田原総一億朗

適当

一億総一朗

 日本の総人口の9割が田原総一朗に変化してからすでに1月が過ぎ、人々は田原総一朗であることに慣れてしまった。もはや、田原総一朗でない国民のほうが少数派なのだから仕方ない。国民そのものが田原総一朗であるならば、もはやそれは常識と言えるからだ。それが、たとえ田原総一朗という存在によって引き起こされた異常な事象であっても、もはや田原総一朗と化した日本国民には何の関係もないものだから。僕はね。まだ、田原総一朗にはなっていない。残された1割の人間であり、個人だ。だが、それも時間の問題だった。思考が、手足が、外見が、田原総一朗化しつつあるのを感じている。気が付けば、道を歩く犬も、猫も、草木も、ブロックも、すべて田原総一朗になってしまった。春の気配を感じさせた空気の香りすらも、今では田原総一朗特有の匂いとしか言えず、日本を取り巻く物質も思考も精神も田原総一朗と化してしまっている。このような状況で個人を保つ方が難しい。


 田原総一朗です。


 ……!


 時間にすればほんの一瞬にすぎない。だが、それでも無意識のうちに「田原総一朗です」という書き出しで日記を書き始めていた自分に気がつき、戦慄した。もはや時間がない。すべてが田原総一朗へと代わる前に、記しておかなければならない。なぜ、我々は田原総一朗になったのかを。そして、世界が田原総一朗に代わるまでを。


                 ◆田◆


 最初期は、大混乱ともいえる状態だった。ある日、隣にいる人が突然田原総一朗へ姿を変えたのだから。最初に変化したのは、どこにでもいる女子高生だった。不幸にも、授業中に隣の席の好きな女子高生をチラッと見た男子学生Aが、変化の過程を目にしてしまった。モーフィングのように女子高生が田原総一朗へと変わり、不幸なことに学生は不勉強のために田原総一朗のことを知らなかった。好きな少女が、知らない老人へと変わっていくのを、ただただ恐怖とともに見つめるしかなかったのだ。


「ミ……ミキ! おま、おまえ、おじいさんにミキ!」

「ちょっと! 今ね、先生がしゃべってるの、あんたしゃべらない!」


 田原総一朗特有の怒声で𠮟りつけられ、男子学生は混乱した。彼は不幸だった。だが、すぐに幸福に変わる。彼自身も田原総一朗へと変わったからだ。


「あのねえ、それまでは、みんな僕じゃなかった。それが今は、みんな僕!」男子学生が幸福のうちに叫んだ。好きな女子高生と同一の存在になれたことを、彼が最後に知れたのかどうかはわからない。ただ、彼はもう田原総一朗だった。


 そして、あっという間に日本国民は田原総一朗になった。初期は、田原総一朗化のスピードはまちまちで広がり方も一定ではなかった。一時期、田原総一朗化の進行が止まることもあった。討論会を開くことで、田原総一朗と化した人々が司会となり、しばらくの間、田原総一朗化の進行が止まるのだ。そのため、朝まで原因を探るための討論会も開かれた。田原総一朗化した人々が司会となり、そうではない人々が討論を行った。だが、それも最後まで討論が続くことはなかった。話している途中に田原総一朗化したからだ。朝までの討論は気休めに過ぎなかった。「国民の、100%が、今の状態に満足してんだよ」田原総一朗Aが語ると、続けざまに田原総一朗Bが「ちょっと、今ね。田原総一朗Cがしゃべってるの、あんたしゃべらない!」と怒鳴る。スタジオは、すぐに田原総一朗でいっぱいになった。やがて放送も止まった。新聞のTV欄は全部田原総一朗になったし、番組もすべて田原総一朗になったからだ。


