話合-4

「長さんに、何があったと?」

 一川警部の問いに、隣に座る絢巡査長もうんうんと頷く。

「こ、これはですね」

 顔中絆創膏だらけで白目を向いて気絶している長四郎を他所に、燐が事の顛末を語る。

 長四郎と燐は追っかけっこを続けていた。

 しびれを切らした燐は、華麗な飛び蹴りを長四郎の背中目掛けて浴びせる。

 これまた華麗に宙を舞い違法駐輪している自転車に頭から突っ込む。

 気絶した長四郎を救出した燐は、長四郎を担いでここまで来たというわけだ。

「そんな事がねぇ~ラモちゃん、意外と力持ちなのね」

 その瞬間、絢巡査長の手が一川警部の後頭部を掴むと同時に、一川警部の顔面が机にめり込む。

「話を続けましょう」

 絢巡査長は、この状況に何もツッコまず本題に入ろうとする。

「それで、これが被害者から検出された毒化合物です」

 絢巡査長は毒化合物の分析結果が記載された書類を全員が見れるように置く。

「青酸カリの成分に似てますけど、違いますね」

 長四郎が成分表を見て発言する。

「い、いつのまに!?」

 燐は自然と意識を取り戻している長四郎に驚く。

「そうなんです。監察医も新手に毒化合物ではないかと言ってました」

「これ、過去に使用されたというようなことは?」

「それは今、調べてもらってる」

 めりこんだ顔を上げて喋る一川警部。

「例のネタ帳は見つかりましたか?」

「すいません。失念していました」

 絢巡査長は、頭を下げて長四郎に謝罪する。

「まぁ、急ぎじゃないんで」

「長さんは、楽屋にいた人間の中に犯人がおると考えとう?」

「いや、今は何とも。でも、ネタ帳が俺の中で引っかかってます」

「その根拠は?」

 絢巡査長が質問する。

「いや、被害者の人は創作落語界の新星と呼ばれている人ですよ。

今、ネットで調べたら話もどうやら自分で書いているみたいで。

ライバルとか同業他社からすればそのネタ帳が欲しいんじゃないかなと」

「じゃあ、同じ創作落語家が犯人やと疑ってる訳ね」

 一川警部は、一人納得する。

「ねぇ、一つ良い?」

 ここで、燐が発言を求める。

「それだけで犯人って決めつけるのは、おかしくない?」

 その一言に、絢巡査長もうんと頷く。

「そんなこと言われたって。ねぇ」

 長四郎は一川警部に助けを求めるが、当の一川警部はあらぬ方向を向いて我関せずといった感じで無視する。

 今にも「このハゲェェェェェェェェ!!!!」と叫びたくなったが、長四郎はぐっとこらえる。

「ま、まぁ、なんにせよ。事件を解決しないとな」

 顔を引きつらせながら、誤魔化す長四郎。

「それとさ、あんた。今回の依頼は事件解決じゃなくて、お父さんが桂太郎君に何を伝えたかったのかを調べることでしょ」

「ぐっ!?」

 長四郎は、痛い所をつかれたと思っていると「それ、本当ですか?」と絢巡査長が聞いてくる。

「信じるか、信じないかはあなた次第です!!(関タクスゼイアン風)」

 人差し指を立てドヤ顔を決める長四郎。

「調子に乗るんじゃない!!」

 燐は長四郎を机に叩きつける。

「お~」

 感嘆の声を上げる一川警部に、ギロっと睨みつける燐。

「すいません」と謝り、一川警部は身体を縮こめ小さくなる。

「長四郎さん達は、桂太郎君の依頼に専念してください。事件の捜査は、私達が」

「ちょっと!! それは困るばい!!!」

 一川警部は咄嗟に反対するのだが、絢巡査長、燐から冷たい視線を向けられ蛇に睨まれた蛙の如く一川警部は「何でもないです」と一言だけ返し、そのまま黙った。

「では、私達はこれから捜査本部のある浅草署に行くから。

これからは、警視庁本部ではなくこちらを訪ねてください」

「分かりました」絢巡査長にハキハキとしたと返事をする燐。

「行きますよ。一川さん」

「はい」

 一方、一川警部はハキハキとしていない返事をしながら絢巡査長に付いて店を後にした。

「ねぇ、いつまでそうやってるの?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「もう一発、お見舞いしようか?」

 燐のその一言で長四郎は顔を上げ、行くぞ」とだけ言い店を出る。

「あ、待ってよ!!」

 燐も慌てて追いかけて店を出ようとした所、マスターに呼び止められる。

「お客さん、会計まだだよ」

「えっ!? あのハゲおっさん料金払ってないんですか!?」

 燐はてっきり一番の年長者の一川警部が、払いを済ましているものだと思っていた。

「幾らですか?」

「4人合わせて、1200円」

 マスターは静かに答える。

「あの私が川柳を読むので、それをお代の代わりにしてくれませんか?」

「・・・・・・・・・言ってみて」

「夏風や 亡きあの人と ・・・・・ あれ? 次、何だったけ?」

 次の句が思い出せない燐を見て、マスターは「ダメ」とだけ言い放つ。

「分かりました。払います」

 燐の川柳作戦は失敗し1200円を支払い、退店する。

「クソっ! テレビの口だけ猿は上手くいってたのに!!!

あ、こんなことしている場合じゃなかった! 返せ、私の900円!!!!!」

 燐は長四郎を追跡するという目的から、長四郎達から立て替えた分のお金を徴収することに切り替え走り出すのだった。

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