映画-7

 次の日は、土曜日であった。

 長四郎の調査に燐が自然と付いて来た。

 恵一の部屋で見た一連の事件の切り抜き記事から、恵一が被害者若しくはその関係者と接触しているのではないかと推察し、4件目の事件の被害者、関係ダイジの職場である時計屋を訪れていた。

 応対してくれたのは、ダイジの妻のナイ子であった。

「この方、店を訪ねて来られましたか?」

 長四郎は密かに里奈から貰った恵一の写真を見せる。

 老眼鏡をかけてスマホの写真をまじまじと見て記憶を引き出そうとする。

「あっ!! 来られました。来られました」

「いつですか?」

「え~っと、主人が死んで2週間が経ったあたりだったかしら」

「覚えていたら何ですけど、どの様なお話を?」

「ああ、それなら覚えていますよ。里奈ちゃんが事件当日、ここへ来なかったかと聞かれました」

「で、来られていたんですか?」

「いいえ。一応、防犯カメラの録画データを見て確認しましたから」

 ナイ子は店の角に設置されている防犯カメラに視線を向ける。

「この人が訪ねてきた日の録画データ残っていますか?」

「多分、ありますよ。見せましょうか?」

「お願いします」

「ちょっと、パソコン取ってきますから。

お待ちください」

 ナイ子はパソコンを取りに、店の奥に引っ込んでいく。

「ねぇ、なんで里奈が来ていると思ったんだろうね。お兄さんは」

「さぁな」

 燐の疑問に素っ気ない返しをする長四郎。

 長四郎は眉間に皴を寄せ、ブツブツと何かを呟いている。

 燐はそれを見てまた始まったと思う。

 長四郎は考え事に集中すると、ブツブツと呟く悪い癖があるのを一川警部から教えてもらっていた。

 すると、ノートパソコンを抱えたナイ子が戻ってきた。

「お待たせしました。少々お待ちくださいね」

 ナイ子はノートパソコンを開き、該当のデータファイルを開く。

「こちらになります」

 ナイ子は長四郎達に、恵一が映っている時刻の防犯カメラ映像を見せる。

「ありがとうございます」

 長四郎はそう言い、またブツブツと何かを呟きながら映像を見る。

 そうして、恵一が退店する辺りで長四郎はナイ子に尋ねる。

「この後、どこに行くとか言ってましたか?」

「すいません。そこまでは・・・・・・」

「事件当日の映像も見せて頂くことは可能ですか?」

「はい」長四郎が所望する該当データを出すナイ子。

「これです」

「どうも」

 長四郎は早送りしながら、当日の映像をチェックする。

 5分もかからず、チェックし終えた長四郎。

「ありがとうございました。最後に一つだけ宜しいでしょうか?」

「何でしょう」

「女優の三玖瑠里奈さんとは面識があるのでしょうか?」

「いや、自慢みたいに聞こえるみたいで言わなかったんだけど。この店に映画の撮影が来たのよ」

「それは凄いですね」

「でね、主人と完成した映画、観に行こうって言っていたんだけどね・・・・・」

 ナイ子の目に涙が浮かぶ。

「なんかすいません。嫌な事を思い出させてしまったみたいで」

 長四郎は詫びる。

「いえいえ、早く里奈ちゃんのお兄さんが見つかると良いですね」

「はい」長四郎より先に燐が返事する。

「頑張ってね」

「今日はありがとうございました」

 長四郎はナイ子に礼を言うと、燐を連れて店を出る。

 少し歩いた所で、燐が口を開く。

「あんた、本当に里奈のお兄さんのこと探しているの?」

「ちょっと、何言っているか分からない」

「ちゃんと、答えなさいよ。あんた、里奈のお兄さんが何かの事件に関わっているの?」

「I don’t Know」

「で、次はどこ行くの?」

 燐もこれ以上聞いても無駄だと思い、次の行動を質問する。

 燐の問いを受け、長四郎はスマホで時間を見る。

「もうお昼だ。飯代は俺が持つから、飯を食いに行こう」

「分かった」

 燐は腑に落ちないまま、長四郎について行く。

 そうして、2人は撮影所から2km離れた場所にある弁当屋に来た長四郎と燐。

「いらっしゃいませ!」

 気の良さそうなおばちゃんが注文を取りに出てきた。

「え~っと、のり弁一つと・・・・・・ラモちゃんは?」

「えっ! ああ私は」

「唐揚げ弁当のごはん大盛りで。すいません。のり弁もごはん大盛りで」

「はいよっ! のり弁、唐揚げ弁当ごはん大盛りぃ~」

 おばちゃんの威勢のいい声が厨房まで響き渡る。

「あの、私まだ・・・・・・」

 燐はまさか、注文されるとは思わず戸惑う。

「はいよぉ~」とこれまた厨房から威勢のいい返しがくる。

「あの、一つお聞きしたい事がありまして」

「何か?」

 明るく長四郎の用件を聞こうとするおばちゃん。

「この人、こちらに訪ねて来ましたか?」

 恵一の写真を見せると、おばちゃんはすぐ様答える。

「ああ、来たよ。女優の子のお兄さんだよね」

「来ましたか。