「ムチャクチャになっちゃった。今日はね、その話をしていきたい」


 今日も、どこかで田原総一朗と化した人々の声が響いていた。


                 ◆原◆


 人々が田原総一朗と化したのは、すべてが悪いことではなかった。争いがなくなったからだ。日本田原総一朗化現象に乗じて某国が落とそうとした戦術核は、日本の領空に届いた瞬間に田原総一朗へと変化し、命を得た直後に高空から落下してはかない元ミサイル田原総一朗としての人生を終えた。悪意を持って日本の領海、領空、領土に侵入したものは、無機物有機物の区別なく、みな田原総一朗へと姿を変えた。原子力潜水艦は乗員ごと田原総一朗と化し、水圧に耐え切れず暗い海底で田原総一朗としての生を終えていった。運よく上陸できた兵もみな田原総一朗と化し、その思考も田原総一朗と同化したことで日本とその国民を傷つけることなく、田原総一朗であることに誇りを抱いていた。世界は、その現象に恐怖を抱いた。無理もない。日本の国民でもなければ、世界のすべての人間が田原総一朗を知っているわけではないからだ。日本に近づくと知らない老人に変えられる。恐怖とともに世界が田原総一朗化現象を認識したときにはすべてが手遅れだった。日本の領土に入ることで変化していたはずの田原化は、少しずつ広がっていたのだ。周辺国が、その現象に気が付いたときにはもはや止められる手立ても、止める物もいなかった。独裁者も党員も田原総一朗へと変わっていたし、それを幸福に思う者しかいなかったからだ。世界は幸福なのだ。


                 ◆総◆


 最後まで抵抗した国家もあった。米国である。田原総一朗が世界を埋め尽くす前に大統領はあらゆる手段を尽くそうと試みた。国民はシェルターに逃げ込み、出てきたときには田原総一朗となっていた。すべては田原総一朗になり、幸福が訪れた。水も花も食べものも、なにもかもが田原総一朗で埋め尽くされた。しかし、それは幸福だったのだ。餓死や焼死、病などもなくなったのだから。食欲の概念は田原総一朗という概念に塗りつぶされ、憎しみも悲しみも田原総一朗になった。弱肉強食という言葉すらも、もはや田原総一朗肉田原総一朗食である。誰もが、何もかもが田原総一朗になったので、そこには不幸などもなかった。不幸すらも田原総一朗だったのだから。


                  ◆一◆


 なにもかもが田原総一朗となり果てたあと、地球の異変を神が知ることとなった。約束された終末は訪れず、ラッパの音色は田原総一朗となっていたからだ。異常事態に降臨した天使は次々に田原総一朗と姿を変えていった。八百万の神々はいまやそのすべてが田原総一朗になっていたし、田原総一朗であることを当然のものとして受け入れていた。地球のすべてが田原総一朗になるのは時間の問題であり、田原総一朗であることを疑うものなどもはやいなかった。天国も地獄も田原総一朗だったからだ。


                  ◆朗◆


 太陽系第3惑星地球。青き水の星が姿を変えていく。丸々とした星は堂々と老いた男性の顔へと変わり、見る見るうちにスーツ姿の胴体と手足が生えた。その姿は、誰もが知る田原総一朗にほかならなかった。地球は田原総一朗なり、地球であった田原総一朗から、月であった田原総一朗や火星であった田原総一朗が適切な距離で付き合いを始めた。そして、宇宙も田原総一朗となった。もはや、田原総一朗のなかに田原総一朗が内包された状態であり、田原総一朗は田原総一朗を包むマトリョーシカでもあり、そして同時に田原総一朗が存在していた。非常識と言えるかもしれない。ありえないという者もかつてはいただろう。だが、物理法則すらも田原総一朗となった今では、それはおかしなことではない。これを記録している僕の存在が証明している。


                 ◆田原総一朗◆


田原総一朗です。


僕だけではない、

世界はもう田原総一朗になった。

専門家(田原総一朗)の多くは、

この現象をのちにどう語るか。

僕にはわからない。


でも、僕は1つの希望を見ている。

すべてが田原総一朗となった世界で、

田原総一朗化の影響を受けていないものがある。


それを今、探している。

田原総一朗の思考で、

田原総一朗となった自分を受け入れ、

田原総一朗であることを認識した僕とは違う、

本物の田原総一朗。


オリジナルの

田原総一朗です。


どこにいるのか。

本物の田原総一朗。

検察は何をやっているのか。

見つからない。

世界には田原総一朗が溢れている。

本当に必要な田原総一朗はどこにもいない。


戦後レジームの正体も

田原総一朗になってしまった。

ここには田原総一朗しかない。

ここには田原総一朗はいない。


田原総一朗に会いたい。


田原総一朗に会いたい。


田原総一朗です。



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