第7話

「江白さん、やっと見つけたよ」



 ジャンボがコンテナから抜け出して3〜40分経ったくらいの頃。

あの駅舎の前で会った偉そうな男の声が聞こえた。

ぐるりと振り返ると、銃やらなにやら、火力の高そうな手下を引き連れて、狐面のままやれやれとわざとらしいジェスチャーをする。



「何人殺したの?」



 ジャンボは血まみれになっていた。

目ばかりギラつかせ、声も出さない。

手にも腰にも、手下たちから奪い集めた武器を抱えていた。



「こんなにも厄介な相手だとは思わなかった。見くびってたよ。ごめんね」



 そういいながら、狐面の男は後ろに合図を送った。

すると、拘束されたチョコとバニラが、手下に引きずられてジャンボの前にやってくる。



「ジャンボ……」



 二人は拘束されていることよりも、目の前のジャンボの姿が信じられず、瞳を揺らした。

しかし、まだジャンボはあの悪夢から出てこようとはしない。

薄く開いた口から、呪いのような低い声を出した。



「チョコとバニラを返せ」

「この状況分かってる?君たちは完全に負けてるんだよ」

「その子たちは関係ない……何度も言ってるだろ」

「どうせなら三人売った方が手っ取り早」

「俺の息子を返せ!!!」



 目が殺意で紅く染まった。

明らかに勝てる人数でも火力でもない。なのにジャンボは真っ直ぐ突っ込んでいった。

大ぶりの剣をかまえたり、拳銃を持つ手下が迎え撃つよう前に出る……はずだったのだが。



「おらぁ!!!」



 訳の分からないことが起きる。

一番危なそうな拳銃を持った手下が、チョコとバニラを拘束していた手下にねじ伏せられたのだ。

そして拳銃を奪い、そのボスである顔のただれた男の頭に銃口を向ける。


 全員、その姿を見て、理解不能なまま固まった。



「投降しろ。ジャンボとバニラとチョコは返してもらう」



 銃を向けたまま彼は狐面を取り投げ捨てた。

その顔は、列車長の潘岳だった。



「……誰だお前」

「この家族の知り合いだよ」



 チョコとバニラの後ろにいた男も狐面を捨てる。

潘岳とそっくりな顔、双子の弟の潘雲が現れた。

チョコとバニラの拘束はもはや解かれている。



「アンタが四合院に寄こした手下が、ちょうど二人で助かったよ」



 あの死角から斧を持った不審者が、潘岳に斬りかかった瞬間。

誰よりも早く動いた潘雲が、その腕を止めた。

あまりに人間離れした動きに、狐面の二人はゾッとしたのだが、もう逃れるすべはなかった。



「結局俺も巻き込まれちゃったよぉ。まぁ、結果オーライだけどさ」



 のたりと喋る潘雲の姿からは、あの誰もが青ざめるような俊敏な姿は想像できない。

ボスは潘岳に銃を向けられて、両手を上にあげた。

降参する、という合図だと誰もが思った。


 しかし、次の瞬間、潘岳の腕は狙撃される。



「うがっ……」



 落ちる拳銃に、飛び散る血液に、数人の悲鳴。

そんな中、ボスは潘岳を思い切り蹴り飛ばした。

なかなかガタイのいい潘岳は滅多なことでは倒れない。

そのはずなのに、簡単に蹴りあげられて、地面に叩き落とされた。



「カンフーって知ってる?江白さんが演じてるやつのマジモン。江白さんの演技じゃちょっとお粗末な描写もあって、俺は笑っちゃったけどね」



 悠然と歩いてボスは拳銃を拾いに行った。

とっさにチョコが駆け出して、先に拳銃を拾い、その銃口をボスに向ける。



「バカ!!!」



 すぐにバニラが追いつき、チョコを庇って後ろに引いた。

チョコがいた所には、どこからか狙撃の銃弾が突き刺さる。

銃を持ったところで、狙撃手を倒さなければ、彼らに勝ち目はなかった。



「その銃、俺にちょうだい?」



 ボスの表情は狐面に隠され分からない。

しかし、楽しそうにチョコとバニラに声をかけた。

もう狙撃手はまたこちらを狙っているだろう。

せめて今この瞬間、こいつを撃てれば。


 銃口はボスに向けたままだった。

けれど、チョコはガタガタと震えていた。

マチェーテで道行く人を脅した日々はある。

けれど、結局誰も傷つけたことすらもないまま、その日々は終わったのだ。


 ジャンボのおかげで。



「うがっ」



 うめき声が聞こえる。

ふっと三人は同時に、その声の方を見た。

すると、数人の手下に囲まれたジャンボが動き出していた。

ずんずんとこちらに向かってくる。

もちろん止めようと手下は動くのだが、ジャンボはお構いなしに、奪った拳銃で頭を撃ち抜き、その体を盾にして狙撃を防いだ。

片手しか空いていない。銃弾も尽きたはずだ。

なのに、誰もジャンボを止められなかった。


 ジャンボは狙撃手の位置まで把握し、死体を盾にし完全に防ぎながら、向かってきた有象無象を蹴り倒して踏みつけ首を切り裂く。

また返り血が増えた。



「おいおいおい!チョコくんとバニラくんが狙撃されてもいいのか!?」



 狙撃手はくるりと方向を変える。

しかし、潘岳と潘雲が、チョコとバニラを庇うよう抱えて、走り出した。

チョコの震える手から拳銃を抜き取り、そして、狙撃手を目ざとく見つけていた潘岳が、威嚇で撃つ。

移動する足音が頭上から聞こえた。

この瞬間、ボス以外にチョコとバニラを狙うものはいない。


 走りさろうとする四人をボスは追った。

が、しかし、もう遅かった。



「やっとたどり着いた」



 呪いのような地獄の底から響くような声。

背後に迫ったナイフが、頸動脈を狙った。

なんとか避けて、ボスはジャンボをけ飛ばそうとするが、その足にナイフを突き立てる。

狙撃手は、移動してまた銃を構えたが、ジャンボはその足音で位置を把握していた。

ボスを盾にするよう隠れ、背中側に回る。


 ボスがくるりと振り返った瞬間、ジャンボはその胸にナイフを突き立てた。



「がっ……」



 狐面の隙間から血が垂れる。



「くそ……なんで……こんな……」



 ナイフから逃れるようボスは後ろに下がる。

ジャンボは追わずに物陰に隠れた。

それと同時に、今立っていた場所に銃弾が放たれた。

乾いた音が何度も響く。

それは、ボスを逃がすための援護射撃だったのだろう。

狙撃手は物陰に隠れたジャンボのことも目で追っていた。


 追っていたはずだった。けれど、その気配はいつの間にか背後に立っていた。



「うっ!!」



 うつ伏せに銃を構えていた背中を踏みつけ、左手で頭を掴んで引き寄せ、右手のナイフで頸動脈を断った。

血が、血が、吹き出して広く流れていく。

ジャンボは狙撃手から銃と銃弾を奪った。


 そして、フラフラと死体の山の中を歩き出した。

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