二刀流の裏事情

陰陽由実

二刀流の裏事情

現在の剣道では、基本的に大学生以上から竹刀を2本使用する行為、いわゆる二刀流が許可されている。

2本の竹刀は同じ長さではなく、114センチほどの大刀と62センチほどの小刀を持つ。


そして、外道とも主張されている。



とある日の稽古。高校生の私が所属する剣道部で、休憩のときにそんな話になった。

まあ、稽古と言っても顧問は剣道経験者じゃなくて普段から道場に来ないし、私と武田君以外の部員も今のところいなくて過疎ってるのだけど。

「そもそも竹刀を2本持って試合するとか、腕力がめっちゃ必要なんだよ。ちょっと待ってて」

武田君はそう言って更衣室に消えていった。二刀流について話すのに熱が入ってしまったらしい。

私が迂闊にも二刀流の話題を出してしまったからだな……

彼は私よりも剣道歴が長いし、試合でもそこそこ勝ち進むし、実力はあるとは思ってる。

かくいう私はまだまだ足りないところが多い。

だからもはやマンツーマン指導で教えてもらってるのだけど、どうやらそれが楽しいらしく、知識的なことになると稽古がストップする。

別にいいけど。うちの部ゆるいもん。

「あったあった」

武田君は小刀を持って更衣室から出てきた。

なんでそうそう使わない小刀が出てくるんだ。こういうところは部活の謎だと思っている。

「女子用の竹刀ちょっと貸してくれない?」

そう言われて、私は手に持っていた竹刀を武田君に渡した。

「やっぱ女子用は軽いな。んで、基本的な構えは大体こんな感じ。『上下太刀の構え』っていう」

右は振り上げて上段に構え、左手は前に構える中段。二刀流の使い手でもないのに、その姿はよく似合っていた。

「お前もやってみ? 結構重いと思うよ」

2本の竹刀を手渡されて、同じように構えてみた。

正直言って結構重い。

そもそも竹刀の柄頭、つまり持ち手の端っこを左手で持って素振りをする『片手素振り』がうまくできない方なのに、2本ともなるとできたものではない。

わかりやすく言えば、ハシゴを運ぶなら先端よりも中央あたりを持った方が効率がいい。そんな感じだ。

「無理。重い。振れるわけがない」

「だろ。ちなみに足はどっちが前でも大丈夫」

剣道の基本として、足ひとつ分ほどを左足よりも右足を前に置くことが多い。型や構えによって左足を前に出すこともあるが、広く使用されている構えである中段では、右が前で左が後ろだ。

「大体は小刀で捌いて、相手の空いた隙を大刀で狙うのがセオリーだと思う。よく知らないけど」

「確かに上段だったら振り下ろすだけでいいから結構パワーはあるよね。上段でも一本だけだと打った後に隙ができやすいけど、小刀で対応もできそうだし……それなりに扱えるようになったら、結構有利になれそうな気もするなぁ」

「確かにそうかもだけど、それがそうもいかないんだよね」

武田君は私が渡した竹刀二本を持って、またさっきと同じように構えた。

「そもそもちゃんと扱えるようになるのが難しい。あんまりセオリーじゃないから、教えてる道場がそんなにないんだよね。だから腕力つけてもちゃんと扱えなかったりする。めっちゃムキムキになんないとむずいよ?」

結局彼は小刀を床に置いて、一本での上段で構え直した。

「小刀で打っても一本に認められることってほぼないし、長いのでも規定の竹刀が普通のよりもちょい短いから間合いも狭くなっちゃうし、二刀流が嫌いな先生も案外いるしね」

「どうして?」

「んー……よく分かんないけど、流派が合わなかったりするのかなぁ? 俺が通ってる道場の先生は二刀流嫌いだよ」

打ち込み台に竹刀を振る。竹刀のバシンッ! と踏み込みのダンッ! が混ざった大きな音が道場に響いて、打ち込み台が揺れた。

「でも動画で見る二刀流は俺結構好きだな。自分の知らないことが多くて楽しい」

「あ、見てみたいけど調べるのめんどいからなんか送っといてよ」

「りょ。あとでいくつか送っとくね」

「ありがと」

「よし、そろそろ稽古再開するか!」

私を見てニッと笑うが、私は苦笑いで返し、時計を指差した。

「もう部活、終わりそうなんだけど?」

「え? うっわマジだ、話し過ぎたわ」

「いや、私も気になってたし、おもしろかったよ。また教えてね」

「おう!」

そうして私達は、片付けを始めるのだった。

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二刀流の裏事情 陰陽由実 @tukisizukusakura

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