます!!!」

 長四郎の頂きますの挨拶で、3人は買ってきた牛丼を食べる。

「で、長さんはこれからどうするとね?」

「そうですね。

一度、妹の里奈ちゃんに張り付いてみようかなと」

「やっぱり、三玖瑠里奈が事件に関わっているからですか?」

「いや、それは何とも。兄貴が一連の事件に妹が関わっていると思って調べているのか?それとも自分に疑いの目が向かないよう、「妹の事を調べてます。」って妹に目が向かうようの工作とも考えられるのでね」

「じゃあ、長さんはそっちの方の調査を頼むわ。あたし達は、今日まで調べた事を各捜査本部に共有しとくけん」

「お願いします」

 一川警部達と以上の打ち合わせをして、牛丼を食べ終えた長四郎帰宅し明日の調査に備え身体を休めるのであった。

 次の日、里奈に適当な理由をつけて1日共に同行する事の許しを得た長四郎は、大泉の撮影所に向かった。

「今日は、第2マネージャーとしてここには入場してもらいますので」

 マネージャーの舞香が入場証を長四郎に渡してくる。

「すいません。急に」

「いえ、今日は助手の子いないんですね」

「ええ、あいつは使えなくてクビにしました」

「そうだったんですか」

 そこから会話は途切れ、黙ったまま舞香について行く。

 メイク室に着いた2人。

 舞香から注意事項を再度、説明を受ける。

「良いですか? 撮影中は静かにする。里奈は役に集中しているので、撮影後すぐには声をかけない。必ずこれを守って下さい」

「はい、分かりました」

 長四郎は頷いて了承した旨を伝える。

「失礼します」

 舞香がメイク室のドアをノックしてから中に入る。

「里奈、連れて来たわよ」

 メイクしている里奈に話しかける舞香。

「どうも、すいません。お忙しい中」

 長四郎もまた、メイク中の里奈に挨拶する。

「いえいえ、あの兄は・・・・・・」

「申し訳ありません。まだ、見つかっていません」長四郎は素直に現状を伝える。

「そうですか」

 素っ気ない返事をし、置いてあった台本に目を通す里奈。

 その様子を見て長四郎は、違和感を覚える。

 里奈はメイクを終え、撮影スタジオに移動するのをついて行く長四郎。

 撮影スタジオの前に着くと、里奈だけスタジオに入って行く。

「私達はあそこの喫茶で、撮影が終わるまで待機です」

 舞香にそう言われて喫茶に移動する長四郎。

「あの、どうして今回は見学しないんですか?」

「監督の意向なんです。俳優、スタッフ以外の部外者は立ち入っていけないとの事で」

「へぇ~ そんな芸術肌な監督今でもいるんすね」

 そんな会話をしながら、喫茶に入り珈琲を頼む2人。

「あの、ここで話す内容か分からないんですけど・・・・・・」

「何でしょう」

「池元知美さんをご存知ですか?」

「え?」

 舞香の右眉が挙がる。

「いや、実はお兄さんの失踪に関わっている? かもしれません」

「そうなんですか!?」それを聞き、話に食いついてくる舞香。

「かもしれないだけなんで。池元さんは、どの様な方だったんですか?」

「池元は里奈を見つけ、あそこまで押し上げた功績者です」

「凄い方だったんですね」

「ええ、でも・・・・・・」

「でも?」

「オフレコでお願いします」

「お約束します」

 そこから、舞香は小声で話し始める。

「実は、里奈の事務所移籍の話があったんです。理由が」

「理由は、池元さんにあると」

 長四郎のその言葉に頷く。

「私生活まで大きく口を出していたようなんです。タワマンに住んでいるのもそのせいです」

「ほう」

 興味深そうに舞香の話に聞き耳をたてる。

「里奈の両親は、すでに他界していて保護者代わりのお兄さんにも酷いことを言っていたみたいで。里奈は、それが一番気に入らなかったと今では言っていました」

「そうですか。具体的にはどの様な事を?」

「そこまでは・・・・・・それに、演技指導も行き過ぎていたとも言えますね」

「というと?」

「いや、先程も伝えた「里奈は役に集中しているので、撮影後すぐには声をかけない」というのも池元のせいなんです。役作りにのめり込みすぎて、役になりきったまま過ごす癖が出てきてしまって」

「そこまで行くと逆に凄いですね」

「はい。それで、今、殺人鬼の役をやっていて・・・・・・」

「何か?」

「ちょっと、怖いというか、何というか・・・・・・」

 舞香は恐怖に怯えた表情を見せる。

「殺人鬼・・・・・・もし、宜しかったらその台本見せて頂けませんか?

勿論、口外はしないことをお約束します」

「分かりました」

 バックから台本を取り出し、長四郎に渡す。

「拝見します」

 長四郎は里奈の撮影が終わるまでの間、ずっとその台本を隅から隅まで目を通すのであった。

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