第9話

 狙撃手からポーチごと奪ったジャンボは、弾数も心配することなく、目の前を塞ぐ手下をどんどん撃ち抜いていった。

ほとんどは頭を撃ち抜かれ即死だ。

死体の山を踏みつけて、ジャンボは歩き続けた。


 あの男を殺さなければ、またチョコとバニラが狙われる。


 ジャンボはの動きは天性のものがあった。

だからこそ京劇の世界でも輝いていたのだ。

しかし全ては遠い昔の話でしかない。

あの人を殺した夜の続きを、ジャンボはさまよった。


 そうしてやっと、あのボスが手下に肩を借りて逃げ出そうとしてる後ろ姿を見つける。


 ジャンボは手下の頭を撃ち抜いた。

ボスと一緒に床に転がり、手下は血をどくどく流して倒れ込む。

ジャンボはボスにも銃口を向けたが、ちょうど弾切れだった。

ポーチの中を探って銃弾を込めてゆく。

その間、ボスは胸の傷のせいで動けなかった。


 そして、何度も何度も命乞いをしていた。



「頼む、殺さないで。もうあんたらに手出しはしないから。俺は兄貴のことなんてどうでもいいんだ。本当だよ。復讐だって義理の母親に指示されてやらされたんだ。

俺の顔を見ただろ?兄貴が跡取り問題で揉める前に俺を殺そうとしたんだ。だから本当にもう、二度と姿を表さないから……!」



 必死な声に答えず、ジャンボはただ弾を込めていた。

そのまま銃口をボスに向ける。

やめてくれ、頼む、助けて、と声が響く。

ジャンボは闇に飲み込まれ、感情のない顔でその姿を見下していた。

そして、引き金に指を。



「ジャンボ!!!」



 動作が止まる。

一部始終を見ていたバニラが、ジャンボを呼んだ。

その叫び声は船内の別のところにいた潘岳と潘雲にも聞こえており「なんで戻ってきたんだ」と唇を噛むが、まだ手下が目の前に数人いた。

すぐには駆けつけられない。


 チョコは一人、船の外で震えていた。

銃の重みが手から離れなくて、バニラもここにいなくて、自分で自分の腕を抱えて泣いていた。


 そんなチョコのこともバニラは口にする。



「帰ろうよ、ジャンボ。チョコも泣いてる」

「こいつを殺したらすぐ行くよ」



 やっと返ってきた声はドロリと歪み、地の底を這いずるような声だった。

また引き金がひかれそうになる。

ボスは怯えて震えずっと命乞いをしている。

バニラはまた叫んだ。



「やめて!」



 バニラはジャンボに駆け寄る。

そして、ジャンボを横に押し、銃口をそらした。

その瞬間に銃弾が放たれる。

しかし、その弾はただ壁にめり込み、誰も傷つけなかった。



「ジャンボ!この人もう泣いてるよ。きっともう何もしないよ。ね?」



 多少の威圧を込めて、バニラはボスの方を振り返る。

ボスはブンブンと頭を縦にふった。



「ジャンボ、お願いだから……家に帰ろう。もう大丈夫だから」



 血まみれの手を、バニラは躊躇わずに握った。

14歳の手はまだまだ小さかった。

それに温かかった。


 ジャンボは無言の内に、銃が手から離れて転がる。

そして、バニラに触れようとしたが、手は小さく震えて触れることを拒んだ。

こんな人殺しの手を。


 バニラはその手も握った。

冷たく青ざめた顔と同じように、手も冷たくなっていた。

バニラはその手を離さなかった。


 途端に、ジャンボの中の張り詰めた糸が切れる。

ボロボロと涙がジャンボからこぼれた。



「もうこんなこと、しなくていいから。俺たちだってジャンボのこと大事なんだよ」



 ジャンボはまだなにも喋れずに泣き続けた。

そして、バニラを抱きしめる。

バニラもジャンボを抱きしめた。

誰かを守るために突き進むのは、ジャンボもバニラもそっくりだった。


 きっとあの瞬間、拳銃を手にしたのがチョコでなければ、自分だったら撃っていただろう。

チョコをバカにしてるわけじゃない。

真っ先に飛び出して拳銃を拾ったのはチョコだったのだから。


 三人とも互いを守りたかった。

その道が血に浸されていようとも。


 そうしている内に、潘岳と潘雲がなんとか二人の元に追いついた。

ボスの傍らにはジャンボが構えた銃が落ちていたが、ボスはもう構えることもしなかった。

本当に誰も望んでいない事件だったのかもしれない。

潘岳と潘雲は、ボスを警戒しながらも、泣き続ける二人をなんとかなだめて、船外へと連れてゆく。

後のことは誰かが何とかするだろう。

それは彼らの仕事では無いのだ。


 彼らはおまわりではなく、列車長なのだから。



「列車長の域、はるかに越えちゃったねぇ〜」



 潘雲はすこし自嘲するように笑う。

おまわりどころではない、本当に。



「とにかくみんな無事で良かったじゃないか」

「兄貴がなんやかんや一番重傷なんだからね」



 双子はいつもの声に戻り、桟橋を歩く。

そんな4人の姿を見て、チョコは物陰から飛び出し、泣きながらジャンボにしがみついた。

ジャンボはやっと自分の体の感覚を取り戻したように、ぎこちなくその頭を撫でる。


 家に帰ろう。

5人はみんなボロボロだが、やっと家路についた。

四合院の庭で倒れてるはずの手下については、隣人がちゃんと本物のお巡りを呼んでくれたらしい。



「じゃあ、また駅で」



 双子は笑顔で去っていった。

ジャンボはまだ、うまく反応できない。

そんなジャンボの腕を掴んで、バニラが振った。


 ふっとまた気が緩む。

ジャンボは泣いてばかりで声も出さなかったが、やっと一言だけ話せた。



「ありがとう」



 バニラは笑った。

そしてその目がだんだんとふやけて、涙がこぼれた。

ジャンボはぎこちなく頭を撫でる。

チョコも自然と泣いていた。

ジャンボはもう一言だけ、優しい声で言った。



「家に帰ろう」



 トロリーバスはもう遅すぎて走ってない。

3輪タクシーを停めて、血まみれの姿にめちゃくちゃに驚かれて、簡単に事情を説明すると、同情とともに乗せて貰えた。

「一応警察には話すけどいいかい?」と聞かれ、ゆっくり頷く。


 チョコとバニラは疲れきって、ジャンボに持たれて眠っていた。

そんな二人を撫でようとして、手がぐっと避けたが、血まみれの手を握ってくれたバニラの温かさを思い出す。

そっと、二人の頬に触れた。

とても温かくて、大切で、ジャンボはまた泣いていた。


 タクシーは四合院へと走る。

ボロボロの三人を気遣って、優しい運転で走った。

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