用件はやっぱり、妹さんがこちらに来店してきたか?という事でしたか?」

「そうよ。そう。

あんた、凄いわね」

「いえいえ」

 おばちゃんに褒められ謙遜する長四郎。

「のり弁、唐揚げ弁当ごはん大盛りあがりぃ~」

 厨房から弁当の容器が出てきた。

「袋入れるから待っててね。これ、サービス」

 おばちゃんは手際よく袋詰めしながら、ペットボトルのお茶を無料で入れてくれた。

「ありがとうございます」と言いながら長四郎は、頭を軽く下げる。

「1,220円になります」長四郎は釣銭なく現金で支払う。

「丁度ね。毎度ぉ~」

 弁当の入った袋を受け取った長四郎は、店を出てすぐ近くの公園に移動する。

「ラモちゃん、やけに静かだけど、どうした?」

 長四郎はベンチに座り弁当を袋から取り出しながら、突っ立ている燐に話しかける。

「ねぇ、あんたは何を調べているの?」

「何って。里奈ちゃんのお兄さんの行方。」

「噓」

「噓じゃないよ。ちゃんと、お兄さんのことを聞きまわっているだろう」

「じゃあ、何で里奈の話題が挙がるのよ」

「有名人だからじゃね? お兄さんは、「俺の妹は有名人です!!」って自慢したいだけじゃないのかね」

「何で、見ず知らずの町の弁当屋さんに来て「自分の妹が来ましたか?」って聞いて回る必要があるのよ!!」

「知らねぇよ。さっきから何で、何で、ばっかじゃん。腹減って、気が立っているみたいだから食べな」長四郎はそう言って、唐揚げ弁当ごはん大盛りを燐に突き出す。

「ふんっ!!」

 燐は弁当を奪い取って、長四郎の隣に座り黙って食べ始める。

 困った女子高生だと思いながら長四郎は、のり弁ごはん大盛りを食べる。

 1時間程、休憩し長四郎達は再び、行動を開始した。

 次に訪れたのは、結婚式場であった。

 式場に入るとすぐに声をかけられた。

「会場の見学をなされますか?」

 声をかけてきたのは、ここの結婚プランナーであろう女性従業員であった。

「いえ、見学に来たのではなくて人を探してここに」

「人探しですか?」

 長四郎のその発言を受けて、訝しむ結婚プランナー。

「この男性、こちらに来られませんでしたか?」

 長四郎は恵一の写真を見せながら尋ねる。

「この方が何か?」

 見ず知らずの部外者には、答えられないと言った感じで具体的な内容を聞こうとする。

「私、こう言う者です」

 長四郎は名刺を渡す。

「あ、探偵さんでしたか。あの婚約直前に逃げたとかそう言った感じですか?」

「まぁ、そんな所です」

 長四郎のその言葉に、燐は噓つけと思う。

「スマホ、お借りしても良いですか?」

「ええ、どうぞ」

 恵一の映ったスマホを持って、同僚に聞きまわりに行ってくれた。

「あんた、あんな事言って良いの?」

「まぁ、浮気調査とか結婚詐欺の調査とか本来の探偵稼業でよく訪れるんだ。で、中にはあの人みたいに調査に協力してくれる人もいる。必ずしもそう上手くいくとは限らないけど。今日は、ラッキーだった」

「ふ~ん」

 燐はつまらなさそうに返事する。

「お待たせしました」

 別の結婚プランナーを連れて戻ってきた。

「この子が、応対した事があるそうです。説明してあげて」

 連れてこられた結婚プランナーが話し出す。

「護身さんが殺されて2週間が経った辺りに、訪ねて来られました」

「用件は、「妹の三玖瑠里奈が訪ねて来なかったか?」ですよね?」

「はい。どうして、分かったんですか?」

 驚いた表情を見せる結婚プランナー。

「まぁ、名探偵な者で」

 ドヤって見せる長四郎。

「何が、名探偵よ!」

 長四郎の頭をスパーンっと叩く燐。

「痛っ!」

「ありがとうございました。失礼します」

 燐は2人のプランナーに挨拶をし、長四郎の耳を引っ張りながら式場を後にする。

「痛い! 痛い! 離してっ!! 離してって!!!」

 長四郎はジタバタしていると、人気が少ない路地裏で解放された。

「痛ぁ~」

 引っ張られていた左耳を抑えながら燐を見ると、「何故、私に本当のことを言わないのか?」と言った顔で長四郎を見ていた。

「もうお腹すいちゃった?」

「誤魔化さないでよ! 何を隠しているの?」

 長四郎のジョークを、ぴしゃりと断つ燐。

「隠すも何もないよ」

「本当のことを言いなさいよ!! 私はあんたの助手なんだから!!!」

 燐は掴みかかり壁ドンする。

「ラモちゃん、そんなに俺の言う事が信じられないなら、この事件から降りろ」

「はぁ?」

「はい、もう決まり。ここで、解散!!」

 長四郎は燐の手を放し、1人どこかへと歩いて行く。

「馬鹿野郎!!!」

 長四郎に悪態をつき、燐は逆方向に歩きだした。

 こうして2人は決別し、別々に事件を追って行くことになる。


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